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Luxlunae  作者: 夏日和
第七章:高速の攻防戦
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六節:引かない刀身

 暗闇を切り裂き、道を突き進む一台のトラック。その後を追いかけるフロントガラスの割れた車。二台は均衡を保つ。

 山瀬は両手でハンドルを握り締めたまま、口の開かれた荷台に目を向けていた。

 片方の扉は微かに開け閉めを繰り返し、もう片方の扉は蝶番ごと断ち切られている。

 山瀬の頭の中で繰り返される映像。荷台で刀を振り合い、ボンネットに飛び乗ってきた二人の女の姿。

 過ぎ去ったはずの出来事。しかし、山瀬の心は今でもその瞬間に捕らわれてしまい、踏み込む足元の力が時より落ちかけていた。

 映像を消すように首を振り、メーターへと目を向けた後、頭の中の映像を切り替える。

 新たに描いたのは、麻祁に貰った資料に書かれていた高速道路の地図だった。

 地図に描かれた道路と今走っている二台の車を場所を重ねる。

 ふと、左側に緑の標識が通り過ぎた。ヘッドライトに微かに映った文字。そこにはその先にある地名と距離が書かれていた。

 山瀬は頭の中で、目の前を走るトラックの行動を予測する。再び描き浮かべる地図、それに照らし合わせるように、資料にあった運搬に関する予定表に合わせトラックを動かしていく。

 トラックはそのまま道を進み、そのまま高速道路を下りる。だが、その予測に対し、ある言葉が横槍を入れ、掻き消してきた。

『追跡されているのにわざわざ出口に向かうとは思えない。必ず別の脱出手段を取るはずだ』

 再び思い浮かべる地図。今度はトラックを消し、道路のみを映し出す。

 真っ直ぐと伸びる道は次第に左へと微かに曲がり、そして数キロ走った所で出口へと分かれる。それ以外に脇道はない。

 山瀬はハンドルを握り締め、じっと前を見る。割れたフロントガラスから吹き込む冷たい風が汗を流していた。

 辺りの風景は変わらずの暗闇。しかし、それを切り裂くように突然左から一筋のライトが走った。山瀬がそれに気付き、明かりが走った方へと振り向く。

 そこには暗闇しかない。しかし、すぐさまもう一つの明かりが奥から走ってきた。

 新たに現れた明かりは山瀬が過ぎ去った後、その下を潜るように通り抜け、右側へと赤いランプを見せながら走り去って行く。

 山瀬は顔を正面へと戻し、ハンドルを僅かに左へと動かす。

 その瞬間――叫んだ。

「なッ!?」

 突然起きた衝撃に、視線が一瞬で奪われた。

 目の前を走っていたトラックがエンジン音を高鳴らせながら、中央に立てられた分離帯のポールを踏み潰し、速度を落さぬままに今度はロープで作られたガードケーブルへと突っ込み、道路外へと飛び出した。

 激しい衝撃音と砂煙をまき上げながら、トラックは坂道を滑るように落ち、下にあった別の道へとその体をたどり着かせる。

 山瀬は僅かに左へと曲がった所で車を止め、外へと出るなり、上からそのトラックの行方を探した。

 しかし、山瀬が見た姿は、暗闇の中で小さく消え去る、一つのテールランプの明かりだけだった。

――――――――――――

 麻祁が刀を構え、刃を抜くように払い上げた。

 その瞬間、音が響き、刃が微かに揺れた。

 麻祁は留まる事なく後ろへと振り返り、再び構える。

 見つめる先、そこには薄闇に体を溶かすように立つスーツの女がいた。

 乱れた長髪で顔を隠し、肩で呼吸を繰り返す。左腕を垂らしたまま、右手に持つ刀を後ろに下げ、走り出す。

 麻祁が右へと体を逸らす――瞬間。

 伸びる刃先が瞬時に現れ、麻祁の居た場所へと突き出された。

 空を突き刺す刃、乱れた髪の間から覗く女の視線が横へと動いた麻祁へと向けられる。

――瞬刻。麻祁が一歩距離を詰め、右足を踏み込ませ、左足で女の腹を蹴り上げた。

 鈍い音。続けざまに女の背に向かい刀を振り下ろす。しかし、女は蹴られた衝撃の後、更に背を丸めた。

 過ぎる刃は背をかすめ、今度は女が腰を上げると同時に刀を麻祁に向かい振り上げた。

 すぐさま麻祁は手首を返し、刃先を下に向けたまま、左手で峰の部分を押さえ、突き出す。

 刃と刃、女と麻祁が目がかち合う。

 震える指、グッと握り締め、間、髪入れず、女が麻祁の右腹に拳を入れた。

 伝わる鈍い衝撃、女と麻祁の表情が少し歪み、力が一瞬だけ緩む。

 麻祁はすぐさま力を入れ直し押さえた。しかし、女はその瞬間の隙をつき、刀を軽く押した後、引くと同時に後ろへと飛んだ。

 照明灯に一人残された麻祁。左手で右腹を押さえ、女が消えた方へと目を向ける。

「これで左手はもう使えないか……」

 左手を右腹に当てたまま、麻祁が刀を構える。その様子をスーツの女は暗闇からじっと見つめていた。

 肩で何度も呼吸を繰り返しては、時より奥歯を噛み締めるように、表情をゆがめる女。開ききったままで僅かに震える左手に、軽く目を向けた後、額から浮き出る汗を拭うことなく、刀を構え、走り――踏み込んだ。

 かち合う刃。渇いた音がその場に響き、それは姿と共に一瞬で消え去る。

 麻祁が風の過ぎ去る方へと身を翻す。

――同時、女の顔が麻祁の目の前へと迫る――否、迫った。

 女は一息もせぬうちに麻祁に斬りかかろうと距離を詰める。だが、その動きを読んだ麻祁は相手が踏み込む前に、刀を持つ手と体を突き出した。

 思わぬ行動に女の目が開く。だが、すぐさま刀を体に寄せ、迫り来る手に向かい、同じく押し返すように左から拳を突き出した。

 互いの鍔がぶつかり合い、相手を押さえつけようとカタカタと声を上げ震える。

 両足に力を込め、女は震え続ける右手に集中する。それに対し麻祁も女と同じく右手一つで持つ刀に力を入れ、均衡を保っていた。

 額から浮かび流れる汗。奥歯をかみ締めたままの女は、麻祁から目を逸らさない。

「左手」

 ふと女の耳に麻祁の声が届いた。

 女が視線を麻祁の左手へと向け――目を見開かせた。

 左手がポケットに――。

 すぐさま女が体重を右へと入れ、鳴らしていた鍔を押した。

 弾かれた右手。しかし、麻祁はすぐに手首を返し、峰の方から女に向かい薙ぎ払った。

 迫る峰。弾くと共に一歩下がった女は両足を踏ん張り、立てた刀を体に寄せた。

 鉄が断ち切られる音。迫り来る峰に刃が当り、麻祁の刀が折られた。

 尺を無くした刀は女の肩を通りすぎ、離れた刃が宙を舞う。

 女は右肩を前に出し、一歩踏み込んでは麻祁にぶつかり、体勢を崩させた後、そのまま闇へと走り去った。

「いてて……」

 地面に寝転ぶ麻祁は体を起こし、刀身のない刀を構え、左手をポケットにいれる。

 その行動を暗闇からじっと見ていた女。刃の無い相手をじっと見つめ、構える。しかし、ある一点に目を向けた時、次の行動を躊躇った。

 左手の入ってるポケット。女にとってその行動だけが引っかかった。

 頭の中では一瞬で距離を詰め、振るった刀で相手を切る映像は見えている。だが、相手はそれを防ぐ刃がないのに構え、更には左手をポケットに入れてこちらを見ている。

――何をするのか? それだけが頭に引っかかって一歩が踏み出せないでいた。

 自然と頭の中に描くモノが映像から言葉へと代わり、自分にとってのリスクは何かを考え始める。

 護衛人、目撃者、二つの刀、時間。

 視線が刀を持つ自身の右手へと向けられる。

 数秒の間、女が――動いた。

――――――――――――

「どこにいるんだ……」

 弱々しいヘッドライトの明かりを上へと向けながら、山瀬は道を逆に走っていた。

 速度を落し、まるで道路で無くした落し物を探すように走る。

 キョロキョロと首を頻りに動かしては、何も見えない暗闇を見渡す。

「……あっ」

 あるモノが目に入り、声を上げる。

 それはヘッドライトに映り出された麻祁の姿だった。

 まるで刃物で切られたように、スーツの所々が切り裂かれ、その数箇所は血が滲み出し、赤黒い染みが浮かび上がっていた。

 ヘッドライトに照らされた麻祁は折れた刀を持っていた右腕で目元を防ぎ、車へと近づいてくる。

「眩しい、いつまで照らしてるんだ?」

 麻祁がいつもの軽い口調でそう言った後、助手席へと近づき、左手に持っていた折れた刀身をザックへと入れ、車に乗った。

「いや……あの……」

 その変わらない姿に山瀬は掛ける言葉を失い、ただ横に座っている麻祁の姿を見るしかなかった。

 動く気配の無い車に、

「早く帰ろう」

麻祁が催促するように刀を前へと突き出した。

「あ、ああ……」

 山瀬は言われるがままに車を動かす、だが……。

「そっち逆。捕まるよ?」

「ああ、そうだった……」

 麻祁に言われ、気づいた山瀬はすぐに車を切り返し、そして走り出した。

 車内に舞う風の音。先に口を開いたのは山瀬の方だった。

「なあ、大丈夫なのか……? あの女はどうなったんだ?」

 山瀬が心配し麻祁に問い掛ける。しかし、麻祁は何も答えず、助手席の下に置いていたゴーグルを付けた後、耳に指を数回当てた。

 その行動に気づいた山瀬はすぐに耳に付けていたインカムのスイッチを入れ、車の速度を少しだけ落した。

「なあ、大丈夫なのか……? その服……あの女はどうなったんだ?」

 耳から聞こえる山瀬の言葉に、麻祁はいつもと変わり無く、正面に顔を向けたまま答える。

「走り去って行ったよ。そっちへ行ったけど見てなかったか?」

「こっちへ……ああ……」

 山瀬が頭の中で先ほど走ってきた道を思い浮かべる。しかし、その映像はただの暗闇の風景に、ヘッドライトに映された灰色の道路しかなかった。

「見てないな……」

「まあ、風のように高速で動けるヤツだから、目に入らなかっただけかもな」

「高速でって……体は大丈夫なのか? 血とか出てるぞ」

「血?」

 麻祁が自分の体を見渡す。左右の腕を伸ばしたり、腹や足へと目を向ける。

「ああ、車から地面に叩きつけられたからな、折れなかっただけマシな方だよ」

「マシって……良いとか悪いとかあるのかよ……その刀もその時に折れたのか?」

「これ?」

 手にしていた刀身のない刀を山瀬へと向ける。

「これは折ってもらった。そうしないと諦めないからな」

「折っても大丈夫なのか? 一応依頼の一つなんだろ?」

「事前に聞いてあるから問題ないとは思う。とにかく刀さえあればいいって事だ。もしダメだったなら、それまで。気にする必要はない」

「なんでそんなに適当なんだよ……」

 能天気にもとれる答えに、山瀬の心配は積もり続けるも、車は止まる事なく走り続けていた。

 徐々に道は左へと微かに曲がり始める。そして、ヘッドライトには倒されたポールとぽっかりと穴の開いたガードケーブルが一瞬だけ映り出された。

「あそこから逃げたのか」

「ああ、下にも道があったとはな……やられたよ。でも、ワイヤーも張ってあったのに、どうやって突き破って出たんだ……それが分からなくてよ」

「事前に切っておいたかもしれない。直すにもその一部の区間だけを張り変えて直せばいいし」

「そこまでやってるのか? そんなの誰が分かるんだよ……」

「地図を見ればおよその逃走経路は見えてくるだろ? 下の道の数キロ先には一般道から歩いていけるパーキングエリアがある。そこで車を乗り捨ててから、歩いて消えれば誰も見つけれなくなる。逃げるにはちょうどいい」

「ここまで大胆にやってて逃げ切れるのか? 一応この下の道は開通されているみたいだし、すぐに見つかる思うんだが……」

「昼ならまだしも、夜には交通量も少なくなるし、何より乗り捨てた車はこちらが用意した運搬用のトラックだ。調べても運搬会社の登録しか出ない。まあ、トラックに乗り込む前の車は盗難車かどこかで手配したものだから、調べても乗っていた人物は出てこないだろうな」

「カメラはあるだろ?」

「それも最初に話しただろ? この場所を閉鎖する事まで出来るんだ、相手は何でも出来るし、そもそもこの暗闇じゃ車内灯を付けたとしても高速で動いている車に乗っている人物の表情を見るなんて出来るかどうかも疑わしい」

「……そりゃそうだが……」

「そんなに運転手を捕まえたいなら、そのまま走って追いかければよかったのに、何故諦めたんだ?」

「あ、諦めたって! そ、そりゃあんな風に逃げられたら追いかけられないし、それに……ほら、心配だったから」

 山瀬がチラチラと麻祁の方へと視線だけを動かす。

「私を置いて走り去ったのにか?」

「うっ……それはあれだよその……」

「目標の物なんて中にないのにそれを追いかけたのにか?」

「いや、だから、俺が追いかけたのは……」

「何も無い空の箱をおいかけ――」

「悪い! 悪かったって! 俺が悪かったから! 突然だったから、つい無意識で……」

「あの時追いかけずにそのままユーターンして、あの女を轢き殺してくれたら楽だったんだが、手間も掛からずに」

「なっ!? 何言ってんだよ、嫌だろそんなこと! 誰がするんだよそれ!」

「私ならするけど」

「……もう運転しろよお前が……」

 ふと山瀬が吐き出したため息を車内に舞う冷たい風がさらう。

 車は左へと車線を移し、グルグルと周る坂道を下り始めた。

 先には料金所。明かりは無く、上にあるランプすら光を灯してない。

 一つだけ遮断桿の上がっている場所を見つけ、車はその中をくぐった。

 広がる景色。左右には点々とする建物に、先には大きな山が一つ。空は徐々に明るさを増し、黒から青紫へと色を変え、辺りを染める。道は真っ直ぐと伸び、その先で左右に分かれていた。

 信号に止められ車が止まる。

 車内に緩やかな風が入り込み二人の体を擦る。

 赤から青へ。

 山瀬はその温もりを肌で感じつつ、ハンドルを右へと切った。

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