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Luxlunae  作者: 夏日和
第七章:高速の攻防戦
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三節:夕陽の畦道

 畦道の景色に黒い車が一台。沿うように止められたその助手席には黒のスーツを着た麻祁の姿があった。

 胸元で両腕を組み、背もたれに背中を預けては、真っ直ぐと伸びる道の先をじっと見続けている。

 しばらくし、同じ色のスーツを着た山瀬が車の後方から現れた。

 後部と助手席の間に背を預け、顔を歪ませる。

 麻祁が窓を開ける。そこから吹き出る冷たい風に、山瀬は少しだけ、助手席の窓に背を近づけた。

「あっついな……外は地獄だぞ」

「私は善良だからな、ここにいるのは当然の事だ」

「善良ね……」

「――で、周りはどうだった?」

 麻祁の言葉に、山瀬は一瞬だけ鼻で笑った。

「ご苦労なことだよ。こんなクソ熱いってのに、入り口じゃ取材の人でいっぱいだ。他にももっと高い位置で見ようと、そこら辺の民家やマンションの屋上を借りてまで撮影しようとしてるのもいるしな。――そこまで価値のあるものなのか?」

「記者にとって価値があるものは、今世間が注目しているモノに対してであって、その物体への現在価値になんて興味が無いよ。……まだ時間もあるし、一度目にしてみるか」

 窓を閉めた後、麻祁はドアを開け、山瀬が歩いてきた方へと足を進めた。

「見てくるって、おい! ……って、エアコン付けっぱなしじゃねぇーかよ!! ったく……」

 山瀬はすぐさま運転席へと回りこみ、エアコンを止めた後にキーを閉め、小さくなっていく麻祁の背を追った。

 畦道からしばらく歩き、小さな住宅街の中を抜けて行く。目の前に広がる山の麓、そこに美術館はあった。

 枯れ草色の壁に横へと長く伸びる建物。二階までしか部屋はなく、入り口は大きいものの、全体の見た目としては美術館というよりかは、まるで田舎にある旅館のようなものだった。

 外の駐車場には数台の車が止まり、更にその手前の道路には報道陣が壁を作り、それぞれが打ち合わせしている。

 二人はその間を抜け、美術館の中へと入っていく。

 張り紙をしてある自動ドアが開くと、中から冷たい風が吹き込んでくる。

 目の前に広がる空間。中央には、奇妙な形をした土の造型物などがガラスケースで飾られ、天井には墨で簡素に文字や絵が書かれた数枚の掛け軸が垂れ下がっていた。

 ケースの横にあるカウンターには女性が一人。二人に向かい静かに頭を下げる。

「大人二人」

 麻祁の言葉に女性が入館料を告げる。

「はい、五千四百円になります」

 その言葉の後、しばらく間が空く。その異様な一瞬に山瀬が察した。

「……俺?」

 横に立つ麻祁に顔を向けるも、返って来る言葉は無い。

「……ったく、なんで俺が――あれ?」

 山瀬がズボンのポケットを探る。しかし、そこにはサイフは無く、少し気まずそうな顔をする。

「車に置いて――」

「いくらでしたっけ?」

 山瀬が言い切る前に、麻祁は受付へと近づき、ズボンから長方形のサイフを取り出した。

「五千四百円ですね」

「……はい」

 麻祁がお金を支払う代わりに、二枚のパンフレットを受け取った。

 山瀬の方へと向き、一枚のパンフレットを差し出す。

「一枚二千二百円」

「一枚って……サイフは車に置いてきたんだよ」

「なら、貸しイチだな」

 麻祁が手にしていたもう一枚のパンフレットを軽く振るい、二人は奥へと足を進めた。

 受付から先の部屋には二人を挟むように展示物が置かれたショーケースが挟み、さらに奥へと進んで行くと、目の前に巨大な立体の地形図が現れた。

 山瀬がその地図に目を向け、そして辺りを見回した後、呟く。

「これ……ここの場所のか……何かあったのか、この場所には?」

「記録では、この辺りの近辺で石器や土偶など、当時の人達の生活を示す出土品が幾つも見つかっていて、それが展示されているらしい。他にも、時代は違うが、どこかの書道家が書いた掛け軸が天井にも飾られたりしている」

「へぇ、そりゃ凄いな。何も無いような所に見えたけど、刀だけじゃないんだ……」

「そりゃ大小なり、そこに人が暮らして居るなら残っているものだよ、遺物としてな。それほど不思議なものじゃない」

「……それはそうだけどよ。だが出るだけ凄いじゃないか。俺の地元なんて、ほんと何にもない所だったぞ。あるとすれば、よく飴玉をおまけしてくれてたばあちゃんが一人でやっていた駄菓子屋ぐらいなものだったな、よく知ってるところと言えば――」

「それだっていつかは遺物になる。そうすれば、その辺りからは出土品が見つかって、町として誇れるものの一つになる」

「……腰の折れるような話だなそりゃ……そうなる前に空飛ぶ円盤が飛び交ってそうだがな」

 二人がグダグダと話し合ってる内に、ふと目の前に一つの立て札が現れた。

 緑の矢印が左へと向き、その上には大きく順路の文字が書かれている。

 右に顔を向けると、そこには薄暗い別の部屋が見える。しかし、入り口にはロープが張られ、道を塞ぎ、さらには強く言い聞かせるように、立ち入り禁止と書かれた板がぶら下げられていた。

「封鎖中か……」

 山瀬がすぐにパンフレットを確認する。

 広げた紙に描かれていた室内の図。立ち入り禁止を示す場所は、二人が目指していた刀の展示室だった。

「おい、封鎖中って……」

 山瀬が顔を上げる。その視界に入ってきたのは、ロープをくぐり奥へと進む麻祁の背中だった。

「……って! また――」

 大声を出し止めようと手を伸ばす。しかし、それでは止まるわけが無いと思い直した山瀬はすぐに言葉を止め、辺りをゆっくりと見回した後、急ぎ麻祁の後を追った。

 横に並び、小声で麻祁に問い掛ける。

「おい、勝手に入っていいのか?」

「…………」

 二人は薄暗いショーケースに挟まれ奥へと歩いていく。

 その最中、山瀬の不安が徐々に積もり始めた。

 それは他の部屋と違い、照明が薄暗いせいなのか、それとも飾られているモノの雰囲気のせいなのか、原因は分からないが、奥へと進むたびにヒシヒシと、まるで暗殺者に心臓を狙われているような空気を感じるようになっていた。

 お化け屋敷に入ったような感覚。なんでもない部屋の隅や天井、さらには自分達の後ろなど、二人しかいないはずなのに、どこからか見られているような気配を勝手に覚える。特に、あの端にある鎧なんか……。

 山瀬は不安になり、麻祁を止めようと再び声を掛けた。

「な、なあ、もう無いんじゃないか? そろそろ準備しないと間に合わないし……」

 突然、麻祁が立ち止まった。それに合わせ山瀬も立ち止まり、麻祁の向いている方へと振り返る。そこには、あの刀が飾られていた。

 天井まで届くケースの中央で、その刀は一つだけが浮かんでいた。

 他の展示物とは違い、明らかにそれは別の空気を漂わせている。

 照明の強さも一際高く、まるでこの薄暗い部屋での、後光を放つ仏のようにも見えてくる。

 山瀬はその光景に思わず心を奪われ、口をだらしなく開いたまま、それを見入っていた。

「これが……例の……」

「葉切一灯、目標の物だな」

 麻祁がケースの辺りを見渡し、何かを確認し始める。

「なんか凄いな……。資料でも見たけど、実際に間近で見るとでは雰囲気が違うな……圧されているわ」

「照明の強さのせいだろ。他とは違い、一段も二段も強めの明かりで全体を照らされているから、そう思えるだけさ」

 その言葉に、山瀬は口を閉じ、横目でじっと麻祁を見た。

「それはそうだが……そう言われるとなんか冷めるな――って、さっきから何を見ているんだ?」

「運び出せるかな、と思って」

「運び出せるって……盗むのが目的じゃないってのに――」

「あの……すみませんが……」

 突然二人の後ろから男の声が聞こえた。

 振り返るとそこには、四十半ばぐらいの歳の男性が立っていた。

「あっ……」

 山瀬が思わず驚いた表情を見せ、声を出す。それに対し、男は申し訳なさそうな表情を浮かべたまま、言葉を続けた。

「申し訳ありませんが、現在この辺りは立ち入り禁止となってまして……」

「ああ、いえ、俺達は――っ!?」

 山瀬が言いかけた時、麻祁が男に見えないように背中を叩いた。

「すみません。どうしてもこの刀が見たくって……すぐに出ます」

 麻祁が山瀬の腕を引き、部屋の入り口へと向かい歩き出した。

「お、おい、ちょっと待――ん?」

 突然の事に、山瀬は引かれる力を抑えようと男の方へと振り返った。その瞬間、一瞬だけあるものが目に入り、その目を奪われた。

 気の弱そうな表情でこちらを見ている男の後ろ。薄暗い部屋の奥に、もう一人の姿が……。

 立ち入り禁止のロープを越え、その後、二人は何も喋らずに美術館を後にした。

 車に乗り込むや否や、山瀬がダッシュボードのボックスに入れていた資料を手に取り読み始める。

「予習とはいい心がけだな。実に頼もしいよ」

「……いや、ちょっと気になることがあって……」

「――奥にいた男の事か?」

 麻祁の言葉に、ページをめくる手が止まる。

「……見たのか?」

「だから早めに出てきた。……とはいえ、相手は私達には興味ないだろうけどな。誰も盗むわけじゃないんだし。……資料の最後辺りに書いてある。……そう、それだな」

 山瀬が次のページをめくり、手を止める。書かれた文字の横には白髪の男性の写真が載せられていた。

「ぜんどう……まさよし……」

 山瀬はすぐさま携帯を取り出し、名前を打ち込み始める。

「…………」

 親指で画面を頻りに動かしては、資料に載せられた写真とスマホを交互に見比べる。

 しばらくし……、

「……ない」

スマホを置いた。

「どこにも載ってない……どうしてだ? 資料には誰でも知っているような有名な会社の名前が書かれているのに……」

「よく読んでみろ」

 麻祁に言われ、山瀬が資料の文字の一つ一つに目を通していく。

 穴が空くほどに見続けた後、ある場所で目が止まり、小さく呟いた。

「会長……」

「すでにその場を去っている人間は表舞台には立つ必要など無い。今はただの骨董品を好んで集めているじいさんさ」

「……こいつが今回このくだらない自演を仕掛けた張本人か。金持ちのじいさんが、ここまで大掛かりな事を仕掛けてまで欲しがる刀なんて……よほどの価値があるのか、何かの秘密があるとしか思えなくなるな」

「自演に関しては不運な事故のようなものだからな。本人達も、こんな下らない事に多額の資金を投じるなんて、かなり痛い出資の一つとなっただろうな」

「たかがこれ一つのおかげで金も人も動かされるんだから、この世の中どうなるか分かったもんじゃねーな……ったく」

 山瀬があるページを開き、呆れたような目でそれを見つめる。そこには一人のアニメのキャラクターが描かれていた。

 茶髪の尖った髪に緑の和服姿。その見た目は、よく時代劇などで見かける侍の姿をしている。

 キャラの頭の上には大きな文字で、葉切一灯と書かれていた。

「近頃、擬人化と呼ばれるものが流行っているらしく、そこら辺にいる動物を始め、船やら城なども人間として描かれている」

「……で、今回は刀と」

「とあるゲームに登場するキャラとして描かれていたらしく、それまで知名度が全く無かった刀だったのが、それのおかげで一躍有名になった。今ではそのキャラの性格や絵柄を好んでファンすらつく程だ」

「で、そのおかげでここまでの事を……。――にしても、所詮そのゲームによって出来たファンなんだろ? いずれ飽きも来ると思うし……放っておけば次第に人も減ってきて、その後に運び出したほうがいいんじゃないのか?」

「私が出資者ならその案にのる。だが、そうもいなかくなったから、こんな下らない茶番を組む事になったんだ。元々内緒で運び出す予定だったんだが、その時の状況の変化が激しすぎて、運び出す前に人が集まってしまった。更には、テレビやら雑誌、さらに今では観光での名所の一つ。確かにしばらく待てば流行というものはすぐに廃れてしまい、誰も興味はなくなる。しかし、その存在が公に知られた以上、人の目以外からも注目されてしまい好き勝手には持ち運び難くなる。なんせ今のヤツにとっては周りの全てが盗人にみえるからな。金で役は買えても、信頼は買えない。待つにも待てないのさ」

「そんなにこの刀に価値を見出すヤツが他にいるのか……? 俺にはただの古い刀にしか見えないんだが……」

「それにはそれなりに詳しい人間は少なからずいる。現に、私の依頼主はその一人であり、さらには奪おうともまで考えている」

「――で、その依頼主は誰なんだ?」

「ひみつ」

「んだよそれ。余計に怪しすぎて、あのじいさんよりも怖いぞ」

「私が受けたんだから信頼できる人間だ、気にしなくていいよ。それよりこれからの運搬と護衛の手順はしっかり把握しとく事。心配するのはそれ一つのみだ。――楽でいいだろ?」

「……まあ、そう言われればそうなんだが……」

 山瀬がめくったページを戻す。

「……こんな作戦上手くいくものなのか?」

「ヤツにとって、今回の作戦はあくまで目撃者を作る事を前提にし、刀の盗難を周知させる事が目的となる。当然、成功させるよりかは、その仕事を失敗させる方が主題となるのだから、私達よりはるかに楽に進めれる」

「楽たって……失敗させられると分かっていて、それを受けるなんて、まともな神経じゃ出来ないぞ。俺だったらもしこの事実を知ったら降りる。だって必ず失敗するんだろ?」

「成功するさ、必ず。なんせ私達はそいつらよりも、もう一段階手を打って出るんだ。予想外の事に相手もびっくりさ、今回の件みたいにな」

「……そういうものなのか」

 自然と出るため息の後、山瀬は資料を元の場所へとしまった。

 運転席へと姿勢を戻そうとした時、夕陽の眩い光が目に射し込んできた。

 左腕にしていた時計に目を向ける。

「もう六時か……まだ集合までの時間はある、どうするんだ?」

「しばらくこの辺をうろうろしよう」

「ウロウロたって……この辺りでどこかに時間潰すような所あるのか?」

「それを探すんだよ。ちょうどいい時間潰しになるだろ?」

「はあ……そのまま帰ろうかな」

 山瀬の意とは反し、車のマフラーが高らかに声を上げた。

 オレンジ色に染まる真っ直ぐ伸びる畦道を、車はトコトコと走り始めた。

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