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Luxlunae  作者: 夏日和
第六章:ストレートオッドあい
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五節:秘密の話

 ふと目が覚める。

 開かれた視界に映ったのは……だった。

 鼻から入ってくる土の香りが脳に広がっていく。

 何が起きたのか? そう考える間もなく、無意識に体に力が入る。

「ぐっ……」

 背中に痛みが走る。まるで何かの鈍器に殴られたように重たい。

 しばらく動けずその場でただ呼吸を繰り返す。

 息を吸うたびに胸元がかすかに痛み、吐くたびに全身の力が抜ける。

 頭の中で先ほどまで覚えている映像が自然と浮かんできた。

 走る軽トラックに追ってくるイノシシの大群、襲いかかる牙と涎に足元で広がる赤い血。地震のような激しい振動に浮き上がる身体――格子に掴まる人?

「篠宮さん!? っ!」

 体が無意識に起き上がると同時に、激しい痛みが背中から全身へと走った。

 痛みに耐えつつ、上半身を起こしその場に座り込み、辺りを見渡し改めて確認する。

 薄暗い景色に乱雑に生え並ぶ木々、体の力を抜けば、自然と前のめりになる。

 ふと聞こえるカラスの鳴き声。声を追い、見上げてみればオレンジ色の夕日の光が、葉の間から射し込んでいる。

 再び前へと目を向けると、地面には車の通った後が真っ直ぐと伸びていた。土を抉り、斜面を下っている。

 まるで、行け、と急かすように鳴くカラスの声に、俺は腰に手を当てては立ち上がり、跡を追った。

――――――――――――――――――

 地面につけられたタイヤの跡を追い、足元を滑らせないように降りていく中、

「おいおい、嘘だろ……」

ある物が目に入り、思わず言葉が出た。

――軽トラックが顔面から木にぶつかっていた。

 前の大木をへし折り、正面からまるで押し合うように体勢を保っている。

 荷台に広がる赤い血がまるで絨毯のように、板金の端から端までを染めている。右側に移動し目を向けると、運転席の窓は割れており、そして、左側へと移動し助手席を見れば、ドアが開かれている。

 無意識に助手席の方へと向かい走り出す。しかし、ドアに近づく前に足は止まった。

 頭の中で嫌な映像が浮かび上がり、警告のように心臓が早鐘を打つ。

 地面の土を踏みしめ、少しずつ扉へと近づき中を覗――。

「誰もいないわよ」

「――!?」

 突然の声に、体が自然と振り返る。そこには木にもたれて座り込む篠宮さんが居た。

「し、篠宮さん!!」

 斜面と土に足をとられそうになりながらも、篠宮さんの元へと駆け寄る。

 よれよれになった青色のシャツに左手を置き、まるで意思の無い人形のように、篠宮さんは地面に座り、木に寄りかかっている。

「あ、あの……その……」

 どう声をかけていいのか分からず、俺はただ目を動かすだけしかなかった。

「……さっきから、なに両手広げてキョロキョロしてるの? 気孔?」

 不思議そうな表情でこちらを見てくる。

「いや、あっ、なんでもない、ごめん」

「……? よく分からないけど、とりあえず、何も出来ないならさっき落した銃を拾ってきて、私のでしょ、あれ」

「ああ……そうだった」

 篠宮さんに言われ、俺はその銃を思い出し、すぐに取りに走った。

 タイヤの跡を追い、坂道を下りている途中で見つけたものだ。車を見つけた時に思わず手から離してしまった。

 映える緑に浮かび上がるように黒く光る長い銃身が不自然に横たわる銃を手に取る。

「しょっと……っとおっと……」

 不意の重みに少しだけバランスを取れ右肩が落ちる。すぐに態勢を直し、引き金の部分に指をかけ、両手に銃を抱いては足元に気をつけながら篠宮さんの所へと向かった。

「あの……」

「……」

 すっと伸ばされる片手に、俺は手にしていた銃を渡す。

 篠宮さんは左手でそれを受け取ると、まるでおもちゃを扱うように軽々しく銃を動かし、ときたま顔を近づけては細かな部分まで見ている。

 その光景に、驚いて見ていると、

「何? さっきからカバみたいに口を開けて、どうかしたの?」

篠宮さんが声をかけてきた。

「いや、あの……重たくないのそれ……?」

「はっ? 重たいに決まってるでしょ? 持って何も感じなかったの?」

「えっ? いや……重たかったけど……なんか見た感じ軽そうに動かすから……」

「そう見えるだけよ」

 銃の横にあるレバーを触り、親指でどこかを押す。

 カチっという音と共に、銃の下に取り付けられていた四角い箱が篠宮さんのスカートの上に落ちた。

「拾って」

 言われるがままに、俺はそれを拾い立ち上がる。ズシっと、まるで大きな石を持ったような重みが片手に伝わってくる。

「これ持って帰るの?」

「当たり前でしょ、そこらへんの安っぽい中古品じゃないの」

 手にした箱に目を向ける。黒色をしたそれは、あまり高価なものには見えそうにない。

「……いくらぐらいするの?」

「八十二億」

「は、八十二億!?」

 思わず大声が出る。頭の中で、それを否定する言葉が埋め尽くした。

「いや、あの、その八十って……」

 咄嗟に手にしていた箱を両手で隠すように持ち、体に寄せる。

「……うるさいわね。嘘に決まってるでしょ。それは私がこの銃に合わせて作った、この世にたった一つしかないものなの。それぐらいの価値があるってことよ」

「そうなんだ……」

 その言葉に、何故かほっと気分が落ち着き、俺は箱を体から離した。

 ふと視界にある物が目に入り、思わず見入ってしまう。

 全てを調べ終えたのか、銃をスカートの上に置き、それ以上何もすることなく、じっと車の方に顔を向ける篠宮さん。その見つめる目の色が赤ではなく黒だった。

――荷台で見たあの時の目の色と違う。

 その変化に気付き、じっとそれを見ていると、その視線に気付いたのか、篠宮さんが俺の方へと首を動かした。

「……何? さっきからじっと見て、何あるの?」

 そう聞かれ、思わず心臓がドキっと高鳴る。

「いや、目が……」

「目? ああ、これ?」

 すっと左手を動かし前髪に付けられていた赤のピンを外した。

 左目を隠していた前髪が真ん中へと移動し、それを今度は篠宮さんが大きく左に寄せる。

「えっ?」

 その顔を見たとき、俺は思わず言葉が漏れた。

 左に寄せられた髪のおかげで、篠宮さんの両目は隠されることなくそこに現れた。――左右の目の色が違う。

 黒と赤、右目の黒はいつも俺が鏡で見ているように、人としての目の色だ。だが、もう片方の目の色は、赤く、まるで血の色のように輝いていた。

 その目を見ていると、ふと頭の中に、あの時の夢に現れた赤い目を持った黒い影を思い出す。

「……もういいかしら? 疲れるんだけど?」

「ああ、ごめん」

 その言葉の後、篠宮さんは持っていた前髪を下ろし、再び赤いピンを左に止め、前髪で左目を隠した。

「……あの目って、その……」

 一度は見ているとは言え、落ち着いた今の状況で再び目にした衝撃に、俺は言葉が詰まり、それ以上出せない。

「なに驚いてるのよ、一回見たでしょ?」

「そ、そりゃ見たけど……でも……」

「はぁ……麻祁式からは何も聞いてないの?」

「えっ? 何も聞いてないけど……」

「ったくあのバカ……。ちゃんと説明しときなさいよ、面倒じゃない……。まあいいわ、銃も拾ってきてくれた事だし、特別に説明してあげるわ。横でもいいから座って、さっきから首を上げるの辛いのよ」

「……ああ、ごめん」

 すぐに篠宮さんの前へと移動し、俺が横を向く形になるように膝を曲げ、腰を屈めた。

「……で、麻祁式からはどこまで聞いてるの?」

「えっと、どこってのは……」

「例えば、学校についてとか」

「それなら教えてくれたよ。あの学校は特殊な人がいて……その……」

「だったら話は早いわ。その説明通り、あの学校には色々な経験をして、それぞれ変わった能力を持った人が通う不思議な学校よ。まあ、ごく一部だけどね。……で、私もその一人」

「篠宮さんの能力っていったい……」

 その言葉に、前を見ていた篠宮さんが突然目を合わせてきた。

 突然の行動に驚き、思わず首が後ろに下がり、バランスを崩しそうになる。

「気になる?」

「えっ、は、はい」

「…………まあ、いいわ。特別に教えてあげるわ、どうせ知ってもすぐに殺せそうだし」

「こ、殺す!?」

 思わず膝が崩れ、その場で尻もちをついた。

「私の能力は空間認識能力の異常認識よ」

「空間認識能力?」

「早い話が、この目で……例えばあの風景を見た場合、車までの距離とか、あの車自体どれぐらいの大きさがあるとか、そんなのをすぐさま把握する能力よ。それと、風とかも計算に入れるから、狙撃する際は目標に狙いをつけたら一発よ」

「狙撃で一発……、でも、最初の銃を見たとき、スコープみたいなの付いてたけど、あれは何で? その目があるなら要らないんじゃ……」

「本気で言ってるの? 狙撃眼鏡がいらな――特にこの銃にスコープ無しだなんてありえないわ。あのね、私の目はあくまでその先にいる目標までの距離とかは分かるけど、そこにいる小さなモノまでは見えないの。久柳龍麻、もしあなたの狙う獲物が小さなアリだとして、数メートル離れた場所からそれを道具無しの肉眼で見つけることができる?」

「そ、それはさすがに……」

「そういうものよ。それにこっちの目でモノを見続けていると結構疲れるのよ、集中するし、見続けていると痛くなってくる。……さて」

 話し終えた後、篠宮さんが突然辺りをキョロキョロと見渡し、俺に向かい手招きをした。

 それに誘われるように、さらに近づく。

「で、私のヒミツ教えたんだから、久柳龍麻、あなたにも聞きたい事があるの」

 先ほどとは違い、まるで誰かに聞かれないように小さな声で話し始める。俺はそれに合わせる様に同じく小声で返した。

「何を……?」

「……麻祁式の能力に関してよ」

「麻祁の能力?」

「もう長い事一緒にいるんでしょ? 間近で過ごしてまともな人間じゃないのはよく分かったでしょ、能力に関して何か教えてもらってないの?」

「っと言われても……」

 麻祁と出会い、共に過ごし始めてから、はや二ヶ月ぐらいは経っていた。それを長いか短いかどうかは分からないが、家から始まり、学校やこういった予測不可能な事が起きる場所など常に行動を共にしている。だから、篠宮さんの言う、まともな人間じゃない、という言葉はよく理解でき、俺自身、何度も痛感させられたものだ。

 だが……そんな間柄でも、能力に関しては全く聞いたことがない。

 ふと、頭の中に色々な映像が浮かび上がった。どんな危険な場所でも、一切の傷が無く帰って来る姿、そして最初に出会った頃に見た、鋭く伸びる刃で腹部に刺され、その先端が背を突き抜け俺に向けられる、あの瞬間の映像。

――いったい何の能力が……。

 篠宮さんの問いかけに俺は、わからないと答えた。

 その言葉を篠宮さんは予測していたのだろうか、表情を変えず、そうよね、と呟いた。

「篠宮さんは何も知らないの? 俺より麻祁との付き合いは長そうに見えるんだけど……」

「知るわけないでしょ。互いに共有なんてするわけじゃないんだし、わざわざ聞いて教えてくれるほど、バカじゃないわよ」

「バカって……えっ? でも俺は篠宮さんに教えてもらったんだけど……」

「すぐに殺せるからね」

「こ、殺せる!? なんで!?」

「なんでって……もう長い事、こんな感じの環境を過ごしたんでしょ? ……はぁ、この様子じゃいつ居なくなっても仕方ないわね。あのね、能力ってのは言わば私達自らが意思で振るえる剣なの。その剣には色々なトリック、種を仕掛けていて、いざ相手と対峙する際にはそれを利用して仕留めるわけ。……だけど、もし相手にその剣に仕込んだものを知られた場合、仕留め難くなるでしょ? 最悪の場合は返り討ちよ」

「そ、それは分かるけど……でも、それはあくまで敵としての話で、情報として漏れなきゃいいんだし、誰にも喋らなければ別に問題じゃ……」

「誰がいつ――お友達になったの?」

 篠宮さんが俺のを目を見てきた。

 その視線に俺は思わず言葉を止めた。その目はさっきまでとは違い、まるで初めての人を見るように、冷たくもなく暖かくもない、ただモノに興味がなくなったような印象を受ける目だった。

「私とあなたは今日初めて会ったの。今の今まで全く顔も知らなかったし、声も知らない、ましてやその人の人格もクセも知るわけがない。なのに、いつから私達は仲良しのお友達関係になったのかしら?」

「そ、それは……」

 両肩を力強く押され、背中から地面に叩きつけられたような気分になった。そう言われれば確かにそうです! という言葉だけしか、もはや頭の中に浮かんでこない。

「人間ってのは、多少話しただけでも、気が合えばそれだけで自然と仲間意識を覚え、さらに付き合いが長ければ長いほど、よりその意識の強さが増して行く。まあ、今回はこういう体験を一緒にしたからその感情がより一層強くなったのは仕方がない話だけどね。私が言いたいのは、いつでも人は裏切れるってことよ」

「裏切る?」

「そう、簡単でしょ? 自分の利益の為なら人を裏切る。当然の行動じゃない」

「当然って……でもそれは……」

「あなたは人を裏切って、ああ~良心が痛むー。とか、思ってるんでしょうけど、他の人からすればそれはどうでもいい話。当然、私だって何かしら自分に関わる重大な出来事が起きたら、あなた達を殺すかもしれない。その時に、もし私の能力を知っていたら、あなたは最低限の対策を立てて、出来る範囲で抵抗ぐらいはするでしょ? そうなると面倒だから、自身を守る意味でも、教えないのが当然なの」

「それじゃ俺に教えたのは……」

「もし全てを消し去りたいと思った時、まず最初に秘密を知った人間を殺しにいく、確実に」

「かくじ……!?」

 何かが動く音が耳に入り、自然と目がその場所へと動く。

 篠宮さんの膝に置かれた銃が目に入――かたっ。

「ひっ!」

 僅かに弾む銃身に、思わず腰が下がる。

「私の隠している能力をあなたは知った。関わるものの手を切る際は、対策を立てられる前に真っ先にその口を閉じないと」

「だ、誰にも喋らないよ! 絶対に言わないから!」

「嘘を平気で吐ける生物の言う事なんて誰が信じるの? まぁ、今は信じてあげるわ、せいぜい私と一緒にいる時は機嫌を損なわせない事ね、くりゅうたつまクン」

「くっ……うぅ……」

「まぁでも、そうね、絶対に助かるってわけじゃないけど、条件次第では見逃してあげなくもないわね」

「条件?」

「――麻祁の秘密が分かったら教えて」

 篠宮さんが再び目を合わせてきた。真っ直ぐとした瞳で俺を見てくる。

「秘密って……」

「事細かくじゃなくていい、本当に一瞬の何かの違和感や、頭の中でピンと来た事でもいい。一緒に過ごしてなにか分かったらでいいわ」

「わ、分かった。……でも、別に知らなくても篠宮さんのその目があれば……」

「自分で言うのもあれだけど、抵抗は出来る。でも、確実じゃない、確実じゃ……」

 篠宮さんがふと首を下げる。その後、言葉を待ったがそれ以上は何も言わず、まるで何かを考えているみたいだ。

 その姿を見ていて、ふと疑問に思う。どうしてそこまで麻祁に対してここまで執着というか、能力を知りたがっているのだろう。見た限り、二人の関係は仲良く……はないが、それほど悪くなさそうだし、むしろ、馴染みのあるという感じだった。敵対するなんてことは絶対に……。

「どうしてそんなに麻祁の能力が知りたいんだ? 別に知らなくても……」

 俺の言葉に、篠宮さんが顔を上げ、無表情で俺の顔を見てきた。そして、すぐに大きなため息を吐いた。

「だからのんきすぎるのよ。麻祁も私達と同じ人間よ。それだけの理由とさっきの説明があれば十分でしょ。誰か知ってる人はいないのかしら……誰か知らない?」

「……俺に聞かれても、麻祁と一緒にいるだけで、その時出会った人とかしか……あっ、椚さんはどう? あの人、麻祁と長い事一緒にいるみたいだし、それに良い人っぽいから、教えてくれるかも」

「それならすでに聞いたわ、何も知らないって。一応それなりの資料も教えてもらったけど、何一つ参考にならなかったわ。……まあ、唯一あるとするなら、興味があればどこにでも入り込んでいくような頭のおかしい人間っていうのがより一層強まっただけね」

「……後は誰だろ、あんまり会った事ないし……」

 頭の中で色々な人の顔を浮かべてく。麻祁とは関わりのない俺の身近な人や、麻祁と一緒に行動していて少しだけ会った人物。そしてある人の顔が出た瞬間、検索は強制終了した。唇に少しだけ熱が走る。

 頭の中で留まる顔、左目尻の下にあるホクロに、揺れる黒のセミロング。そして浮かび上がる名前。

「葉月織……」

「葉月?」

 その名前に篠宮さんが反応する。――が、すぐに興味を無くしたように、「ああ、あれね」と小さな声で答え、顔を正面に向けた。

「あ、あんまり話した事ないし、会うといっても、学校で時々遠くで見るだけだから、あまり親しくはないんだけど……」

「あいつと親しくなったら、それこそ人生終わりよ。一回会っただけで分かるでしょ、何かとお姉さまお姉さまって……、まさに狂信者よ。少しでも麻祁式に関して何かを探ってるとバレたら、どんな目に合うかわかったもんじゃないわ。あんたは顔や行動に出やすそうなんだから、注意した方がいいわよ」

「べ、別に俺は麻祁の能力なんてそこまで知りたくは……」

「私の能力がどうしたって?」

「ひっ!?」

 ふと篠宮さんの後ろから声と共に麻祁が現れた。

 突然の事に、俺の体が不意に跳ね上がる。

 何も聞いておらず今初めて合流して来たような表情で、麻祁は俺達の前に立ち、手にしていたザックを置いては、細い目を更に狭め、ジッと見下ろしてきた。

 それに対し、篠宮さんは顔を上げ、向けられる麻祁の目を見返す。

 ピリついたような空気が一瞬でその場を覆った……ような感じがヒシヒシと伝わってくる。

 数秒の沈黙の後、先に篠宮さんが口を開いた。

「久柳龍麻が麻祁式の能力が一体何なのかが気になるらしくて、私に聞いてきたの、どうににかしてくれない?」

「えっ? ちょ、ちょっと……!」

 思わぬ展開に、俺は言葉を詰まらせた。まさか内緒の話で進めていた事を、率直で麻祁に聞くとは……、ましてや俺から聞いたみたい――。

「私は知らない知らないって何度も答えたんだけど、しつこくて……」

「いや、あの……」

「それは最低だな。ただ自身の知りたいという欲求を満たしたいが為に、初めてあった人にその人の内情に関して、しつこく! そう何度も! 聞き出そうとするなんて――最低」

「――最低」

 麻祁の言葉に続くようにして、篠宮さんが同じ言葉を繰り返した。

 冷たい二人の視線が、突き刺さるように俺に向けられる。

「あの、いや、俺は……」

 俺はその言葉に無い威圧感に押され、思わず立ち上がり、そして……、

「ごめんなさい」

頭を下げた。

 少しだけ待つ……が、それ以上、言葉は掛かってこない。顔を上げると、はなっから二人は俺の対応に興味がないらしく、向き合って話し合っていた。その姿に、思わずため息を――。

「――っ!? 何!?」

 何かが破裂するような大きな音が突然鳴り響いた。続けざまに目の前に生えていた数本の木が倒れ、僅かに砂煙を上げる。

 突然の事にすぐさま辺りを見渡すも、周りの景色には変化が無く、唯一変わった所といえば、麻祁が地面に座りこみ、篠宮さんの銃を構えていた。

「重たいなこれは……いらない、返す」

 手にしてた銃を篠宮さんに向かい伸ばす。

「当たり前でしょ! 誰があげるって言ったのよ!」

 奪うようにして銃を取り、膝の上に置いた。

「な、何やってんだ……突然撃ったりなんかして……な、何かいるの!?」

「何もいるわけないだろ、私が周りをわざわざ歩いて確認してきたんだから。弾が一発残っていたから撃ちだしたんだよ。そのまま残していたら、もし暴発した時に危険だからな」

「暴発って……でも、引き金を引かないと弾は……」

「……ほんとに何も知らないのね? 弾の底には火薬が詰まってるの、そこに衝撃を与える事で爆発させて、撃ち出すってわけ。はい、これ持って」

 突然差し出される銃。何かを考える間もなく、俺は自然とそれを受け取った。

「もし銃に何かの衝撃が掛かったとき、誤って弾が撃ちだされたら大変でしょ。だから、銃の中は空にしておかないとダメなの」

「ただの筒にロケット花火を入れ持っているようなものだよ。はい、これも持って」

 今度は麻祁からザックを渡される。俺は一度銃を置き、ザックを背負ってから、再び銃を手にした。

「……ほら、いくぞ」

 声に合わせ、篠宮さんが倒れるように、手を伸ばす麻祁の肩へと覆いかぶさる。

 麻祁は伸ばした右手を篠宮さんの右足に絡ませ、その手で胸元に伸びる右手をしっかりと握り締め、立ち上がる。

「暴発で右足や腕が吹き飛ぶ人もいるんだから。良かったわね、久柳龍麻、そうならなかって。もし運んでいるときにコケたり、落したりしたら、今頃ここには立っていなかったかもね」

「えっ?」

 篠宮さんの言葉に、一瞬で背筋に寒気が走った。

 頭の中で広がる映像。それはここに来るまでの間に、俺は常に銃の引き金に指をかけて、あの足場の悪い坂道を下りていた。更に、篠宮さんに渡すとき、銃口を……。

「さあ、何を突っ立っている? ここに一人の残るのか? 私達は帰るぞ」

「帰る?」

 篠宮さんを両肩に乗せたまま麻祁が坂道を登り始めた。

「迎えをここに来るように要請した。だがこの場所では周りの木々が邪魔をしてすぐには拾ってくれない。一度道路に出る必要がある」

「本当に面倒な事ばかりね。あんたが持ってくる依頼はロクなものじゃないわ。おかげで私の――痛ッ! な、なにするのよ!」

「ああ、思わず右腕に力が入ってしまった。坂道だからかな」

「んなわけないでしょ! あのね、私は重傷なの! 体中が、特に背中が痛むんだから、もっと安せ――痛ッ!」

「ああ、あまりに気が散りそうで落しそうになったから、思わず指に力が……」

「思いっきりつねったでしょ!! 大体ね、私はこんなくだらない内容のものだと初めっから聞いていたら、こな――痛ッ!」

「ああ、ごめん。一瞬気が飛びそうだったから、目を覚まそうと自分の右手かと思ったら……」

「ふざけんじゃないわよ!! どこの誰が右手で自身の右手をつねる人がいるのよ!! 明らかにワザとじゃない。だから……」

 騒ぐ二人の背中を、俺は唖然と見続けていた。

 深呼吸を一度だけして、自然と伸びた背中を緩め、横へと目を向ける。

 そこには相変わらず木の正面から頭をぶつけるトラックの姿があった。

 頭の中で自然と、あの運転手の姿が浮かび上がる。

……そういえばあの人はどこに……。

 そんな疑問が浮かび上がるも、俺はその答えを知りたい……いや、確認する勇気はなかった。

 再びトラックへと一瞬だけ目を向け、俺は麻祁の声を追った。

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