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Luxlunae  作者: 夏日和
第六章:ストレートオッドあい
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一節:待ち合わせ

 雲一つない快晴、今日は土曜日で学校が休みでもあるため、まさに外に出かけるのには最適な日……なのだが、今、坂道をのぼる俺の足取りは妙に重たいものだった。――話はつい先ほどの事になる。

――――――――――――――――

 今朝、寝ぼけ眼の中、俺はすぐに食事を作る準備を始めた。いつもなら、学校の購買や帰り道に買っていたコンビニの弁当などで済ませるのだが、麻祁が来てからというもの、食事当番というものが決められるようになり、一日毎の交代制になっている。昨日が麻祁、そして今日が……俺の番だ。

 キッチンの隅に置かれた冷蔵庫を開け、中を見る。真ん中を区切られた狭い空間には、色々な野菜や肉など詰め込まれており、右側の開き戸の方には卵や調味料などが備え付けられていた。俺は一瞬迷いながらも、卵二つと野菜、肉を手にとり、それを流し台の方へと持っていく。材料を置いた後、卵を割り、中身をお椀に入れ、その間に焼くための準備をする。

 食事当番を決めた理由は簡単なものだった。

 当初、食事はコンビニの弁当などで済まそうと考えいたのだが、突然麻祁が包丁などの調理器具を買い揃え、自宅で料理を作ると言いはじめた。理由としては『食事代の削減』と『生物はかじりたくない』の二つ。

 食事代の削減に関しては、今後何かしらの依頼を受けた際に、その準備金として少しでも経費等を抑えたいらしく、俺が出す分には構わないが、麻祁自ら二人の食事代は出したくないと。

 そして二つ目の『生』に関して。これは、もし何かの事故で孤立や遭難をし、さらに麻祁が動けなくなった場合、俺が近くにあるモノを調達し料理をして食べさせないといけないらしく、その際、処理を間違ったりすると、後の行動に影響を及ぼす可能性があるので、それを防ぐ意味でも、調理全般に関しての知識を覚えさせる為に毎日作らせるとの事だ。

 麻祁曰く、『龍麻君、バージョンアップ一点一』などと、わけの分からない事を言うが、それを聞かされた俺は、料理などは面倒だと思い、今の時代にカップ面や菓子類などの携帯食があるのでは? と反論を試みた。

 しかし、すぐさまそれは、『ピクニック気分か』の言葉により一瞬で薙ぎ払われ、挙句には俺の居場所を狙っている奴に教えると脅迫まがいな事まで。

 結局俺がしぶしぶ折れる形になり、せめて毎日は――と頭を下げると、少しばかりの負担を和らげるために、食事当番というものを割り振られることになった。

 だが、今の今まで料理に関しては、麻祁の口からはほとんど教えてもらえてはなく、結局、渡された参考書を頼りに作り、更に食費に関しても俺が全部出しているので、正直、経費節約だけが目的だったんじゃないのか? と、ふと思い始めてる。

 油の跳ねるフライパンに二つのタマゴが仲良く並ぶ。パチパチと音を上げ、白身が徐々に固まり出したので、それに応える様に塩とコショウを振り、蓋をする。後は数分、その僅かの間に、もう一つ用意していたフライパンに油を広げ、用意していた野菜と肉使い、炒め物の準備をする。

 朝の調理は、簡単なもので済ませられるから助かる。作るのは面倒だが、それほど複雑なものはせず、昼食までの時間やこれから動く事を考えると、少しばかりの量で腹を満たせればそれでいい。それに、麻祁に至っては卵一つさえあればそれだけで済む。

 麻祁が食事当番の日に限って、毎回と言っていいほど卵を使った料理を出された。この前なんて一番ひどく、朝はゆで卵一つだけだった時がある。

 なんでも栄養素が高いらしく、これ一つあれば、四、五日は生きれると言っていた。が、そのくせにきっちり、昼と夜も食べていたから、本当にその話はどうなのか……。

 野菜から出る水と肉の脂が合わさりパチパチと軽快な音を出し、あちらこちらで踊るように跳ね動く。塩とコショウを上から軽く振り、それを煽るように箸で混ぜる。白い煙が立ち上り、辺りにコショウの匂いを漂わせてきた。野菜炒めをそのまま放っておき、もう一つのフライパンの蓋を開け、焼きあがった目玉焼きを皿へと乗せる。

……上手く半熟になっているのだろうか。薄い白の膜を張った黄身をジッと見るが何も答えてはくれない。次にやかましく騒ぎ立てる野菜炒めを皿へと乗せ、その二つをもって居間にある机へと向かった。

「おい、出来たぞ」

 煙の立ち上る皿を二つ置き、押入れに向かい声をかける――同時、襖が開き、ヨレヨレになっている白の制服姿の麻祁がぬっと現れた。仕切られた上部から飛び出た二本の足を下部へと垂れ下げ、その場で座る。

 寝起きかどうかも分からない相変わらずのぼんやりとした細い目で、皿にジッと視線を向けたまま動かない。その状態のまま見続けること数十秒後、麻祁は何も言わず、押入れから体を出し、襖を閉めては皿の前に座った。

 座るのを確認した後、箸や飲み物などを用意し、麻祁の向かい側に座る。

『いただきます』

――そんな言葉はなく、麻祁はすでに自分だけ飲み物を先に入れ、胸元まで卵の皿を寄せては、それを箸で突いていた。

 俺も箸を持ち、野菜炒めへと先端を伸ばす。

「龍麻……」

 突然の呼びかけに、自然と箸が止まる。一体何を言い始めるのか? など考える間もなく、俺が返事をするよりも早く、麻祁が続きを話し始めた。

「昼前までに行く場所があるから、椚高の校門前で集合を。私はその準備があるから先に出かける」

 その言葉により、頭の中でまた何かの依頼だろうと、妙な想像ばかりが浮かんでくる。

 一体何があるのか? を詳しく聞きたいが、今だ虚ろな感じで卵を突いている様子から、言ってもマトモには答えてくれるとは思えず、俺はそのまま軽く返事をした。

「……龍麻」

 再びの呼びかけ。顔を向けると、今度は机の一点を見つめたまま麻祁が動かない。数秒見続けていると……。

「――みそ汁がない」

――――――――――――――――

 坂を上るにつれ見え始める青銅の門。徐々に近づくに連れ、足元が重くなっている気がする。

 門の全体が見え始めた時、ある一点に視線が向く。そこには一人の女子生徒が立っていた。

 服装は青のシャツにチェックの灰色スカート。胸元には赤と青の線が入り混じったリボンが付けられているこの高校の制服だった。女子生徒は俺に顔を合わせる事もなく、右手に持った長いバッグを少しだけ持ち上げるも、その場から動かない。

 俺は麻祁の言われた通りに門の前に立ち、そこで待つことにした。

 近くで風に揺れる木々の葉音が耳に聞こえる。時間が経つ毎に鳥のさえずる音が増え、足元の影が消えていく。そして全身が光に包まれた時、体の中には熱が広がっていた。

……どれぐらい経っているのだろうか。麻祁は今だに姿を見せない。一体何をしているのだろうか? それに……少し気になるといえば、隣にいる女子生徒もだ。相変わらずどこかに移動する事もなく、その場所で居続けていた。

 肩の力を入れなおす度に微かに揺れるショートボブ、長く伸びた前髪で左目を隠し、もう片方の開かれた右目で正面に広がる街を見続けている。左目を覆う前髪に留まった赤のピンが太陽の光により、時たま眩しく輝く。

 頬からは微かに汗が垂れ落ちているのが、横から見ても分かる。だが、女子生徒はそれを拭うことはしない。彼女も何を待っているのだろうか? それにあのバッグは……。

 決して地面に置くこともなく、ずっと右手に握り締めたまま離さない。大きさと長さからして、運動着や学校の教材が入っているとは思えない。部活に使う道具、多分……楽器だと思うのだが……。

 そう考え始めると、その女子生徒の事が気になり始め、退屈なのも合わさっていたので、何を待っているのかを聞こうかと俺は口を開いた。――だが、ある大きな音が被さり、俺の声はかき消される事になった。

 音の方へと顔を向ける。俺と女子生徒の間に一台の白の軽トラックが止まった。

 運転席にはその車体に似合わなさそうなスーツ姿の若い男の人が乗っている。男は車のエンジンを止めるも、そこから降りる事はなく、携帯を取り出しどこかに電話をかけだす。

 木々の葉音に鳥のさえずり、開かれた窓から微かにカチカチと聞こえてくる音。三つの音が入り混じる中で、一人はバッグを持ったまま何かを待ち、もう一人は腕を窓から出しては誰かを待ち、そして俺は麻祁を待つ。その場から動くことなく、ここにいる三人は、そこに来る何かを待ち続けていた。

 そんな会話一つない場に、ある一つの音が紛れて入ってきた。それは門が開く音に、閉まる音。顔がそちらに向く。門から現れたのは長く伸びた銀髪を揺らす麻祁の姿だった。

「遅いよ」

「遅いッ!」

 被さる声。

「えっ?」

「はっあ?」

 麻祁を挟み、見合わせる顔。そして掛かるエンジン音。

「待たせた、それじゃ行こうか」

 俺達に顔を合わせる事もなく、麻祁はすぐさま助手席へと乗り込んだ。

 残された俺はどうしていいのか分からず唖然とし、横にいる女子生徒も助手席に目を向けたまま動かない。

「ん? どうした? 乗らないのか?」

「の、乗れたって、どこに乗れば……」

 悩んでいる俺の横で、女子生徒が鼻を鳴らす。 

「ふん、後でちゃんと説明しなさいよ?」

 乗っている麻祁に近づき、そう言った後、女子生徒は手にしていたバッグを荷台に乗せ、軽々とその場所に飛び乗った。

 その光景に俺は戸惑うも、誰も何も言っては来ず、更には目すら合わせてもくれない。仕方なく、俺も女子生徒に続き、体を引きずらせる様な形で荷台へと乗り込んだ。

 サイドミラーに映る麻祁の目がこちらを確認している。そして、その目が正面へと向いた時、吹かされるエンジンの音と同時に、車が動き出した。

 ガタガタと体を揺らされながら車は、正面に続く坂道を降り始めた。

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