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Luxlunae  作者: 夏日和
第五章:緑の猛者
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三節:資料室

 鉄の響く音が、踏み込む度にやけに大きく聞こえる。壁にある明かりを頼りに一段一段下へと降りていく。

 階段の横幅は広いものの、金網の下から覗く景色は暗く、唯一点々とした明かりが在るべき道を作り出していた。中央は吹き抜けになっており、そこからを顔をのぞかせると、真下へとどこまでも続く闇に一瞬身体が持っていかれそうになる。……少し気味が悪い。

「これ本当に非常階段なのか? なんか雰囲気が違うんだが……」

「裏方の作業員が利用する階段のようだ。研究員は皆エレベーターを使って上を行き来しているらしい」

「ああ、それで……」

 辺りに目を向けると、そこには幾つものパイプが下に向かって何本も伸びていた。途中にある踊り場で見た不自然な錆び付いた扉の理由も分かる。

「で、さっきから降り続けてるけど、まずどこから行くんだ?」

「時間が限られているから、まずは情報を仕入れに行く。それから時間の許す限り探索する」

「情報って目標の……どこにそれが?」

「四階の中央にデーターベースがあるらしい。そこに向かう」

 足音だけが響く空間、しばらく降り続け、そしてある扉の前で立ち止まった。麻祁がドアノブを握り、開ける。

「えっ……?」

 そこに広がる景色に、俺は驚いた。

――暗闇。そこにはそれ以外はなく、明かりも、あの緑もない。

「暗い」

 麻祁が手にしていた棒を近くの壁に立てかけ、もう片方で握っていたリュックを下に置き、中を開けた。懐中電灯を取り出し、暗闇に向ける。

「これ持って、重い」

 突然差し出されるザック。手に取ると背中にあるボンベの重さが合わさり、思わず前かがみに倒れそうになる。

 麻祁は手にした懐中電灯で辺りを照らした後、立てかけた棒を手に取り、中へと足を踏み入れる。

「ここは電気が通ってないのか?」

「どうやらこの階だけ別みたいのようだ。何か余計に電力を食うものがあるからか……配電室はどの辺りにある?」

 麻祁が耳に手を当てる。その瞬間、女性の声が響いた。

「……フォーシー、中央付近、資料管理室から右側に配電室があります」

「……了解」

 耳から手を離し、麻祁が歩き始めた。

 先ほど女性から教えてもらった情報を頼りに目的の場所を目指す。しかし、それを探す為にあるはずの一点の明かりは、足下に伸び続ける緑の廊下だけを、ただ只管に映し出すだけだった。それ以外の場景といえば、真っ暗で先すら何も見えない。

「こんなに暗いのに……足下だけ照らして分かるのか?」

「場所はさっき見た構図で大体分かってる。それに、辺りをあまり照らしたくない」

「なんで?」

「――走ってくるから」

「……へぇー、……誰が?」

「…………」

 麻祁は何も答えなかった。

 流れる静寂の中、俺は時たま振り返っては辺りを警戒し続けた。……何も見えない暗闇の先を――。

 しばらく歩くと、ふと目の前に銀色の二枚の扉が現れた。ノブの上辺りには四角の妙な機械らしきものが取り付けられている。

 麻祁は扉の前に立ち止まると、ノブに手を掛けた。少しだけ開かれるドア。その瞬間、手にしていた光を消した。一瞬で視界が暗闇に包まれ、先ほどまで目の前にあった防護服の姿すら見えない。

「な、なにやってんだ?」

 小声の問いに、麻祁はいつもと変わりなく答える。

「資料室の扉は電子鍵がしてあった。停電時、電子鍵は種類によってその後の状態が変わってくる」

 麻祁は再び懐中電灯に点ける。しかし、それは正面ではなく、やはり足下、そして右の道を照らし歩き出した。

「あれは遮断された際、別の鍵を使って開錠できるようになっていた。それが開かれていたんだ、不気味だとは思わないのか?」

「不気味って……ここから避難する時に中から取り出して、それで急いで出たから閉め忘れたとか……」

「なら、回収という依頼自体に意味が無い。私達は騙され、何かの実験、モルモットとしてこの場所に送り込まれた。その可能性が出てくる」

「えっ……それってやばいんじゃ……」

 麻祁があるドアの前で立ち止まり、ドアノブに手を掛け、一気に開けた。すかさず、足下を照らしていた明かりを部屋の中に向け、左右に素早く動かした後、再び足下へと落とす。

 一瞬だけ明かりにより見えた景色、それは大きなロッカーのような四角いものがいくつも並ぶ場所だった。

「ああ、非常にやばぁい状況だ。……でもまぁ、先客もいる事だし、何よりこの施設全体の電源が落とされていたのと、外部からの信号がない事は確認しているから、その可能性は一つ消えた事になる、良かったな」

 左右に立ち並ぶ箱の列に、麻祁は歩きながら一つ一つ光を当てていく。そして、ある場所を照らした時、足を止めた。

「となると、一体誰が開けたのか……」

 扉を開け、光を中で幾つも並ぶブレーカーの一つを上げた。

 何かが弾ける様な大きな音と同時に機械が動き始め、一瞬で辺りが強烈な光に包まれた。思わず目を閉じる。

「ただ単に焦って資料を取りに来た奴が閉め忘れただけならいいが……何がいるか分からない、何を探すにも明るいに越したことは無い」

 麻祁が手にしていた棒を握り締め、部屋を後にした。

 辺りに目を配りながら、扉の前に立つ。麻祁は少し開かれたドアに棒を突きたてる。

 開かれるドアの先には細かく区切られた書類棚や四角のロッカーなどが聳え立つように並んでいた。

 麻祁が棒を構え中へと入っていく。

「そういえば、その棒は何なんだ?」

「武器だ」

「……いや、そりゃ見れば分かるけど……」

 俺達を挟む棚の間の一つ一つに目を通し、ゆっくりと足を進めていく。

「本当なら銃の一つぐらいも持ってきたいが、中がどうなってるか分からない以上、こっちの方が利便性がいい。殴るも、払うも、押し倒すも、何でも出来る」

「でも、銃の方が確実なんじゃ……」

 黒色の細身の体。それを改めて目にしてみると、それは俺達の命を預けるには、何とも頼り無さそうな感じのするのもだった。長さは麻祁の身長より少し低く、太さは鉄パイプぐらい。殴ったら一発でヘシ曲がりそうだ……。

「確かに銃の方が確実だが、一発で仕留めれないとなると、こちらが不利になる。何より相手がそれ一体とは限らないしな」

 首を左右に振り、たまには後ろ、上へと視線を向け、歩く。そして部屋の奥へと辿り着いた。麻祁は棒を地面に立て、杖へと変える。

「それに、欠点として一番大きいのはあの音だ。火薬を破裂させた後に響く音は相手に警戒を与える他に興味を誘う恐れもある。もしこんな狭い場所に大勢流れ込んでみろ、一瞬で囲まれて取り合いだぞ? これなら音も出ず、更には狭い場所でも前に突けば相手を押し返したり、急所を的確に突けたりする。そして何より、先端からは高電圧が流れる仕組みだ。びりびりー」

 グッと腹に向かい突然先端を押し付けてきた。無意識に伸びた手がそれを払いのける。

「や、やめろよっ!」

「一気に体内を流れた電気はすべての組織細胞を破る。これで一瞬にして相手は骨抜き。まあ、他の使いようとしては、もしお前が何かで倒れたときはすぐに心臓に当ててマッサージしてやる。一瞬で飛び起きるかもな」

 スタスタと麻祁が奥へと歩いていく。目指す先、そこには一台のパソコンが置かれていた。

 麻祁は椅子に座らず、パソコンを起動させた。

「打ち難いな……」

 今の気持ちが言葉として自然に漏れたのだろうか、呟くような小さな声が聞こえる。しかし、その言葉とは裏腹に、片手でマウスを動かしては、分厚い指先で器用にキーを打ち込み、画面上にあるファイルを次々と開けていく。

「……ディーの左から十二番、四十三にファイルがある取りにいけ」

「ディ……十二番?」

「資料のある戸棚の場所だ。上部の方にアルファベットで記されているはずだ、そこの左から十二番目の四十三と数字が記されている場所にいけ。早くしないと酸素がなくなってこれを脱がなきゃいけなくなる。肺が細菌まみれになってもいいのか?」

 その言葉に俺は急ぎその場を離れ、麻祁に指定された場所へと向かった。

 狭い通路から中央の広場に出る。左右高く伸びる棚の上には確かにアルファベットの印が付けられている。その中からディーと書かれた場所を見つけ、隙間を入っていく。

 天井には蛍光灯が幾つも吊るされているが、その場所は薄暗く、目を凝らさなければ書かれている数字が見えない程だった。しばらくにらめっこを続け、そして目的の数字を見つける。

「…………あれ?」

 四角のロッカーを開けると中は空っぽだった。

 自然と漏れた言葉に反応して、麻祁の声が返ってくる。

「……どうした?」

「言われた通りの場所を見たけど、……何も入ってないぞ?」

「……資料の一枚もか?」

 そう言われ、中に手を入れて確認してみる。分厚い手に硬い感触が伝わるだけで、何もない。

「ああ、一枚もない……」

「…………」

 しばらく無言が続き、

「……そっちに行く」

その一言だけが返ってきた。

 中央の広場に出ると、奥から白の防具服を着たガスマスクが一人歩いてくる。手にはあの黒い棒。その見慣れない異様な姿は、今この場所に漂う妙な静けさの雰囲気に合っていて少しばかり不気味に感じた。……顔が見えない分、本当にあれがさっきまで一緒にいた麻祁なのかも疑わしくなる。

 ガスマスクは近づくや、何も言わずに俺の横を通り過ぎ、そのままドアへと向かい突き進んだ。

「えっ? ちょ……」

 俺はすぐにその背中に追いかける。

「確認しなくてもいいのか?」

「無い物を確認する必要があるのか? それとも嘘?」

「う、嘘なんかつくわけないだろ!? ちゃんと手を入れて確認したけど何もなかったんだよ!」

「資料が無いなら誰かが持ち出したしかない」

「え?」

 ドアを開け廊下へと出る。麻祁は左右に首を振った後、右に向かって歩き出した。

「持ち出しているなら戻ってるはずじゃ……」

「さっきのパソコンで色々と辿ってみたが、保管されていたのは数十枚の紙とハードディスクのようだ。他にも色々な資料を漁ったような形跡が残されていた」

「ハードディスクって?」

「パソコンなどの情報を記録する為の媒体の一つだよ。資料と言っても何も紙だけじゃない、記録として残るものなら電子も使う。パソコン内ではパスワードに関して検索をしていたみたいだから、ハードディスクの中にある資料にはロックされていたかもしれない」

「資料の回収が目的なのに、わざわざそれを解除する為にパスワードを探しにいったのか?」

「それだと途方も無く時間がかかる。無駄な労力を費やすぐらいなら直接渡したほうが楽だ。今回はハードディスクよりも、もう一つの紙の束が無かったのかもしれない。それの探しに向かったのかも」

「探すってどこに……」

 ふと目の前に一枚のドアが現れた。見覚えのある姿、それは俺達が最初に入ってきたドアだった。

「資料を探すなら、それに関連している場所になる」

「……って、それってまさか……!?」

 頭の中に嫌な予感が過ぎる。……そして、次の瞬間、その言葉は麻祁の口から告げられた。

「これから元凶のいる実験室に行く。何があるか分からない、絶対に私のザックは捨て置くなよ?」

 麻祁は振り返ることも無く、黒い棒を片手に垂らしたまま、ドアを開け、薄暗闇の場所へと足を進めた。

 俺はずっと握り締めていたザックの位置を直し、更に手に力を入れた。さっきまで持っていたはずなのに、一瞬重みが増した様な気がした……。

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