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Luxlunae  作者: 夏日和
第三章:戻せない時間
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三節:じゃれあい

「はぁ、はぁ、はぁ――!」

 言葉と共に息を出し、走り続ける。それはまるで舌を出して走る犬のようだった。

 休むという考えは一切見せず、ただ一心不乱に前へと走る。

 だが、俺は別に目の前に投げられた骨欲しさに走っているんじゃない。

 むしろ、俺自身がそいつらにとっての――骨なのだから。

「はぁ、はぁ、はぁッ、クソっ!!」

 片足に力を入れては踏み込み、腰の辺りまである生垣を越え、また飛ぶ。

 土からレンガ、レンガから土へと。踏みとどまる間もなく、ただ真っ直ぐ走った。

 後ろからは絶え間なく、不規則なあの犬の咆哮が耳に届いていた。

 生垣を飛び越える度に、その声に一際強さが増す。どうやら、飛び越えれず悔しがっているようだ。

 俺は何度もそれを繰り返し、何とか距離を保っていた。出来ればこのまま離したい……。

 だが、現実とは思って以上に変化を見せず、いくら走り、飛び越えた所で、その追いかけてくる声は決して消えることはなかった。

 闇雲にただ夜の公園内を走り続ける。

 広い広場から、少し高くなった丘を登り、そして太い木々が生え並ぶ場所へと逃げ込む。

 ふと、後ろから追いかけてきてるはずの、犬の鳴き声が消えた。

 頬から垂れ落ちる汗を拭い、目の前に現れた一本の幹にしがみつくようにして両手を置いた。

 顔を下に向けると、汗が暗闇へと吸い込まれていく。

 いつまで続くんだこれ……。

 先の見えない結末に……いや、先はあった――そう、俺が喰われたらいい。

 このまま立ち止まって、あいつらが来るのを待つ。そしておとなしく喰われれば、それで終わる……これで走らなくても……。

 音が止まり、虫の鳴く声だけが耳に入る――俺はすぐに首を振った。

――いやいや、何考えてんだ俺! それじゃ死んでるじゃん! これじゃ先もくそもない!

「……はっ!? くっ!!」

 後ろから、小さくだがあの泣き声が聞こえた。

 一度描いた最悪の結末、その現実が後ろから確実に近づいて来ている。

 なんで…なんで……なんで……。

「なんで……俺なんだぁああー!!!」

 もはやその気持ちを言葉として叫ばずにはいられなかった。

 ただ大声で叫び、それを合図に俺はまた走り出した。

 その声に応えるかのように、不規則に鳴き続ける声が一段と大きく張った。

 少しでも距離を開けるため、また生垣を求め走る。

 だが、暗闇にまみれる木々が、俺の邪魔をするかのように、次々と目の間に現れていた。

 ぶつからない様にするだけで精一杯だ……。

 少し走ると前に街灯の明かりとそれに照らされ浮かぶレンガが目に入った。しかし、頼みの綱の生垣はない。

「クソッ!!」

 俺はそこへ向かうのを止め、右に曲がり、別の場所を目指した。

 息を切らしながらも必死で頭の中で地図を浮かべる。

 この先の道を進めば生垣がまた両側に植えられているはず。それを超えれば、出口に……。

「なっグッ!!

 だが、その希望は止められた。突然、背中に重たいものが圧し掛かってきた。

 勢いに押され、転ぶようにして、街灯の照らすレンガの道へとうつ伏せで倒れた。

 すぐに右手を伸ばし、レンガに手を置いては体を引き上げ、仰向けになる。

「く、クソッ!!!」

 目の前に迫り来る牙。咄嗟に、伸ばした手が鼻と喉元を押える。

 力を入れ抵抗をする。だが、相手も俺に噛みつく事に必死で、その勢いは緩まらない。

 俺はその状態をただ維持するだけで精一杯だった。

 迫りくる牙。頭を喰いたそうに開かれた口からは、涎が絶え間なく流れ落ち、汗と混じっては頬に嫌な感触を伝わらせてくる。

「ググッ、くそッ!!」

 それでも抵抗するように俺は精一杯の力を入れた。だが、ある光景が目に入り、一瞬力が緩みかけた。

 それは、俺の右足を喰おうと口を広げる、もう一匹の黒い犬。

「や、やめろッ!!!!」

 叫ぶ、その瞬間。

『くぅーん、わんわん』

「うぶっえ……」

 突然、小さな舌で顔中を舐められた。足には微かにな圧、それは犬がじゃれる時に見せる甘噛みの強さ。

 一瞬何が起きたのかは分からない。ただ、先程まで俺を噛みつこうとした犬が、突然主人にじゃれる様に懐いて来たのだ。

 それにその見た目も変わっていた。

 先ほどのが俺を必死に喰らおうと襲ってきた犬は、黒のドーベルマンのような鋭くそして夜も暗い姿をしていたのに、今、俺の顔と足でじゃれ合っているのは、白のマルチーズだった。

 甘えるように尻尾を振り、幼く鳴く白の犬。

 俺は体をゆっくり起し、辺りを見渡した。すぐ近くの十字路に一人の男性が居た。

 左手にはコンビニ袋、そしてもう一つの手には長く伸びるリードを握り、その先には可愛らしい柴犬の姿があった。

 道路で仰向けに倒れ、全身を二匹の犬達が献身的にマッサージをしてくれている、今の俺の姿を不思議そうに見ている。

 目が一瞬だけ合う、表情を変えないまま、顔を戻し、歩き出した。

 一体何が起きたんだ?

 立ち上がり、足下に目を向ける。そこには、小さな舌を出し、尻尾を小刻みに振ってはお座りをする二匹の犬いた。まるで飼い主とペットみたいな状況だ。

 まったく原因が分からず戸惑っていると、突然二匹の犬が体を震わせた。その光景に、俺は目を見開いた。

 震える犬の体が徐々に黒に染まっていく。上から照らす街灯により、より鮮明にその変化を見せ付ける。

 まるで影の様に体を伸ばし、頭部ですら徐々に細長くなる。その姿はすでに、あの可愛らしさのあるマルチーズの存在を掻き消していた。

「な、なにが……なんで……」

 さらに困惑する頭。色々な映像が交差する。

 そんな中、先程あった出来事の中から、ある一つの可能性が思い浮かんだ。

――誰かがいたら変わるのか?

「ちょっ!! す、すみません!!」

 すがり付く様に、男性が消えた方へと足を進めた。しかし、そこにはすでに誰も居らず、街灯に照らされたレンガの道と、それを挟む木々しか見えない。

「そ、そんな……」

 絶望の中、

「――ひっ!!」

聞こえてくる、あの不規則な咆哮。

「いやだぁああー!!!」

 主人と飼い犬から再び始まる、獲物と狩人。犬が走り出す前に、俺は全力で飛ばした。

 誰か人を! どこかに人は!?

 頭の中がその考え一色で染まる。それが唯一の救い、俺は求め走った。

 だが、そう簡単には現れてはくれない。

 代わりに目に飛び込んできたのは、噴水。それは公園内の東側にあり、ちょうど一週してきたことになる。

 噴水は時間により、様々な形を水しぶきで作る。しかし、それは朝や昼だけの時であり、その時間ではない今は、ただライトに照らされた大きいだけの、水を溜めている石造オブジェだった。

 あれを迂回して進めば、その先に出口が……。

「はぁ、はがぐっ!!」

 背中に来る衝撃。何かが後ろに飛びついた。

 圧し掛かる場所に痛みが襲う。しかし、それを感じた瞬間、押された勢いで、そのまま水の中へと体が突っ込んだ。

「はぶっあ! あぷっ! く、来るな! 来るな!!」

 水で溺れかける体を起し、すぐに背中に乗る犬を引き剥がすため暴れた。鳴き声と水を激しく叩きつける音が交差する。

 しばらくし、

「くそっ! くそぉぉっ!! ……えっ?」

ふと気付く。そこにあの犬は居なかった。

 波立つ水、聞こえる鳴き声。辺りを見渡すが、背中に飛び乗ってきたであろうもう一匹の姿は無い。

 どこへ行ったのか? その疑問の答えを探す前に、すでに回答は目の前に現れていた。

 唖然とし、尻餅を付く俺の足の間にゆらゆらと一枚の紙が漂っていた。それは長方形の白い紙、所々が水に浸食され破れ、黒の文字が滲んでいる。

 迷わずそれを掬い上げて見る。頭の中に浮かび上がる映像。それは、あの男がポケットからこの紙を取り出し、何かを書いていた。

「紙……ッ!?」

 瞬時に頭の中で繋がる。俺はすぐさま、噴水の端まで動き、その外で未だ吠えている黒い犬に向かい、水をかけた。

 両手で掬われた水は一つの塊となって犬の上に降り注ぐ。その瞬間、地面に溶けるようにして、喧しく吠えていた犬が姿を消した。

 訪れる静寂。伝わるのは服に染みこんだ水の冷たさと、波立つ度に触れる微かな重み。

「……っくしゅん!」

 ふと出るくしゃみに、俺は鼻をすすった。

「……出よう」

 噴水の端に両手を置き、体を持ち上げる。

 染みこんだ水が一気に服から落ち、水しぶきの音を上げ、重みだけを体に残す。

「――えっ?」

 思わず声が出る。視界に影が入った。

 俺は咄嗟に水の中に体を戻し、隠れるように両手で縁を持った。出した目だけで、覗くように影の元を見る。

 それを認識した時、思わず目と口が開いた。

 言葉が一瞬でなかった。が、その思考はすぐに回転し始める。それはまるでセットされたカセットテープのようにある言葉が自然と呟かれた。

「あ、あ、麻祁……」

 街灯に照らされた銀髪、麻祁が俺を見下ろしていた。

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