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第三章:戻せない時間
「はぁ、はぁ、はぁ――!」
男が走る。
「はぁ、はぁ、く、くそっ!!」
振り返り、顔を戻す度に悪態をつくも、ただひたすらに走り続ける。
「くそっ! くそっ! はぁ、はぁ――」
草原、丘、レンガ。色々な音を慌しく踏み鳴らし、休むことなく走り続ける。
「はぁ、はぁ、くッ!!」
腰まである生垣を飛び越え、また飛んでは、闇雲に走り続ける。
街灯、月、明かりに照らされる度、影も走り、そして――止まった。
「……はぁ、はぁ、も、もう嫌だ……」
今にも泣き出しそうな声を出し、目の前にある幹に両手を置く。
首を下に向けたまま、足下だけを見る。
顔を伝い流れ落ちる汗が、暗闇へと吸い込まれていく。
「はぁ、はぁ……ッ!!」
後ろから獣の鳴き声が聞こえた。
男が咄嗟に振り返るも、映るものは全て闇だけ。
聞こえてくる二匹の鳴き声は、不規則に吠え、その存在感の強さを徐々に増していく。
「なんで……なんで……俺なんだぁああー!!!」
それに負けじと男も叫び、前へ走った。
月明かりにより暗闇の中で、半袖のシャツが一瞬だけ浮かびあがった。