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Luxlunae  作者: 夏日和
第二章
16/120

六節:蜘蛛の糸

 懐中電灯の明かりを頼りに、銃を構え、麻祁が撃つ。

 破裂音と共に放たれた弾丸は、中央で糸を張る蜘蛛を貫き、その体にいくつもの穴をあけた。

 銃のスライド部分が下がり、弾切れを知らせる。

 その合図に麻祁は小さな舌打ちを返し、引き金の側にあるボタン押した後、ポーチの中から新たな弾倉を取り出した。

 銃底から弾倉が抜け、足元から鉄を叩く軽い音が響く。

 新しい弾倉に入れ替え、今度は銃の側面にあるスイッチを親指で押した。

 自然とスライドが下ろされ、再び撃てる状態へと戻る。

「うおおおおおー!!! くんじゃねー!! こっちにくんじゃねえーよ!!!!」

 上から聞こえてくる龍麻の叫び声。

「元気じゃないか」

 麻祁が鉄柵から身を乗り出し、上へと向かい光を当てた。だが、その先はまだ深く、光は通らない。

「……まだ上か」

 麻祁は懐中電灯をポーチに入れ、上を目指すため梯子を昇ろうと振り返――、

「――ッ!」

瞬間、背中に向かい蜘蛛が飛び掛ってきた。

 思わぬ衝撃に、腕と胸が鉄柵へと叩きつけられ、体が揺れた。

 毛の生えた長い脚が体に絡み付こうと背中で暴れ続ける。

 ガタガタとなる鉄柵を前に、麻祁は抵抗もせず、ただ力の向かうままに体を寄せた。

 蜘蛛が首元に向かい牙を突き立てる――同時、麻祁が鉄柵を両手で突き放すように強く押し、足を弾ませた。

 蜘蛛の体が背に押され、壁に激しくぶつかる。

 一瞬、絡み付いていた脚が緩む、だが全てではない。

 麻祁は何度も後ろへと踏み込み、いまだ張り付く蜘蛛の体を壁へと叩きつけた。鈍く重たい音が幾重にも響く。

 遂に絡み付いていた脚が緩んだ。

 すぐさま肩に掛かる脚を両手で掴み、背を曲げると同時にそのまま足元へと叩きつけた。

 鉄の鈍い音に合わせ、蜘蛛の脚が数本吹き飛ぶ。

 次に左手を離し、脚を掴んだままの右手を大きく振り払った。

 べしゃと潰れたような音と共に体液が壁に散り、蜘蛛はその形を崩した。

 足元で動かなくなった蜘蛛に見向きもせず、麻祁はすぐ近くにある梯子へと足をかけ、登り始めた。

――――――――――――――――

「ああー! もう、くんじゃねー!! 向こういけって!!」

 何度大声で叫ぶも、目の前の少女は退かない。

 右、左、右、左……。左右の手を交互に動かし、徐々に龍麻との距離を詰めていく。

 口元からは今だに小蜘蛛が溢れ続けていた。頬を伝いどこかへ行くモノ、下へと落ち消えるモノ、今か今かとその口を待ちわびるモノ――それぞれが蠢く。

「ああ……もうダメだ……」

 龍麻が諦め、頭を下げた――その時だった。

「ウッ!?」

 突然、強烈な光が目を覆った。同時に聞き覚えのある発砲音が数回響いた。

 龍麻が急ぎ顔を動かし、自分の手足などを確認する。しかし、何にも変化が無い。

 次に少女へと視線を向けた。

 変わらず腕を伸ばし、距離を詰める。――その体から雫が落ちていた。

 光に照らされた洋服の所々には赤いシミが浮かんでいる。だが、止まる気配などない。

「ど、どうなってるんだ効いてないぞ!!」

「なら……」

 麻祁が銃を下ろし、その場でしゃがみこんだ。

 背中のザックを前へと移動させ、中を探り始める。

「何してんだよ! もっと撃てって!! ぐッ!?」

 少女の手が龍麻の口に被さった。

 無理矢理首を上げられ、視線がある場所へと向けられる。――目の前に蠢く口腔が迫ってきた。 

「んー!!! んんー!!」

 龍麻は必死に口を閉じ、首を振ろうとした。しかし、少女の力は強く、思うように動かせない。

 うるむ瞳と濁った瞳が合わさり、無数の小蜘蛛が頬を掴む手を通し、口へと這い進んでくる。

「つぶれッ!!」

 聞こえる麻祁の声。

「――ッ!?」

 龍麻が目を瞑った。

 その瞬間、暗闇が一瞬だけ明るくなった。

 少女が怯み、目元を右腕で覆う。

 それを確認するや否や、手にしていた銃を麻祁が軽く下へと振った。

 カチャと言う音と共に、中心辺りで銃が折れる。

 横へとすばやく動かし、中に残ってた薬莢を捨てると、今度はポーチから筒上の弾を取り出し、そこに入れた。

 銃口を軽く上げ、元の型に戻した後、その先を龍麻に向け、引き金をひいた。

 銃声と共にポンっと空気の弾けた音が聞こえ、撃ち出された弾は弧を描くようにして龍麻の腹部へと命中した。

「いッ……!!」

 腹部に感じた痛みにより、龍麻の目が自然と開く。

 すぐさま麻祁は同じような動作で銃から薬莢のみを捨て、再びポーチから弾を取り出し装填した。

 今度は外側に向け引き金をひく。

 痛みの中、龍麻の視線はすぐ正面に来ていたはずのあの少女へと向けられていた。

 そこには、突然の眩しさにより、天井に向かい顔をうずくませる少女がいた。

「助かっ――」

 その瞬間、龍麻にとって予期せぬ事が起きた。

 同じ高さで見ていたはずの少女の姿が、少し上へとズレ動いた。否――龍麻の体が一つ下がった。

「うそうそ……」

 徐々にズレる視界。先程から痛む腹部の辺りに目を向ける。

 龍麻は自身の目を疑った。

 先ほどまでしっかりと絡み付き、絶対に剥がれる事がなかったあの糸が緩んでいた。

 ふとある音に気づく。

 それは静かにしている事で初めて気づいた。まるで糸が引きちぎられていくような音に――。

 龍麻を中心に、その音の強さが増していく。

「ダメ……ダメだって……」

 その異様な雰囲気に、これからなるであろう展開を龍麻は嫌と言うほど感じ取っていた。

 必死に首を振り抗おうとするも、それ以外には何も出来ない。

 刻々とその音は次第に強さを増していき、そしてその瞬間は訪れ――落ちた。

 最後に発した言葉が、糸の千切れる音と重なった。

 麻祁の前を、一人の叫び声が躊躇ためらう事なく通りすぎ、暗闇へと消え去った。

 麻祁はその姿を見送る事もなく、手にしていた銃をザックにしまい、再び取り出した懐中電灯を天井に向けた。

 照らされる明かりに映される少女の姿。うずくまったまま頻りに左手を動かし、天井に青い光りを走らせている。

 麻祁は何も言わず、向けていた懐中電灯をそのまま鉄柵の向こう側に捨て、梯子を降り始めた。

――――――――――――――――――

 縦穴の中心に幾重もの糸が張り巡らされていた。それは広大であり、鉄柵から見ても、その全体を目にすることはできない。

 その糸の中心、そこには数匹の蜘蛛、そして一人の人間が張り付いていた。

 不格好な姿で寝転ぶ蜘蛛に埋もれ、体中に白い糸を絡ませたまま動かない。

 上から降る一筋の明かり。

「……ウグッ……」

 腹に落ち、鈍い声を出させる。

「……うう……?」

 衝撃で起こされたのか、龍麻はゆっくりと目を開き、体を起こした。

「ここは……」

 寝ぼけ眼で辺りをキョロキョロと見渡す。

 しかし、未だ意識がハッキリとしてないのか、龍麻は目の前に落ちている懐中電灯を見つめたまま、動かずにいた。

 虚ろな目でいくら見続けても、糸を照す明かりは何も答えない。

「……おい、何をしている?」

 突然聞こえてくる女の声。龍麻は気の抜けた返事をし、振り向いた。

 鉄柵の向こう側にある白熱電球の下、そこに麻祁の姿があった。

「あれ? あさ……ぎ……?」

「ああ、そうだよ。それより早くこっちへ来い。落ちるぞ」

「落ちる……? はっ!?」

 その言葉と同時、体が一瞬だけ下がった。

 足元から聞こえる糸を千切るような音――。

 龍麻はもがく様にして鉄柵まで這い進み、そして手を伸ばした。

 肌と鉄の合わさる音が耳へと届く前に、龍麻がすがり付くように這い上がった。

 その瞬間、先程いた場所の糸が切れ、懐中電灯と共に蜘蛛の死体も下へと落ちていった。

「はぁ、はぁ、はぁ……ど、どうなってんだよ……これ……」

 息の切れる体を鉄柵へともたれさせ、その場に腰を下ろした。

「溶解液だよ」

「ようかいえき?」

「蜘蛛の糸を溶かすものだ。さっき上でお前にぶちまけただろ? その液体のおかげで、お前はあそこから抜け出せたし、糸の上も歩けた。まだ効果が残っていて助かったな」

「そんなもの……どうやって……?」

「用意してあるからあるんだよ。これ以上説明してもどうせ分からないだろ? 準備もせずにこんな場所に来る奴なんて頭が……立て」

「えっ?」

 麻祁に言われるがまま龍麻が腰を上げた。

 だらしなく縒れる半袖の制服を麻祁がジッと見る。それに合わせ龍麻もそこに目を向ける。一匹の小蜘蛛が動いていた。

「目と口を閉じろ。絶対に息をするな」

 麻祁がポーチを開け、中から白く小さな筒状の物を取り出した。

 言われるがまま目を閉じる龍麻に向かい、それを構える。

 蓋の辺りにあるボタンを人差し指で押す。――瞬間、何かの液体が霧状に噴出された。

 胴から足、そして背中へと、体の隅々までそれ撒き散らした後、龍麻の前に戻った。

 足元へと目を向ける。そこには服から落ちた小蜘蛛数匹が落ちていた。

 軽く足で払った後、麻祁が口を開く。

「もういいぞ」

「……何をしたんだ?」

「殺虫剤だよ。浴びる?」

 麻祁が首を傾げ、噴出口を顔に向ける。それに対し龍麻はすぐまさ首を振り答えた。

「や、やめろよ! そんなもの!!」

「そうか。まあ、必要なときはいつでも言えよ。口の中に直接入れて、その体内に潜む害虫を吹き飛ばしてやる」

 冗談かそれとも本気なのか、どちらとも取れるような声量で麻祁がそう言った後、殺虫剤をポーチへと戻した。

「体で痛む場所はないか?」

「痛む場所……どこも痛くはないけど……」

「後ろに向いて首を見せてみろ」

 その言葉に、龍麻は素直に従った。

 振り返り、麻祁の目線に首の裏を合わせる。

 何も言わず、麻祁がそっと親指で首の裏をさする。そこには二箇所、小さな傷口が出来ていた。血は固まり、かさぶたの様になっている。

「本当に痛みはないんだな?」

「痛み? 痛みはないけど……何かなってるのか?」

「いや、何にもなってはいない。私が渡した血清はどこに?」

「血清……あの変な液体のやつなら首に刺したかな……? 覚えてないけど……」

「そう、ならいい」

 突然興味が無くなった様に、麻祁が別の方へと体を向けた。

「さあ、下にいくぞ」

「した……?」

「したは下。いつまでも寝ぼけていたら、また連れ去られるぞ。それに……、いつになったら、その口で垂れているものを拭くんだ?」

 麻祁の言葉に、龍麻が口に手を当てた。液体が親指に付く。

 急ぎそれを拭った後を、視線を麻祁へと戻した。

 しかし、その場所にはすでに誰も居なかった。

 ただ鉄を踏みしめる音だけが、辺りに響く。一人取り残された龍麻は慌ててその後を追った。

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