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Luxlunae  作者: 夏日和
第二章
15/120

五節:あらくのふぉびあ

 オレンジ色の灯りが照らす一つの小屋。その鉄のドアが少し開き、麻祁が目を覗かせた。

 辺りを窺うようにしばらく視線を動かした後、顔を出す。――前に一匹の蜘蛛が居た。

 ふっくらと膨らむ黄色の腹部。全体の大きさは人ぐらいあり、出糸突起しゅっしとっきと呼ばれる腹部の突起部からは白い糸が飛び出していた。

 蜘蛛は細い脚で器用にそれを掴み、ぐるぐると何かに巻き付けている。

 その光景を、麻祁はただジッと見続けていた。

 しばらくし、一つの繭が作られる。

 蜘蛛はその繭を引きずり、別の場所へと移動を始めた。

 ゆらゆらと体を揺らし、坑道の奥へと姿を潜らせる。その後を続くように、繭もずるずると闇の中へと消えた。

 消える僅かの間に見えたモノ、それは眠るような表情でだらしなくヨダレを垂らす龍麻の顔だった。

 蜘蛛が居なくなった後、小屋から麻祁が出てきた。

「……やはり餌がいて正解だったな。さあさあ私を導いてくれよ」

 右手に握っていた銃をスカートの裏に隠していた太もものホルスターに収め、背負っていたザックを地面に下ろす。――中から別の銃を取り出した。

 黒く光るスライドを引き、音を出す。

 辺りを見渡した後、スカートから小型の懐中電灯を取り出し、その後を追った。

――――――――――――――――――

 上から落ちる水滴を気にせず、麻祁はただ歩き続ける。

 壁には広場と同じ青白い糸が張り巡らされ、足を進めるにつれ、その濃さを増していた。

 前に進む度、ネチャネチャと粘着質のものが靴底に絡みついてくる。

「ん?」 

 あるものが目に入り、麻祁が立ち止まった。――目の前に壁が現れた。

 それは何十枚という木の板が、坑道の両端に立てられた支保から伸び、互いに重なり一つになってた。

 組み方に規則性などはなく、釘の打つ場所も疎らであり、雑な作りになっている。

 辺りを軽く見回した後、麻祁の視線がある箇所で止まった。

 中央の下辺り、そこに穴が開いていた。

 人でも這いずれば通れるぐらいの大きさだ。そこだけ木が砕かれ、伸びる糸も乱れている。

 麻祁が壁に近づき手で触れた。

「燃やすか……」

 右のポーチから試験管のようなガラス製の小さな筒を取り出し、数歩離れた後、それを思いっきり壁に向かって投げつけた。

 ガラスの割れる音が響き、液体が木の板を濡らす。

 数秒もせずうちに辺りにオイルのような匂いが立ち籠った。

 麻祁は再び近づき、今度はスカートの中にあったターボライターを取り出し、液体の掛かった木に火を点けた。

 炎激しくが燃え上がり、顔が一瞬赤くなるも、すぐに戻る。

 現れた道に、麻祁はくすぶる炭を蹴散らした後、先へと進んだ。

 しばらくし、ある場所へと出た。

 それは先程居た小屋の空間よりも遥かに広く、穴は天高く上へと伸びていた。

 壁には移動する為に組まれた足場とそれを照す豆電球が沿うようにして一周備え付けられ、その所々には小さな物置のような小屋も立てられていた。

 それら全てに、あの青白い糸が飾り付けされていた。

 下の広場には、採掘用の道具や石などが転がり、その中央には――あの蜘蛛の姿があった。

 麻祁はその存在に気づいた瞬間、歩き出し、銃を構え、撃った。

 風船が割れるような音が何発か続き、撃たれた蜘蛛がこちらに気付き、振り向く。

 体中から体液を撒き散らしながら、おぼつかない足取りで麻祁に向かい鳴き声もなく突っ込んだ。――しかし、

「邪魔」

蹴り出された足が体を直撃し、吹き飛ばされた。

 まるで空気の抜けたサッカーボールのような音を上げ、続けて地面に身体を擦らせる。

 僅かに上がる砂煙の中、そこには仰向けになった蜘蛛の姿があった。数本足りなくなった脚をバタつかせ、次第に動きが遅くなり、そして――止まる。

 全ての脚を閉じ、その場で動かなくなった姿に麻祁は気にも留めず、辺りを見渡した。

「さあ、どこだ……? そろそろ効くはずだが……上か」

 近くにある梯子を見つけた麻祁は次の足場を目指す為、それに足をかける。

 静寂の中、鉄を踏む冷たい音が響いた。

――――――――――――――――――

「………うぅ……うう……」

 体中に寒気がする……。体が自然と震え、とても冷たい。

 意識がぼんやりする中、俺はゆっくりと目を開けた。

 暗い視界、徐々に濁った景色が映りだされる。

「……ここは……」

 悩む間などなく、勝手に視界と意識が晴れてくる。

――改めて目に映ったもの、それは暗闇だった。

 無意識に右手を動かそうと力が入る。――だが、思うように動かない。

 次に意識を左手、そして両足にも移し、力を入れた。……右手と同じく、ただ重たいだけで動かすことが出来なかった。

 まるで接着剤か何かで固定されているような感覚だ。

 首を下に向け、体を確認する。

「な、なんだよこれは……」

 俺は目を疑った。

 そこに映ったもの、それは白い糸に包まれ、繭のようになった自分の姿だった。

 再び右手に力を入れてみるも、ただ気持ちと力が入るばかりで、やはり解けそうにない。

「どうなってんだよこれ! クソッ!! ほどけってクソ!! って、まさか……」

 自分の置かれている状況、そして場所、それに気づいた時、一瞬で血の気が引いた。

 前に広がる闇をよくよく見ると、その所々に小さな明かりが灯っているのがわかった。

 明かりは近くの物を照らす。それはいくつもの支保に、そして網状の足場を――。

 もしかして……張り付けにされている?

 急ぎ自身の周りに目を向ける。そこは青白い糸が張り巡らされている場所だった。

 まるでベッドのように敷き詰められたその場所には、俺以外にもいくつかの繭があり、中には干物を吊るすように、ブラブラと宙に揺れる繭もあった。

「天井!? 張り付け!?」

 ふと蘇る記憶。俺はあの時、誰かに後ろから襲われ、そして首を刺された。その瞬間に見えた何か昆虫のような脚、先が尖り、いくつもの小さな毛が生えていた。

「クモ……くッ! 馬鹿デカいカマキリに続いて今度はクモかよ!! どうなってんだよこれ!!」

 大声を上げ叫ぶも、誰の答えも返って来ず、ただ自分の声だけが響く。

「このままどうしろってんだよ!」

 今すぐここから逃げ出したい気持ちが一気に高まった。

 しかし、白い糸が絡み付くせいで、体どころか手足さえも自由が効かず、さらに、もしこの繭を解いたとしても、そのまま真下へと落ちるため、どうこう足掻いても助かる保証など何処にもなかった。

「麻祁……あの女が、あの女のせいで俺は…………お、おんな……?」

 一人もがく中、ふと奇妙なものが入り込んだ。

 顔を正面に向けた時、微かに動く影が見えた。

 上目遣いで視線を細めて見ると、そこに――少女の顔があった。

 長い髪に色白の肌。それはまだ小学生ぐらいの小さな子だった。その子は俺とは違い、天井の方へと、うつ伏せの状態で張り付けにされていた。

 幼いそのつぶらな瞳で俺を見ている。

 その様子に俺は声をかけた。

「もしかして君も……?」

 少女が瞬きを一回する。しかし、その後は何も言わず、ただじっと視線を向けてくるだけだった。

「すぐにここから抜け出さないと……って、俺も捕まってる状態か、ああ!! どうすればいいんだ!」

 悩めば悩むだけ、改めて自身の不甲斐なさを感じさせられることになった。

 どれだけその子を助けようと思ってみても、同じ状態であるかぎり、ただ気持ちだけが空回りしているだけでしかなかった。

 それでも……、それでも何とかして助けたいという気持ちはまだ強く残っていた。

 今、目の前にいるのはまだ中学生になっていない子なんだ。こんな場所、俺でも怖いのに……今感じてるその恐怖は、それ以上のものであり、きっと計り知れないと思う。

 俺はせめて気持ちだけでも落ち着かせようと、声をかけた。

「だ、大丈夫だから、安心して。今は動けないけど、何とかしてそこから助け……て……」

 途中、思わず口が止まった。

 少女の顔がやけに鮮明に見えたのだ。それは勘違いや気のせいなんかじゃない。薄暗いオレンジの僅かの明かりでも、先程とは違いハッキリと見えていた。

「君、ま、まさか動けるなんてこと……何ッ!?」

 ぬっと伸ばされる右手。それは俺の前まで伸び、そして今度は左手が伸びてきた。

――少女がこちらに向かい這ってきた。

 その速度は遅く、まるで俺の動きを窺うように、少しずつ、少しずつ距離を詰めてくる。

 次第に少女の顔が鮮明に見えてくる。そこに感情というものはなかった。ただ一点だけ捉え、決して逸らさない。

 そしてついに――俺の前に来た。

 目と目が交じあう。

 色白でありながら頬の所々が土に汚れ、まるで人形のようなその幼い顔が間近に迫っていた。

「な、何なんだ……一体なにがした――」

 言葉を失い、目が自然と見開く。

 少女が口を開けた。小さく可愛らしいその口を俺の前で大きく――。

 中で何かが蠢いていた。それぞれに意思があり、縦横無尽に動き続ける。

 それを認識した時、体が震え出した。それは――小さな蜘蛛だった。

 開かれたことにより、口元から溢れでた小蜘蛛が滝のように下へ落ちていった。

 少女の顔に小蜘蛛が這う。口を開けたまま、俺の顔へと手を伸ばしてきた。

 心の底から俺は大声で叫んだ。

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