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Luxlunae  作者: 夏日和
第二章
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四節:暗い坑道

 麻祁が前を歩き、その後ろを俺がついていく。

 目の前でちらつく、その後姿は奇妙なものだった。

 背中に……リュックが背負われていた。黒色でたくさんのポケットが付き、歩くたびにその巨体をゆさゆさと揺らしていた。

 腰にはウェストポーチのようなものが二つ。

 ……登山? 一見すれば、そうだと想像させられる。

 しかし、今から行く場所はあの奥にある鉄格子の閉まった暗闇の中だ。山に登るわけではない。それならば探検か何かなのだろうか?

「……今からどこへ?」

 気になり俺は問いかけた。

「…………」

 しかし、反応はなく、リュックだけが揺れていた。

「そ、そのリュックの中には何が?」

「道具」

 一言返ってくるも、それ以外の言葉はなく、リュックが揺れるだけだった。

「そのポーチの中は?」

「弾薬」

 リュックの揺れが止まり、顔をこちらに覗かせる。

「お前を撃つためのな」

「えっ……」

 俺の足も思わず止まった。

「そのまま後ろに走って逃げられる場合があるからな、すぐに足を撃つ。前回のはゴム弾と血のりだったから思い込みで終わったが、今回は本当だから非常に痛い。高速で放たれた弾丸は足を貫いて、血を吹かす。熱と痛みに耐え切れずその場に崩れるだろう。苦しみの中這いずり回り、徐々に失われる血液の冷たさを感じつつ意識が薄れていくのさ」

 再びリュックが揺れだす。

「まあ、ここから人が居る場所までは数十キロの距離だから、体を引きずって道路に出て、しばらくすれば車に出会えるかもしれないさ。――運が良ければ、だがな」

 麻祁が銃を握ってる右手を軽く振った。

 確かに、後ろに走れば逃げれる……。

 だが、先程の説明のおかげで、今では俺の足、意思はその行動の選択を頑なに拒む事を始めた。

 ……聞くべきではなかったのか、それとも聞いて良かったのか。

 複雑な心境を新たに得たまま、俺は何も言えず、ただ麻祁の後ろを付いて行くしかなかった。

 鉄格子まで来ると、麻祁がそれを手をかける。しかし、鍵が掛かっているらしく、音を出すだけで開かない。

「……南京か。面倒だな」

 ポーチから何かを取り出す。

 それは分厚いペンチのようなものだった。

 麻祁はペンチで南京錠を切り落とす。その光景に俺は違和感を覚えた。何故銃を使わないのだろう?

「撃たないのか?」

「撃つ? この分厚い鍵をか? いったい何発撃ち込めば開くんだ? 映画の見すぎ」

 ペンチをポーチに戻すと、今度は小型の懐中電灯を取り出した。

 明かりを点け、鉄格子を引く。

 錆びた鉄のような音、先に広がる闇の先を明かりが照らす。

「……あまり壁に触れるな。いいな?」

「えっ、何かあるのか?」

 俺の言葉に麻祁が顔を向ける。まるで睨むような視線だ。

「触ってもいいが、どうなってもしらんぞ。後、騒ぐなよ」

 その言葉の後、麻祁が洞窟の中へ入って行く。

 恐る恐る俺もその背中を追った。

―――――――――――――――

 どれぐらいの時間が経ったのだろうか……。洞窟に入ってから、今も俺達は歩き続けていた。

 先ほどから目に入ってくるのは同じ暗闇だけであり、それ以外の感触と言えば、ひんやりとした肌寒さと、僅かな土の匂いだけで後は何もなかった。

 聞こえてくる音といえば、地面の踏みつける靴音のみ。――心細い。

 だが、その寂しさも消してくれるモノが俺の前に二つあった。

 一つは、目を前を照らす明かり、そしてもう一つが、麻祁の服を摘んだこの指の感触。この二つが今の不安を落ち着かせてくれている。

 ……もしこの両方が消えた瞬間――俺は泣き出すかもしれない。

 お化け屋敷では到底味わう事の出来ない異様な恐怖。俺は内心震えながらも、何とか足を進めていた。

 正直、早く帰りたい……。

 無言のまま歩き続け、そして、麻祁が立ち止まった。

「ついたぞ」

 麻祁がそう言って、明かりを正面に差す。

「ど、どこに!?」

 懐中電灯で照らしたもの、それはただのプレハブ小屋だった。

 麻祁は何も言わず、中へと入っていく。掴んでいた指から服が離れる。

「えっ、ちょっと待って!」

 消え行く光、徐々に包み込む闇が背中に冷たさを走らせた。

 俺はすかさず光の後を追う。中には大きな緑色の箱がいくつか置いてあった。

 麻祁は一瞬だけそれを照らすと、すぐに壁に向かって光を移す。今度は配電盤のようなものが現れた。蓋は開かれ、幾つものスイッチが見える。

「…………」

 麻祁は何も言わず、配電盤に光を当てた後、今度は緑の箱の裏側に回った。

「うっ……」

 俺は思わず目を瞑った。突然強烈な光が刺し込んで来た。

 目を少しだけ押さえ、徐々に開けていく。先に映りだされたのは、少しオレンジ色に見えるあの緑の箱だった。

 改めて辺りを見回し、そして俺は驚かされた。

――青白い糸。その光景はまるでテレビや映画で見るような、よくある廃墟などの表現するためにつけられたような感じだった。

 壁にある配電盤を始め、部屋の隅という隅にまでその糸が絡み付いていた。中央では、緑の機械がゴーゴーと大きな音だけを響かせている。

「何だよこの部屋は……」

「見ての通りの配電室だ」

「……いや、この壁に付いている糸……」

「ああ、それには触れるな余計なものが来る。っというより、何を今更驚いているんだ? ここに来るまでに嫌というほど見てきただろ?」

 麻祁の言葉に思わず言葉が漏れ、急ぎ外に出た。目に映った光景、それはさらに異様なものだった。

 大きく広がる洞窟内。天井は高く、いくつもの光が灯り、周りにある機材などを冷たく照らしていた。

 その全ての存在を覆い隠すかのように、青白く光る糸が何重にも壁や機材、電球にも絡みついていた。

 糸は光を浴び、あらゆる角度から輝きを見せる。

「どうなってんだよこれ……」

「クモの糸だよ。あっちこっちに張り付いてる。はい、これ持って」

 横から現れた麻祁が突然何かを渡してきた。

 俺は思わずそれを手にとる。

 なにやら黄色の液体のようだ。小さな筒状の物に入れられている。

「え? なにこれ?」

「血清だ。いいか、刺されたら自分に刺せ。常にそいつを握り締めていろ。もし神経をやられて放してしまえばそれまでだ、いいか? 刺されたらすぐにこうだ、こう」

 そう言いながら麻祁が右手で拳を作り、それを伸ばした左の二の腕へと向かい、数回当てた。

 その動作と言葉の意味を、俺は半分も理解できなかった。――コイツは何を言ってるんだ?

 悩み続ける俺の思考をそっちのけで、麻祁は喋り続けていた。

「……の後、すぐに逃げろ。逃げなくても構わないがどうなっても知らん。それじゃ行くぞ」

「……え、行くってどこへ?」

「何? 聞いてなかったのか? まあいい、とにかくその血清を刺されたら腕に刺せ、いいな?」

 手にしてた液体を麻祁が指差した後、右手にある銃を俺に向け――撃った。

「な、なに――がっ!!」

 撃たれた衝撃で俺はその場に崩れた。痛みの走る場所に手を当てすぐに確認する。

 血は出ていない。しかし、まるでハンマーで強く殴られたような痛みだけがそこから広がっていた。

「ゴム弾だ、威力は落としてある。本来なら肉が裂けるが、まあ痣になるかならない程度だろ。しばらくしたら歩けるさ」

 麻祁が右手を軽く振る。

「ッざけんなよ! なにすんだよッ!!」

 その言葉に麻祁が立ち止まった。

「なに? 前回より痛くはないだろ? だいたい説明を聞いてないお前が悪いんだ。撃たなければ逃げられる可能性があるからな。私の策としても支障をきたす。……あ、ごめん。撃つことは説明してなかった」

 謝る、という感情を出さず、ただの言葉としてそれを言った後、麻祁が壁に向かって歩きだした。

 近づくなり左手で無数に張り巡らされた糸に触れる。

 その瞬間、触れた部分が青く光り、そしてそれは伝うようにして他の糸へと走り出した。

「な、なにしてんだよ!?」

「なにって、なぁに?」

 せせら笑いの後、跪く俺の前を麻祁がずかずかと歩き、そのまま発電室の中へと姿を消した。

 小さく聞こえる鉄のドアが閉まる音。その場は一瞬にして静寂に包まれた。

 聞こえてくるのは自身の息だけで、それ以外には誰もいない。

「くそッ、くそッ!! いったいなんなんだよアイツ!! 何がしたいんだッ!!」

 太ももを押さえる手を退け、立ち上がるため力を入れた。しかし、いまだそこから広がる痛みは治まらず、すぐに跪いた。

 徐々に募る苛立ち、右手に握り締めていた液体が目に入る。俺はそれを投げ捨てようと、右手を大きく後ろに振った。

「クソッ――が……」

 だが、ある光景が目に入り、自然とその動きを止めた。

 目の前の壁、無数に張り巡らされた糸が先程よりも全体で青く灯り、脈打つように穴の奥へと光が走っていた。それはまるで何かを伝えるように――。

 ふと蘇る言葉。それはこの場所へと踏み込む時に聞いた、あの女の言葉だった。

『それには触れるな余計なものが来る』

 背中を流れていた汗が一瞬で冷める。

 すぐさま、右腕を戻し、左の二の腕へと筒状の物を押し当てた。

 太鼓のように激しく打ち付ける心臓の音が、耳元でやけに大きく聞こえる。

 辺りを見渡すが、変わった様子はない。自然と呼吸が速さを増す。

 見渡す視界に、ふとあの鉄の扉が目に入った。俺は痛む足を震わせながら、地面に左手を付かせては力を入れ――。

「……いッ!!」

 突然何かに背中を押され、前に倒された。

 激しく背中の上で何かが動き回る感触が、嫌というほど全身に伝わる。

 俺は確認しようと背中に目を向けた。だがそれ以上は首が回らず確認できない。

 ただ目にする、地面に突き刺す毛の生えた細いモノ。それは何かの昆虫の脚だった。

「クソッ!!」

 すぐさま右手に握り締めてた筒状の物を首元に当て、天辺のへこんでいる場所を押した。

「――ッ!?」

 同時に首の後ろに激しい痛みと熱が走った。

 筒状の物を握りしめていた手が自然と開き、視界が徐々にぼやけてくる。

 何かを喋ろうとしても言葉も出ず、なによりかんがえることすらもはやできな……。

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