特急配車オージェイカー 第十二話「強敵登場!? 負けるなオージェイカー」 Bパート
――六本松交差点。
市内でも有数の交通事故多発地帯である六差路交差点、昼の日中、その中央にいかなる理由か一人の人物が立っていた。
ただでさえ混雑する道だ、当然にあっという間に渋滞が生まれあたりには剣呑な雰囲気が漂う。
「バカヤローっ! とっととどけー!」
プァー!
ドライバーの中には車の窓から顔を出し叫ぶものもいた。
しかしボロボロのフロックコートに山高帽の人物は怒声とクラクションの雨にひるむこともなく悠然と自身を囲む車を見回し、芝居がかった仕草で両手を広げた。
「我々は、『行動する環境保護主義者の会』である。今日は諸君らに聞いていただきたい話があってここに来た」
静かな声でそう宣言する。
だがもちろん、周囲の人間が耳を貸すわけもなく。
「××××××!」
「ヨソでやれバッキャロー! 端に寄れ端に!」
聞くに堪えない博多弁の罵声が飛び交い、しびれを切らした一台のタクシーが一応は徐行運転で直進を始める。
それを冷たい目で見つめた山高帽は、天を見上げると独り言のように静かにつぶやいた。
「よろしい。ならば言葉以外で語るとしよう――」
パチン、と男が指を鳴らす。
直後、隆起した地面がアスファルトを下から砕き、亀裂が山高帽を中心に広がりはじめた。
「うぉぉッ!?」
急発進でそこから逃れようとしたタクシーが、盛り上がる地面に押しあげられて横転する。
「いでよ、S3スクトゥヌ!!」
それを見やることもなく男が叫ぶと、その足元から巨大な何かがいよいよ地面を割って姿を現した。
「うわぁぁぁ――ッ」
「キャーッ」
悲鳴があがり、じりじりとタクシーは傾いた地面をずり落ちていく。
入れ替わるように地下から姿を現したのは巨大なロボットだった。
全高は十メートル強。
直立二足歩行の、しかし肉食恐竜のような大きな頭部と分厚いあんこ型の体型、長大な尻尾が人型よりは怪獣型という形容が似合う姿をしている。
その怪獣型ロボットの頭部に立ち、いまや車両用の信号機に倍するほどの高さから男が笑った。
「悔い改めるがいい、思いあがった愚かなホモサピエンスども――これが大地の裁きである」
『待てぇいっ!』
そこへ機械的な音声が割って入った。
「――何者だ!?」
山高帽が声の主を探す中、フィィィィンと低いモーターの駆動音が混乱の中を切り裂いて鳴り響く。
「そこか!」
見れば鳥飼方面に向かう道を逆走する形で一台の黒いミニバンタクシーが駆けていた。
車体の横に「Ober Taxi」の白文字が書かれたその車は激しいパッシングを行うと、交差点に進入する直前で何かに乗り上げたように大きく跳ねた。
『フォーム、チェェンジッ!』
そうして着地すると前方に上部をさらすほどに大きくつんのめり――その最中に車体が割れた。
上部表示灯の手前で横へ分割するように線が走り、フロント部分の上半分が前へ倒れたあとさらに左右に分かれて脚部を作る。
上体を作るリア部は百八十度ヒネリを加えたあと、車体下側から同様に分割されて肩と両腕部が飛び出すように生まれ、前腕の開口部からは無骨な手が生える。
ガシィン! ピシャァン! ギュウィン! と派手な光と音をまき散らしながら変形は進み、最後にバックドアが開いてロボットの顔が飛び出した。
『とうッ!』
機械の脚が地面を蹴って、人型ロボットとなった車が宙へと舞う。
「貴様……!」
『問答無用! ドロップ、キィィーーック!!』
エフェクトのかかった叫びのとおりに、黒い巨人と化したタクシーは美しいドロップキックをS3に突き刺した。
どぉんという衝突音があがり、巨体がたたらを踏む。
「オージェイカー!」
「OJだ! 来てくれたんだ!」
避難のためにスクールバスから降りた子供たちが歓声を上げる。
それを背に、巨人が見得を切る。
『特急配車オージェイカー! 渋滞乗り越えただいま参上!』
人のそれを模した二つのカメラアイがキュピーンと赤い透過光を放った。
『平和を乱す悪党め、この私が相手だ!』
言ってロボット――オージェイカーは人々を守るように、腰を落としたファイティングポーズを取ってS3に対峙する。
人から見れば巨大といえる彼だがロボット形態の全高は約八メートル、S3とは明らかなサイズ差があった。
『さぁみんな、今のうちに離れて!』
しかし周囲に呼びかける声は揺るがぬ自信と落ち着きにあふれている。
それは紛れもないヒーローの姿だった。
「うんっ!」
「OJがんばえー!」
「頑張れぇ、オージェイカー!」
子供のみならず野太い大人の声援が飛ぶのも当然のことだろう。
「現れたな、オージェイカー! 今日こそ貴様の最期よ!」
『やれるものなら、やってみるがいい!』
「ぬかしおって……! いけ、S3!」
山高帽がそう叫び機体の中に飛び込むと、巨体に似合わない俊敏さでS3がとびかかった。
それを真っ向からオージェイカーが受け止め、ガシィン! と二体の巨人がぶつかり合う。
手四つの姿勢で組み合えば、徐々に小柄な方が力負けしていく。
『くらえッ! エルボー、スマァーッシュ!』
しかしその状況からオージェイカーは組んだ手を引きこんで相手の体勢を崩すと、折り曲げた肘を突き上げるように巨大な顎に叩きこんだ。
『ぐあぁっ!』
S3の巨体がぐらりと揺れる。
好機を逃さず、オージェイカーは身をかがめて怪獣の下へともぐりこんだ。
『うおおおおお――!!』
オージェイカーは声を上げると両肩でS3の巨体を完全に担ぎ上げる。
『馬鹿なっ!?』
『ファイヤーマンズ、キャリィィッ!』
『ぬおおおおっ!?』
そのままデスバレーボムの要領で横へと倒れこみ、怪獣を脳天から地面へたたきつける。
二体のロボットの重みにドォンと大地が揺れた。
『ジャンピング、ニィーッ!』
『うおぉぉぉぉッ!?』
さらによろよろとS3が立ち上がろうとするところへ、オージェイカーは助走をつけた飛び膝を叩きこむ。
複数台が絡んだ交通事故のような鈍い衝突音が響き渡った。
「いけーっ! オージェイカー!」
猛攻に人々が湧きたつ。
しかし。
『――ククク、この程度か? オージェイカー』
『なにっ!?』
『貴様のデータはすでに分析済みよ。力の差をみせてやろう!』
山高帽が不敵に笑うとS3がオージェイカーの脚をつかみ、大人が子供をあしらうように軽々と振り回した。
『うわあああ――ッ!』
放り投げられたオージェイカーは交差点に面したビルに背中から衝突し、建物を半壊させる。
『くぅっ……がああ!』
立ち上がろうとしたオージェイカーの胸部をS3が踏みつける。
『くらえいっ、アンカー射出!』
更にその背から飛び出したワイヤー付きのスパイクが、オージェイカーの体に突き刺さった。
『ぐうっ! な、なんだこれは!?』
あわてて振りほどこうとするも金属製のしなやかなワイヤーは、その腕に絡みつくばかりだった。
『しびれさせてやる!』
『ぐあああああ――――っ!?』
そうしてワイヤーを伝って放たれた電撃がオージェイカーの体を駆け巡り、各部で小さな爆発とともに黒煙があがった。
『ふははははははは! どうだ、貴様を倒すために開発されたスタンワイヤーの味は!』
『ぐおおおおっ……! ぐぅっ……!』
そうして電撃が収まったころには、オージェイカーの四肢からは力が抜け、カメラアイからは赤い光が消え失せていた。
『ふははは! オージェイカー破れたり!』
ぐったりと動かないオージェイカーをS3がさらに蹴りつける。
「いやあ――――ッ!」
「ああっ、OJが!」
「オージェイカー!」
ガシンガシンと無慈悲にも繰り返し踏みつけにされるヒーローの姿に人々は悲鳴を上げた。
§
(――なーんやフワフワするなあ。もしかしてワイ、死んだんか……? ※ちな二度目)
うすぼんやりとした白い空間の中で、オージェイカーの中の人はそんな感想を漏らした。
(やっぱりワイなんかには正義の味方は無理だったンゴねえ……)
中の人は元々こことは違う地球で生きていたしがない一般人だった。
それが半年前、交通事故にあったと思った次の瞬間には今の機械生命体の姿へと異世界転生していたのである。
そうしてここ三か月ほどですでに十一体、今回と同じように悪の組織の巨大ロボと戦い、なんとか生き延びてきた。
振り返ればいずれも薄氷を踏むような勝利である。
だから、この結果は半ば覚悟していたことでもあった。
(不甲斐なくて申し訳ないンゴ――でもワイもワイなりに頑張ってきたんや。もうゴールしてもいいんとちゃうか? 今度こそ成仏させてクレメンス)
そんな自己弁護ののちいよいよ意識を手放そうとした瞬間、オージェイカーの聴覚素子に訴えるものがあった。
「――! ――!」
(ん……)
「――! ――J!」
「……OJー! 立って―!」
(声、……?)
「負けないでー!」
「がんばってー!」
「立ってよ、オージェイカーぁ! やだよぉ!」
(あぁ……子供か、子供たちがなんか泣いてるンゴねえ)
そう思った瞬間、今はもう無いはずの心臓がドクンと強く脈打つ。
――オージェイカーの中の人にとって、人生の絶頂は小学校二年生までのわずかな期間だった。
それ以降はずっと頭を押さえつけられるような辛く苦しい日々の記憶しかない。
そして今オージェイカーの名を呼ぶ子供たちの中にも、きっと将来はニートや引きこもり、メンヘラ、あるいはいじめっ子やDQN、いただき女子になってしまう子がいるのだろう。
「オージェイカー! しんじゃやだぁ!!」
けれど、だからこそ今は、子供時代だけは彼らは幸せでなくてはいけない。
それがどれだけ短く儚い夢であろうと世界の美しさを、長い人生を耐えられるだけの「何か」を周囲が与えてあげなくてはいけないのだ。
その思いだけは昔も今も変わらずに深く胸の中に刻まれている。
自分が生きていけた理由、かつて与えられた「それ」だけは。
そう、着ぐるみが人前で頭を取ってはいけないように、サンタのネタバレが厳禁なように、教職が性欲を見せてはいけないように――
ヒーローは負けてはいけないのだ。
子供たちの前では、決して!
『ウオォォ――――ッ!!』
『なにぃっ!?』
その意思が無限のエネルギーとなって機械の四肢に不屈のパワーを注ぎ込む。
カメラアイからあたり一面を染めるほどの赤い光がカッと放たれた。
『たぁぁ――……!!』
『ぐぅっ、こいつ、いったいどこからこんな力が……!?』
胸を踏みつけるS3の足を両腕でつかむと、オージェイカーはそれをぐっと一気に押し返した。
「オージェイカー!!」
わぁっと歓声が上がる。
それだけで冷たい体の中で、熱い魂が燃えているのを確かに感じた。
『ぬおおおッ!?』
そのままS3の脚を持ち上げて巨体をひっくり返すと、オージェイカーは倒壊したビルから身を起こして叫ぶ。
『――みんな、ありがとう! 私は大丈夫だ! 危ないから離れていてくれ!』
※中の人は公私をしっかりとわけられるタイプです。
『おのれくたばりぞこないめ! 今度こそとどめを刺してくれるッ!』
山高帽の叫びと共にS3の背から再びスタンワイヤーが放たれる。
『はぁぁぁッ! ナイフエッジ・チョーップ!』
『なにぃ!?』
しかし今度は、オージェイカーの手刀がたやすくそれを切り払う。
『二度も同じ手が通用すると思うな!』
『おのれぇっ! しかしパワーではこちらが上よッ!』
ガシィンと衝突音を立てて再び二体が手四つで組み合う。
『うおおおお――!』
『おッ、おッ、お!?』
しかし今度は力で勝ったのはオージェイカーの方だった。
組み合った腕を下方へとひねりこみ、そのままへし折らんと力を加える。
それから逃れようとS3がつま先立ちに背伸びした。
『とうッ!』
『ぐあぁぁ――!』
その隙を逃さず、その場で飛び上がったオージェイカーが怪獣の胸にドロップキックを突き刺す。
そして身をひねって、綺麗に着地を決めると近場のビルへと飛び乗ってそこからさらに高く、高く跳んだ。
『ミサァァァイル、キィィィーーーーッック!』
『ぐあぁぁ――ッ!?』
S3の頭より高い位置から降ってきたその蹴りが、S3を福岡市科学館に衝突寸前まで吹き飛ばす。
『うおおお――――!』
『おのれ、おのれオージェイカーぁっ!』
四つん這いの状態からS3がぶぅんと身を振る。
太く長大な尻尾が、鞭のようにしなり横薙ぎに振るわれた。
ぶぉん、という空恐ろしい音は、しかし空を切った音である。
『なにィ!?』
軽く跳躍したオージェイカーは、S3の肩に手を置き逆立ちした姿勢で一撃をかわしたのだ。
そのまま尻尾をまたぐようにしてS3の背に降りると、両腕でがしりと怪獣の腰をクラッチする。
『ぐうっ、放せ! この、放せえッ!』
ガシィンガシンと短く太い腕の肘打ちがオージェイカーの頭部を何度も打つ。
しかしその衝撃にもひるまない。
この手は絶対に離さない――!
『これで終わりだッ!』
『ぬおおぉぉッ!』
腰で自分よりもはるかに重い巨体を一気に引っこ抜いた。
『うおぉぉぉ――――!』
肩上までに完全に持ち上げたS3の巨体を、行き先を意識しながらゆっくりと角度をつけて落とす。
『高角度、バァック、ドロォォーップ!!』
『ぎゃあああ――――ッ!?』
オージェイカー自身の体も、全てを後ろへと放り投げる。
S3の巨体が、それを受け止めたアスファルトの地面が悲鳴を上げる中、ひしゃげた怪獣の口から山高帽の男が飛び出し――
「覚えていろ、オージェイカー! この屈辱、必ず、次こそはぁ――!」
ドカァァァァァン! という直後の大爆発に姿を消した。
「ありがとー、オージェイカー!」
「オージェイカー!」
「キャー! こっち見てー! OJさまー!」
もくもくと立ちのぼる黒煙と、通りに面した割れた窓から散らばったガラス片に、少しやりすぎたと反省しながら、オージェイカーは人々に手を振る。
そうして近づいてくる消防車のサイレンにそろそろ引き上げることを決めた。
周囲はすでに県警による交通規制が行われているが、そっとそれをまたぐ動きをしても警官たちは特に何も言わない。
ただ目があった(とオージェイカーには思える)際に、小さく目礼が返ってくるだけだ。
正義の味方と公権力の間には、友好的無関心という共通認識がここ数か月でしっかりと取られている。
まさか自分たちではどうしようもできない巨大ロボを倒してくれる相手を逮捕するわけにはいかないが、さりとて積極的に諸々のルール違反を容認もできないがための黙認だった。
『ではさらばだ、皆。平和を乱すものがいればいつでも私を呼んでくれ!』
わあ、という今日一番の歓声を背に浴びながら、適当な通りまで歩いた後でオージェイカーはミニバンへと変形すると颯爽と西へと走り出した。
(早く仲間が欲しいンゴねえ……)
彼の内心は、誰も知らない。
彼の期待する日がやって来ないことも。




