第35話 綺麗な世界
ファミレスを出て、雪がしんしんと降る道を三人で歩く。
傘の先で雪を払いながら、私はゆっくりと呼吸を整えた。
寒い。けど、心は温かい。
冷たい空気が肺に満ちるたび、胸の奥がぽっと温かくなる。
糊さんたちの存在が、こんなにも安心を与えてくれるなんて、以前の私には想像もできなかった。
「雪、けっこう積もってるね」
弟の糊さんが笑う。
「うん。でも、大丈夫、滑らないように気をつけてる」
私は下ばかり見ながら歩く自分に、少しだけ照れくさくなる。
雪に覆われた世界は、私たちの三人だけの小さな舞台のようだった。
冷たさが指先に触れる。
ふと手元を見ると、三人の指先がそっと触れ合う。
温もりが、言葉以上に多くを語っていた。あの時の共依存の恐怖も、今では淡く光る思い出に変わっている。
私たちは互いに支え合うことで、壊れるどころか強くなれたんだ。
そう、壊れない。
私たちの愛は。
そう決意を込めても少し不安になってしまう。
「ねえ、このまま、ずっと一緒にいられるのかな」
思わず呟くと、兄の糊さんが優しく肩に手を置く。
「うん、できるだけね。でも、無理に束縛はしない」
弟の糊さんも笑う。
「僕も。君が自分のペースで呼吸できるようにしたい」
二人の優しさが嬉しい。
「でも、時々は意地悪もしていいよ?」
私は軽く小突く。
「もちろん」
「え、俺まで?」
二人が笑って私を見つめる。短い沈黙のあと、三人で顔を見合わせて笑った。
胸に暖かさが広がる。
世界に三人きり、でもその狭さはもう怖くない。
むしろ安心できる居場所だ。
周囲の景色が白く霞んで、私たちの小さな世界だけがはっきりと浮かび上がる。
「今日は……本当にありがとう」
「こちらこそ」
「これからも、よろしくね」
私の声に、二人はそっと重ねた手を強く握る。
ぬくもりが、さらに胸に伝わる。
世界が広がっても、SNSが途切れても、この瞬間だけは永遠に失われない。
雪の中を歩きながら、私たちは言葉少なに、それでも互いの存在を確かめ合う。
吐く息が白く立ち上り、手をつなぐ温もりが指先から胸に伝わる。以前なら、こんな些細な瞬間でも心がざわついていたのに、今は違う。怖さより、安心が勝っていた。
「冬の夜って、静かだね」
弟の糊さんが呟く。
「うん、でも温かいね」
私は微笑み返す。三人でいると、外の寒ささえ優しいものに変わる。
街灯の光が雪に反射して、私たちの影を長く伸ばす。三人の影が交わり、まるで一つの生き物のように揺れるのを見ると、言葉にできない絆を感じる。どんな未来が待っていても、この瞬間の温かさは、決して消えないだろう。
傘の先で雪を払い、互いに笑い合う。胸の奥に小さな光がずっと灯っていることを確かめながら、私は足元の三つの足跡を見つめる。白に包まれた世界に残る、三人だけの物語の証だ。
外の雪はまだ降り続ける。静かに、けれど確かに、私たちは歩き続ける。三人だけのタイムラインが、私たちの世界を形作り、どんな日常の嵐が来ても、この小さな温もりを守ってくれるだろう。
目を閉じれば、雪の冷たさと三人の温もりが交錯する。私の心は、静かに満たされていた。世界に三人きりでも、それでいい。狭くても、この愛のかたちこそが、私にとっての光なのだから。
雪の中に残る足跡が、三つ並んで続いていく。
白に包まれた道は、私たちの恋をそっと刻む。
息が白く立ち上るたび、私たちは互いに確かめ合う。
「ただいま」
「おかえり」
声は重なり、やがて雪に溶けていく。三人の世界が、静かに、でも確かにここに在ることを教えてくれる。
「またね」
「うん、またね」
私たちは笑った。SNSでもリアルでも、どんな距離でも、私たちは繋がっている。そう信じられる喜びを胸に、私は前を向いた。
雪の白に包まれた世界は、何も見えなくなっていくようで、私たちの未来を暗示しているようだった。
「綺麗な世界――」
呟きはタイムラインに載せることなく、雪とともに消えた。
二人と別れても、先程までの三人の呼吸が雪の中でそっと溶け合い、時間がゆっくりと止まったかのような感覚に包まれる。
冷たさの中に、確かな温もりがあること。
重なり合った手のぬくもりが、今もずっと私の胸に残っていること。
どんな日も、どんな距離も、この瞬間の記憶が支えてくれる。
雪がやがて止み、道に光が戻るその日まで、私たちはこの三人だけの世界を、静かに、でも確かに歩き続けるのだろう。




