第33話 喪失
堕ちるなら、三人で堕ちようよ。
そう思っていたのにSNSから糊さんが消えた。
アカウントが消されていた。
「なんで……」
朝、いつものように寝落ち通話していた時までは確かにSNSに存在したのに。
私は慌てて学校へ向かった。
「糊さん!」
勢いよく扉を開けて教室に入ると、糊さんはまだいなかった。
糊さん、どうしたんだろう。
糊さんの机に寄って、そっと撫でる。
「ねぇ、ちょっといい?」
クラスメイトから数ヶ月振りに声を掛けられた。
「なに?」
糊さんのことが不安で、少し突き放すような声になってしまった。
「……ごめん、ちょっと今混乱していて」
「ううん。あのさ、その子、親の事情で転校したらしいよ」
「は?」
「聞いていない?」
「聞いていない!」
なんで!?先生も糊さん達もそんなこと言っていなかった!
なんで私を置いて行くの!?
「なんで、糊さん……」
「それじゃない?」
「それ?」
「なんか、この子のご両親が無理に決めたって話を聞いたけど」
その言葉に、近くにいた子が混ざってくる。
「そうそう。それで、あなたには知らせないようにって緘口令が引かれたもん」
「私のせい?」
私のせいで、糊さん達がどこかへいったの?
SNSをもう一度見る。
私だけのタイムライン。
通話もブロックされている。
ひどい。
私を壊したのは糊さん達なのに。
私から逃げるの?
私はもう糊さん達がいなきゃ呼吸の仕方も忘れたのに。
「糊さん」
「……ねえ、本当に好きだったの?」
クラスメイトに尋ねられる。
「すきだよ。好きじゃなきゃこんなに苦しくない」
「本名も知らないのに?」
その言葉に返答に詰まる。
確かに、私はずっと糊さんと言っていて、本名すら知らない。
でも、それが恋となんの関係があるんだろう?
「糊さんのことが好き。それ以外で必要なことがある?」
私が言うと、質問していた子が感嘆した声で答えた。
「すごいね。恋は盲目だ」
「そうだよ。糊さん達以外見えない」
「いいね、私もそんな恋がしてみたい」
「ちょっと」
私に最初に話し掛けたクラスメイトが止めようとする。
「ごめん。重いよね」
「ううん。私も勘違いしていたかも。噂だけじゃ人のこと判断しちゃだめだね」
「そう?」
「そう」
「ねえ、そろそろ席に戻ろうよ」
腫れ物の私と友人が話をしているのはまずいと感じたクラスメイトが腕を引っ張って席へと戻っていった。
糊さん、糊さんがいない世界がこんなに暗いなんて、知りたくなかったよ。
私の瞳には太陽の光すら届かない。
それからどうしていたかはわからない。
ひたすら糊さんかと思うアカウントを探しては回る日々だった。
ネットストーカーかってぐらい。
それでも糊さんは見つからない。
糊さん。
私を壊して自分達は日常に戻るの?
もしかして、他に好きな女の子でも出来た?
左手の薬指の指輪を見る。
無機質だけれど大切なそれは、私の手には今は重たい。
外したい。
外せない。
何度目かはわからない溜息を吐いて、季節はまた変わっていった。
「寒い」
雪が降るなんて予報、聞いていない。
私はもう糊さん探しを諦めつつあった。
記憶の中の糊さんも、少しずつ輪郭を失っていった。
指輪も外して引き出しの奥。
クラスメイトとはぎこちないながらも前の通りになりつつある。
糊さんがいない日常に慣れてきた。
糊さんがいない日常ってこれでよかったっけ?
毎日部屋で泣いていた私はもういない。
進学のために勉強に打ち込む時期になってきて、糊さんのことだけを考えているわけにはいかない。
勉強のために図書室で参考書と睨めっこして、SNSからも遠ざかった。
私は、元の生活に戻りつつあった。
糊さんは、私の生活から消えていった。




