第24話 あなたは誰?
「バイト、辞めたんだね」
朝、登校すると糊さんから開口一番咎められるように声を掛けられた。
「うん……」
「どうして?」
「どうしてって」
「何か僕が気に触ることした?だとしたらごめんね」
ちっともごめんなんて感情は乗せていない顔ですらすら謝罪の言葉だけは出てくる。
「糊さんのせいじゃないよ」
「本当に?」
その瞳は底が知れない。
本能的に視線を逸らす。
「やっぱり、僕のせいなんだね。何をしたか分からないけど、ごめんね」
「糊さんのせいじゃないよ」
「本当に?」
「本当に!」
嘘だけど!
そのまま自分の席に座る。
糊さんはまだ何か言いたそうだったけれど、私はそれを無視して腕の中に顔を埋めた。
全部から逃げ出したかった。
でも、視線が突き刺さる。
逃げることが出来ない。
でも、考えてみたら糊さんも孤独なんだ。
SNSで繋がっている人もほとんどいない。
リアルの友人もほとんどいない。
糊さんは、ただ誰かに「おはよう」と言われたかったのかもしれない。
でも、私がその誰かになるには、少し遅すぎた。
糊さんのSNSを見る。
少し前に「気になっている子に嫌われたみたいで悲しい」と呟いていた。
思わず糊さんを見る。
糊さんは本を読んでいた。
何を読んでいるんだろう?
久々にリプライした。
「何を読んでいるんですか?」
スマホの通知に気がついてSNSを見た糊さんが驚いて私の方を見る。
本の写真を撮って、スマホを操作しているのを見て、私は来るな〜と思ってスマホを見た。
すぐに糊さんか「SNSで人気だったミステリ」と表紙の写真付きで返信が来た。
「知ってる。気になってた」
「読み終わったら貸すよ」
「本当に!?楽しみ!」
そんな些細なやりとりが懐かしく感じる。
やっぱり糊さんが好きだなぁ。
でも、この糊さんがSNSで繋がっていた私の好きな糊さんか分からない。
あなたは誰なの?
そんな気持ちで私はスマホを握りしめた。
私の心臓が掴まれているみたい。
ぎゅっとして苦しい。
糊さんが、SNSの糊さんでも、リアルの糊さんでも、怖くても、楽しくても、全部纏めて糊さんなんだ。
ちらりと糊さんを見ると、目が合って手を振られた。
思わず振り返す。
糊さんは、私のことどう思っているんだろう?
バイトを辞めると途端に暇だ。
私は帰宅後、スマホ片手に久々に散歩をして写真を撮って行った。
もちろん、身バレしないようにね!
……そう言えば、なんで糊さんは私のアカウントがわかったんだろう?
身バレしそうに無いように、写真も時間を置いて投稿したり、珍しいものは撮らないようにしてきた。
あの屋上の日を思い出す。
糊さんは、私が分かっていてアカウントをバラしてきた。
やっぱりなりすましなの?
糊さん。
本当の糊さんが知りたい。
そう思ったら、糊さんがいるであろう元バイト先のコンビニに走り出していた。
走ってコンビニに着いたけれど、どうすればいいか分からない。
その時、ちょうど外で佇む私に店長が気付いた。
「おー!そんなところにいないで入っておいでよ」
その言葉に恐る恐る入って店内を見回す。
「あいつなら珍しく当日欠勤。何があったか分からないけどさ、若者には若者なりの悩みや青春があるんだよなぁ」
店長がしたり顔で言う。
「糊さんて、店長から見てどうですか?」
「どうって、普通のやつだよ。あぁ、ただ気に入ったものへの執着はすごいかな。あいつしか飲んでいないカフェオレ、他にも種類があるし搬入するのやめようとしたら普段の穏やかさなんてどこいったって感じで猛反対されたな」
執着。
クラスメイトも言っていた。
私も執着されているんだろうか。
「彼がSNSをしているの知っています?」
「知っているけど、今時やっていない若者の方が珍しいだろう」
「……ですね」
「あー、でも、なんか一人のアカウントを熱心に見ているのは何度か見たことあるな。同じアイコンだったし」
背筋がぞわりとした。
「そのアカウントって、どんなアカウントでした?」
「人のスマホの中身なんてそんなに見たらマナー違反だし一瞬見えただけだよ。でも、綺麗な空の写真が写っていたな」
その言葉で、糊さんはアカウントを乗っ取られていなくて、本当の本当に糊さんなんじゃ無いかって一縷の望みを持てた。
でも、今の糊さんが怖いのは事実だ。
好きだけど怖い。
相反する感情が私の中で渦巻く。
なんで、あの優しい糊さんを信じられなくなったんだっけ?
アカウントの乗っ取り?
本当にあるの?
でも、SNSではよくあること。
ぬい活沼さんとミルクティーさんに相談したい。
私が好きになった糊さんは、ちょっとおっちょこちょいで優しくて、何気ない会話が楽しくて……なんだ。
同じ空を見たクラスメイトの彼と同じじゃん。
執着するのは怖いけれど、私は最近、糊さんからの視線が平気になってきた。
何度も見られているからだろう。
そんな時、糊さんが店内に入ってきた。
今日はバイトの日だもんね。
「お疲れ様です……なんでいるの?」
「お疲れ様!いいじゃないか。辞めてもうちのバイトだったんだし」
「お疲れ様です」
ぺこりと会釈をすると、少し困ったように苦笑いされた。
初めて見る表情だ。
これはどんな感情なんだろう?
なんだか、糊さんのことが少しわかった気がする。
好きなもの、好きな人がどう言う感情を持っているのか知りたい。
これは知的好奇心だ。
「糊さん、私……」
「今はバイト中だから、明日の昼休みにでもまた話そうか。屋上でまた二人で空を見てさ」
「うん……」
そう承諾して、私はコンビニを出た。
糊さんは私の後ろ姿をじっと見ている。
私にはわかる。
糊さんは、多分、こういう人。
誤解されやすいけど、知りたいだけなんだよね、糊さん。
翌日の昼休み、糊さんと二人でお昼ご飯を食べる。
「糊さん、ごめんね」
「何が?」
「私、色々誤解していたみたい」
「なにそれ、いいよ。慣れてる」
糊さんがへらりと笑って焼きそばパンを頬張る。
「糊さんって、お昼ご飯いつも焼きそばパンを食べているよね」
「ああ、昔からハマるとそれしか受け付けなくてさ。飽きるとどうでも良くなるんだけど」
その言葉にヒヤリとした。
つまりそれは私のことも飽きたらどうでも良くなるの?
私はあなたの執着に慣れたのに。
あっさりと捨てられるの?
そんなの嫌だ!
「糊さんって、アカウント乗っ取られたことない?」
「ないけど……最近おかしかったのってそのこと?」
「うん……」
私は空を見た。
あの日と同じ空だ。
でも、雲の形が違う。
同じ空を見ているはずなのに、私だけ違う場所にいる気がした。
「乗っ取られたことはないよ。乗っ取ったことはあるけど」




