第10話 夏の海
終業式が終わって夏休みが訪れた。
「さて、何をしよう」
また一駅旅をしようかなって、短くなった前髪を弄って考える。
眉毛より上になった前髪は、リアルの世界を明るく照らす。
髪が短くなった分、心も軽くなった。視界が広がると、世界も鮮やかに見える。
家族にはかなり驚かれた。
私も驚いた。
吃りながらなんとか美容師さんに説明して、出来上がった髪型。
意外と似合っていると自分でも思う。
家族にも彼女にも好評だった。
切られた髪を写真に撮って「髪切った」とだけ呟いたら、意外と反響があった。
自分も切ろうかなって、SNS上の誰かに影響を与えられたのが少し嬉しかった。
糊さんからも「バッサリいったね」ってリプライを貰ったから、私は「ドヤッ」って返した。
ドヤッである。
今までの私なら考えられない。
短くなった髪は心も体も軽くした。
「よし!」
いつもの鞄を持って、財布とスマホよし!
「行ってきます!」
そう告げて家を飛び出した。
行き先は駅!
今日は一駅じゃない。二駅旅だ!
ICカードで改札を通って、そういえば切符って買ったことないかもって思った。
今度、買ってみようかな。
二駅もあっという間に着く。
改札を出ると知らない景色だった。
「暑いなぁ」
夏だもんなぁ。
帽子を被って、日焼け止めも塗ってあるけど絶対焼ける。
「あ!」
駅から海が見える!
嘘!地元駅からじゃ遠いのに!
二駅違うだけでこんなに近くなるの!?
思わず海に向かって走り出す。
道なんか知らないから見える方に向かってがむしゃらに走る。
ようやく着いた海は、私の知っている海だった。
「海だ!」
サーフィンしている人やパラソルで休んでいる人、海の家もある!
その様子をパシャリ!
あ、そうだ。
せっかくだから推しぬいも添えてもう一度パシャリ!
海に近付いて行く。
地上に寄っては戻る小波にスマホを向ける。
空と海と砂浜。
うん。いい構図。
何枚か撮って、もう一枚はぬいと撮った。
何枚か選んでSNSに載せる。
「夏」
そう一言添えて、ぬいの写真も載せると、ぬい活沼さんからリプライが来た。
「ぬいだ!」
「そうです!クラスメイトに交換してもらいました!」
そういえば報告がまだだった!
「ふっふっふ。とうとうぬい沼にハマって来たね?」
「いえ、まだですよ〜」
そう呟き、先日の考察について触れられた。
海を見ながら考察について今度はぬい活沼さんに討論バトルを仕掛けられた!
まあ、仕掛けられたなんて大袈裟なものじゃないけど、ぬい活沼さんはぬい活沼さんの考えがあって面白い。
特に推しのことになると熱くなるのがすごくわかる。
私もこの子のことになると熱くなる。
もう一度海を見る。
海を何枚か撮って、またSNSに載せる。
海って不思議。
同じ構図でも、波によって違う印象を与える。
まるでSNSみたい。
この討論バトルもそう。
同じ作品なのに、見ている人によって考え方が違う。
面白い。
熱くなって来たので鞄に入れていたミルクティーを飲む。
ミルクティーなんて前はどれも同じって思っていたけれど、ペットボトルのミルクティーでもかなり違う。
これはミルクティーさんと知り合わなければ分からないことだった。
SNSにいる人の分だけ人がいて人生がある。
複数のアカウントを持つ人もいるかもだけれど、それはそれ。
楽しみ方、ジャンル分けは人それぞれだもんね。
……糊さんのアカウントはあるんだろうか。
そう考えていたら糊さんも海の写真を載せた。
「海」
一言の呟き。
同じ海だ。
その時、クラスメイトの男子が数名いるのが見えた。
「まさかね」
糊さんがクラスメイトなんて偶然、あるはずがないよね。
あるとしたら物語の中か何か。
私は少し小腹が空いて来たから海の家に行って軽食を食べた。
するとクラスメイトの男子もやって来て、声を掛けられた。
「こんにちは」
「こんにちは」
「髪、切ったんだね」
私は驚いた。
私が髪を切ったことを、髪が長かったことを知る人がいたなんて。
「うん……」
短くなった前髪を弄る。
「似合うと思うよ」
そう言って笑われて、私の体温は一気に暑くなった。
「あ、ありがとう」
吃った。顔が熱くなる。暑さのせいじゃない、心のせいだ。
私を褒めた男子生徒が、他の男子に揶揄われている。
そんなの知ったこっちゃない。
私は、この熱をおさめるためにかき氷を注文した。
これもパシャリ。
SNSに載せて、一口食べる。
う〜ん。冷たい。
このまま私の体を冷やしてくれ!
そう思いながら食べ進めると、頭がキーンとしてきた。
「お前ら、揃いも揃って仲良いな」
後ろから声を掛けられて、どうやら私を褒めてくれた男子生徒もかき氷にやられたらしい。
「キーンってするよね」
「するよなぁ。でも、美味い!」
「分かる」
なんて、軽話も男子と出来るなんて不思議。
こうして男子と話すなんて初めてなのに、初めてじゃないみたい。
まだ、私の夏は始まったばかり。
とろりと溶けてきたかき氷に慌てて食べついてまたキーンとする。
うぅ……。アイスの方がよかったかなぁ。
そんなことを考えながら、短くなった前髪から海を見遣る。
さて、この夏はどんな景色が待っているのだろう。




