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塩辛い  作者: 村街マイク
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まぁ塩辛い

 フードを目深く被り周りを警戒しながら歩いた。変装だとすれば粗末なものだった。すれ違う人の視線を感じるが、足を止めなかった。同情を顔に張り付けて過ぎてゆく人。足を止めた人は好奇心から正面に立ち、声を掛けようとした。しかしモリで邪魔だとあしらわれた。薙ぎ払われたモリが太腿の横を打った。打たれた者は虚勢からか、へらへらと笑いどこかに消えてゆく。そのなか小さな自転車に跨った男の子が朗らかに正面から声をかけた。

 「ねぇ首のところはどうなってるの? 見せてよ」

 トシは首元が見えるようにフード脱いで屈んだ。子供はそれを見て満足したのか自転車を反転さて走り出そうとペダルに力を込めたとき。


 常識的に子供でもお礼の一言はあってもいいだろ? 

 自転車の後輪を押すようにトシは蹴りつけた。男の子はバランスを崩して一つ二つとつんのめった。思い出したようにトシを見上げてから、頭を下げて男の子はペダルをゆっくりと漕ぎ出した。そして加速する。サドルから尻を浮かせて左右に振りながら全力で逃げるように。捕食されそうな稚魚みたいだった。

 男の子の背を見送っていると背後に誰かの気配があった。

 「あんたも進化組だね」

 「兄貴、こいつは少し違いませんか?」

 背の高い男と低い男の二人組がいた。


 こいつらは同じ青物のサバとカタクチイワシじゃないか!


 二人はパーカーで顔を半分隠すようなこともぜずに、堂々とクールネックのスエットから顔を剥き出していた。

 「こいつを仲間に引き入れるつもりですか?」

 背の低いカタクチイワシ男が値踏みするように目をやる。

 「出会った瞬間に痺れたね。俺と同じサバだろ? チームに入らないか? いや、入るべきだね」

 「ちょっと待って下さいよ、兄貴は関サバで、こいつはただの塩サバですよ!」

 カタクチイワシ男は関サバ男の関心が他に移るのを嫌ってなのか好戦的だった。

 「サバに上も下もねぇよ、関だろうとゴマだろうとな、サバはサバだろ? 多少の模様が違ったからってどうってことないだろ。俺は嬉しいんだ、こうしてサバに会えたことが」

 関サバ男はカタクチイワシ男の擦れた態度を諌めるように強調した。

 「そこまで仰るなら、今からクロマグロの大将のところへ連れていきますか?」

 「まぁそう急ぐな。俺たちが良くても本人がどうかわからないだろ?」

 「おい塩サバ、覚悟はあるか、俺らについて来れるか?」

 カタクチイワシ男は関サバ男にはへつらい、あくまでも一方的で上から目線での対応だった。黙ったままのトシの胸にカタクチイワシ男は拳をどんとぶつけた。

 「おい、返事くらいしろよ」

 トシは反射的に杖のように持っていたモリでカタクチイワシ男の肩を突いた。反射的にというのは言い訳かもしれない、舐めた態度に腹を立てて驚かしてやるくらいの準備があったのは間違いではない。結果は予想に反した事態が起きた。。カタクチイワシ男の肩にモリが突き刺さってしまったのだ。

 本来なら矢は黄色いハンドタオルにぐるぐると巻かれており、突いたくらいで刺さるはずがなかった。しかし杖のように突いて歩くことによって矢が黄色いハンドタオルを突き抜けていたのだ。

 黄色いハンドタオルがじわじわと赤く染まっていった。黄色と赤色が混ざれば橙色になるはずなのに赤色が黄色を押し潰していく。

 

 くそ、なかなか抜けない。返しがあるからか? どうしたらいい? とにかく抜かないと。 


 トシはモリをぐりぐりと傷口を抉りながら抜き取った。カタクチイワシ男は口をパクパクとしながら驚愕の表情を浮かべていた。関サバ男も同じように口をパクパクしている。トシも口をパクパクさせながら競歩選手のようにその場から離れて行った。


 走ってはいけない。走れば逃げたみたいだ。


 「痛いだろ? 大丈夫か?」

 「痛くない、痛すぎて痛くないのかも?」

 「すぐに病院に行こう」

 「あの病院はやめてほしい、医者の触り方が普通じゃないんだ」

 「オッケー、わかった」


 二人の男が追って来ないことを確認してから歩みを緩めた。モリに巻いた黄色いハンドタオルをもう一度巻き直して引き摺りながら歩いた。ほどなくしてから車のクラクションが鳴った。クラクションは何度も繰り返された。ファーン、ファーン。

 「ちょっと、そこのお兄さん待ってよ」

 耳障りなクラクションはトシを呼び止めようとするためのものだった。

 「見てたわよ、やるじゃない」

 前方に赤い外国車を止めて女が降りてきた。女は瓶をこれ見よがしに振ってトシの気を引こうとした。瓶の中身はなんだろうとトシは吸い寄せらた。


 海苔の佃煮か? なめ茸か? まさかウニじゃないだろうな?


 女の持つ瓶にはイクラが入っていた。

 「お願いがあるのよ。一緒にドライブしてくださらない? 悪いようにはしないから。駄目かしら」

 「塩辛いぜ」

 「それくらいが私にとっては丁度いい塩梅なのよ」

 女はトシに瓶を預けた。左手に瓶、右手にモリを持って車に躊躇いなく乗り込んだ。


 こういうのも偶には良いものだ。


 「それスキーのストックじゃないのね」

 女はトシが助手席に座ったところでアクセルを踏んでエンジンを空ふかした。

 「いつもこんな風に声を掛けてるなんて思わないで欲しいの。あなたは特別よ」

 女は瓶を返却されてジャケットのポケットにしまった。瓶の封はされたままだったが、ラベルが乱雑に剥がされて、白い残りが側面にあった。

 「凄く腹の立つキャラクターよね」

 女の発言はどこか弁解じみていた。

 赤い車は排ガスを後ろに吐きながら、トシの知らない目的地に向かう。


 

 

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