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塩辛い  作者: 村街マイク
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塩辛いぜ!

 この国はストレスに満ちており、常になんらかの不安を抱えている者で溢れていた。苛立っていた。明日、未来、将来、無いに等しい希望。国を統治する為に必要なものは分かりきっていた。それは即ち、軽減。ストレスの発散ではなく、軽減。

 国会で可決された後に順次、国民に配られたものはカルシウム。缶詰であったり甘露煮であったり干物であったりした。変哲もない絵柄のパッケージに無難な味付け。素直に食す者もいれば、封さえ切らない者もいた。この配給された食品を口にした者の中に悲劇が起きた。どうしてか? 考える必要はない。そうなってしまったのだから。


 トシは落ち着かないまま灰色のフードを頭に被せてテレビのニュースを食い入るように見ていた。画面には数人の機動隊員に押さえつけられて地面に伏している男の姿があった。男はジタバタと陸に打ち上げられた魚のように足掻きながら逃れようともがいていた。男の顔がテレビ画面上でアップになる。その男の顔は鮫の一種、ハンマーヘッドだった。獰猛な海の狩人。トシは羨ましくなった。


 格好良い。こいつはなにを食べてこうなったのだ!


 タバコに火をつけ、煙をめい一杯吸い込んだ。煙は虚しくも肺にまで届かず、首元のエラから排出された。


 俺は半魚人だ。そうじゃない。首から上が魚人だ。違う違う。首上塩鯖人だ。そう簡潔に述べるなら、顔塩サバ人だ。


 状況を整理する。なぜ顔面だけが塩サバになったのか。心当たりは一つだけあった。それは国から支給された甘露煮だ。国民が殺伐としているのはけしからん、カルシウムが足りていないからだ。ならば配ってやろう、食え。全国民に支給された食品を疑いもなく、これはいい酒の摘みになると焼酎のお相手にしたのが原因だ。全ての国民が変体する訳ではないという情報はテレビで知らされた。もちろん食していない者は変体しない。食しても変体しない者が殆どだった。まれに変体してしまっても自暴自棄になるなとテレビアナウンサーが呼びかける。

 自棄を起こした末路がハンマーヘッドだった。さらにテレビアナウンサーは繰り返す。原因の究明に全力で取り組んでいる最中だと。元の姿に戻る術は必ずある。だから希望を捨てずにより明るい社会生活をいつも通りに送りましょう。

 アナウンサーはそう告げて分厚い唇を上下にパクパクした。隣に座る女性アナウンサーは神妙な面持ちでこちらを見据えていた。

 

 あいつは鯉か! 俺よりましじゃないか。いや待てよ、鮒かもしれないぞ? 暴いてやろう。


 トシはアナウンサーが鯉か鮒か確かめるためにテレビ画面に近づいた瞬間にコマーシャルが流れた。蜂蜜喉飴の歌がぶんぶんと飛ぶ。アナウンサーの口元に髭があったかどうか、四本あれば鯉だ、生意気だ。無ければ鮒だ。もし二本しかなければご愁傷様、自分を鯉だと信じる哀れな似鯉だ。

 

 待て、アナウンサーが鯉かどうかよりも大事なことがある。


 手にある煙草をアルミ製の灰皿に擦りつけた。首を動かし骨を鳴らしても答えは出ない。ぐるっと回しても同じだ。一番の不満は首から上が塩サバになってしまったことに変わりはない。二番の不満が気になった。どうしてなのか? どうして甘露煮なのに。どうして鰯の甘露煮なのに。鰯なのに。


 鰯を食ったら鰯になるみたいな安易な法則ではないのか?


 トシは苛立ち叫んだ。ふざけるなと。

 「塩辛いぜ!」


 部屋でテレビを視聴していても進展はないだろうと考えて外に出ることにした。鮮魚を扱う商店街に同胞が同じように悩み彷徨いているかもしれない。

 黒いスニーカーの紐を結び直してドアノブに手をかけた。ふと、このまま外に出て大丈夫なのかと過ぎるものがあった。もしもの為、ころばぬ先の杖が必要ではないのか? 護身用に持っていても怪しまれないものは?


 いいものがあるじゃないか。去年行った海水浴場で買った子供の玩具みたいなモリが!


 靴を脱ぐのを惜しんでそのまま部屋に上がり、押し入れからモリを探し出した。モリの矢は四つ又だった。三つ又ならばポセイドンの戦士のように絵になったのに。去年のナンセンスな自分を恨んだ。なぜなら、四つ又ではポセイドンの戦士ではなく、ただの雑兵みたいだからだ。


 畜生、これじゃあただの雑魚じゃないか! 面はサバだし。鯵はいいな出世しやがって、いけすかねえ。まぁでもサバは足が早いというからな、だから塩漬けってか? クソ野郎! はっはっはっ。


 モリの矢が危険なので念のために黄色いハンドタオルでぐるぐる巻きにした。持ち手部分のてっぺんにあるゴムの輪に手首を通すと、スキーのストックみたいだと愉快になった。仮に襲われれば、一見杖と油断した相手にゴムを利用した反動でひと突きすることができる。できる? できるのか? 昨年、ヒラメかカレイか解せないが捕獲しようとして失敗に終わっているこの俺なのに?


 まぁ大丈夫だろう。逆に考えると、このモリは血に飢えている。相手を選ぶ。伝説の、いにしえの、幻の、モリみたいなものだ。四つ又なのが気に食わないが目をつぶってやる。行くぞ、グングニル。


 トシはいざ同胞と情報を求めて、四つ又を黄色いハンドタオルで覆いて隠したモリを手に、外の世界に飛び出したのだった。


 

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