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第9話 王都の魔法学園 《関係値:上昇》

 セラの遺体は、ギルドが処理した。


 迷宮都市では珍しくない。

 そう言われた。そういう顔をされた。


 リリアは泣かなかった。泣けなかったんだと思う。

 受付の仕事があるから。ギルドの顔だから。

 ……そういうのが、この街の仕組みだ。


 俺はギルドの裏口から出て、人気のない路地に座り込んだ。

 手が震えていた。


 まただ。

 称賛の直後に、祝杯の直後に、狙い撃ちで持っていかれた。


 星痣。

 均衡徴収。

 悲劇補正。


 リリアの顔が浮かぶ。

 セラが死んだのに、仕事に戻った背中が浮かぶ。


 ……この仕組みは、人の気持ちごと踏み潰す。


 だから俺は決めた。


 迷宮都市に答えはない。

 あるのは運用だけだ。日常の中に悲劇を組み込む運用。


 もっと上に行く。

 この世界の“仕様”を設計してる側に近づく。


 王都。


 学園。


 魔法学園が王都にある、とリリアが言っていた。

 迷宮で手当てをする魔法や、制度の魔法、記録の魔法を学ぶ場所。


 ――そこなら、星痣のことも、ログのことも、資料があるかもしれない。


 ギルドを出る前、リリアにだけは言った。


「セラのこと、悪かった」


 リリアは俺を見て、少しだけ目を赤くした。


「謝らないでください」


「でも――」


「謝るなら、二度と戻ってこないでください。ここにいると、あなたはまた……」


 言葉の続きはなかった。

 でも、分かる。


 また“英雄”にされる。

 また“盛り上げ”に使われる。

 また誰かが死ぬ。


 俺は頷いて、迷宮都市を出た。


 数日後、王都が見えた。


 城壁は交易都市より高く、白い石でできている。

 門の前には兵が並び、通行人を見張っていた。


 俺は門をくぐる直前、嫌な予感がして足を止めた。


(ここは、でかい)


 人が多い。金が多い。権力がある。

 “注目度”が上がる気配がする。


 案の定、視界の端がちかっとした。


《関係値:上昇》


「……は?」


 関係値。

 注目度でも成功率でもなく、関係値。


 俺は眉をひそめた。

 誰と、何の関係だ。


 王都は、迷宮都市より整っていた。

 道が広くて、石畳がきれいで、汚い路地が少ない。

 そのぶん、息苦しい。


 学園はすぐに分かった。

 でかい建物。門に紋章。学生の制服。


「……場違いだな」


 俺は自分の服を見る。冒険者の革鎧。剣。汚れ。

 門の前で、守衛が俺を止めた。


「ここは王立魔法学園だ。用件は」


「入学の手続き」


 守衛が俺を上から下まで見た。


「年齢は」


「……二十前後」


「曖昧だな」


「曖昧なんだ」


 守衛が怪訝な顔をしたが、俺の腰の剣を見て口調を変えた。


「実技枠か。……紹介状は?」


「ない」


「ないのか」


 守衛はため息をつき、門の内側を指さした。


「中の受付へ行け。門前で揉めるなよ」


「分かった」


 俺が歩き出すと、学園の中から学生たちの視線が刺さる。

 目立つ。最悪だ。


 受付は、迷宮都市のギルドより落ち着いていた。

 書類の山。静かな声。香の匂い。


 受付の女性が顔を上げた。


「入学のご相談ですか」


「ああ」


「実技枠の方でしょうか。魔力の証明と、身元の確認が必要です」


「身元は……ない」


「……では、誓約と保証金が必要です」


 俺は金袋を置いた。

 迷宮都市で稼いだ分が残っている。

 ミナの金も、盗賊から取り返した金も、ここで使う。


 受付の女性の目が、わずかに変わった。


「……承りました」


 その瞬間、視界の端がちかっとした。


《関係値:上昇》


 まただ。

 金を出すと関係値が上がる。そういう仕組みか。


 受付の女性が言った。


「次は実技確認です。指導官が来ますので、少々お待ちください」


 俺は頷いて椅子に座った。


 少しして、扉が開いた。


「実技確認の担当だ。こちらへ」


 現れた指導官は、若い男だった。

 無駄のない動き。目が鋭い。


 俺は立ち上がって、ついていく。


 訓練場は広かった。

 学生が杖を振り、魔法を撃っている。

 観客みたいに見学している学生もいる。


 俺が入ると、ざわっと視線が集まった。


 まただ。

 またこうなる。


 指導官が言う。


「名前」


「レオン」


「レオン。魔法はどの系統だ」


「……治癒ができる。あと、止めるやつ」


「止める?」


「相手の動きを止める」


 指導官が眉を上げた。


「見せろ」


 俺は木の的を指さした。

 指導官が小さな魔法生物を召喚する。ウサギみたいなやつ。


「これを止めてみろ」


 俺は手を出した。

 白い光。


 魔法生物がその場で固まった。


 周囲がざわついた。


「え、なにそれ」

「停止系?」

「聞いたことない……」


 指導官が目を細めた。


「解除」


 俺が手を払うと、魔法生物がまた動く。

 指導官は短く息を吐いた。


「合格。……いや、保留だ」


「どっちだ」


「技能は本物だ。だが、出所が不明だ」


「……俺にも分からない」


 指導官は俺をじっと見た。


「学園に入るなら、“誰の弟子でもない”ことを証明しろ」


「無理だ」


「なら、監督下に置く。学園の規則に従え」


 監督下。

 その言葉が嫌に引っかかった。


 視界の端がちかっとした。


《関係値:上昇》


 指導官が続けた。


「担当をつける。君の面倒を見る学生を一人。迷子にならないようにな」


「いらない」


「必要だ。王都は迷子が死ぬ」


 指導官が手を上げると、近くにいた女生徒が呼ばれた。


「ユフィ。案内を頼む」


 女生徒が振り向いた。


 黒髪で、背が高い。制服をきっちり着ている。

 目が強い。優等生っぽい。


「……はい、先生」


 ユフィは俺を見た。

 視線がぶつかった瞬間、胸の奥がひやっとした。


 理由は分からない。

 でも、嫌な予感はだいたい当たる。


 ユフィが言った。


「あなたが新入生? 変な格好ね」


「冒険者だからな」


「ふーん。……私はユフィ。案内する。ついてきて」


 淡々とした声。

 迷宮都市の受付みたいに手際が良い。


 でも俺は、その声の奥に、妙な冷たさを感じた。


 そして、見てしまった。


 ユフィが歩き出した拍子に、制服の襟元が少しずれた。

 左の鎖骨の下が、ほんの少しだけ見える。


 そこに――小さな星みたいな痣。


 俺の血が一気に冷えた。


 ……またか。


 俺は何も言えずに、ユフィの背中を追った。

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