第5話 迷宮都市の受付嬢 《注目度:上昇》
ミナを埋めた。
誰にも見られない場所を選んだ。
あの子は「スリ」だった。身寄りもない。放っておけば、誰も探さない。
……それが、いちばんきつかった。
俺は土をかぶせながら、何度も思った。
勝ったのに。助けたのに。
また持っていかれた。
路地の外では、まだ噂が回っている。
「英雄レオン!」
「盗賊団を一人で潰した!」
「式典で人を助けた!」
助けた?
ミナは死んだのに?
笑えない。
俺はフードを深くかぶって、交易都市を出た。
残る理由がなかった。残れば、また“盛り上げられる”。
目立てば、帳尻が来る。
なら、情報のある場所へ行く。
星の痣。あのログ。均衡徴収。
道中、商人の荷車に乗せてもらった。
金はある。払える。払いたい。余計な恩は作りたくない。
「どこまで行くんだ?」
「迷宮都市」
商人が目を丸くした。
「迷宮都市ラビリスか! あそこは稼げるが、死ぬやつも多いぞ」
「……死なないようにする」
言いかけて、途中で止めた。
断定を飲み込んで、言い直す。
「……死なないように気をつける」
商人が不思議そうに俺を見たが、深追いはしなかった。
数日後、迷宮都市に着いた。
まず目に入ったのは、でかすぎる穴だった。
街の中心に、地面が割れている。石の柵があって、階段が地下へ続いている。
「……あれが迷宮か」
見ているだけで、背中がぞわっとした。
人の欲が集まる場所だ。金、名声、スキル。全部。
俺は門をくぐった瞬間、視界の端がちかっとした。
《注目度:上昇》
「……来るなよ」
小声でつぶやいて、フードを深くかぶる。
目立ちたくない。今日だけでも。
冒険者ギルドはすぐ見つかった。
建物がでかい。人も多い。壁には魔物の素材や武器が飾ってある。
「……いかにも冒険者って感じだな」
中に入ると、受付カウンターが並んでいた。
その中で、ひときわ声が通る受付嬢がいた。
「次の方どうぞー! 登録ですね? 手続きはこちらです!」
明るい声。笑顔。
髪は栗色で、きっちりまとめている。仕事ができそうな顔だ。
俺が近づくと、受付嬢はぱっと笑った。
「いらっしゃいませ! 新規登録ですか? それとも依頼の紹介?」
「登録。あと、情報が欲しい」
「情報ですか。迷宮の階層情報? おすすめ依頼? それとも……怪しい噂?」
最後だけ声を落として言った。
こいつ、勘がいい。
「……怪しい噂の方」
受付嬢は眉を上げた。
「ふふ。そういうお客様、けっこういますよ。迷宮都市ですから」
「名前は?」
「私はリリアです。受付のリリア。あなたは?」
俺は一瞬だけ迷った。
名を出すと、世界が寄ってくる気がする。
でも登録には必要だ。
「……レオン」
ペンが止まった。
リリアの目が一瞬だけ、俺の顔を強く見た。
「レオン、さん……」
その瞬間、視界の端がまたちかっとした。
《注目度:上昇》
俺は舌打ちを飲み込んだ。
ほら。やっぱり来る。
リリアは何事もないふりをして書類を進めた。
「身分証はありますか?」
「ない」
「分かりました。では簡易登録になります。初回は身元保証がないので、受けられる依頼が少し制限されますが……」
「構わない」
「装備は?」
「……ない」
リリアが一瞬固まって、すぐ笑顔に戻った。
「えっと……迷宮都市で『装備なし』は、わりと新鮮ですね」
「必要なら買う」
「必要です。絶対」
リリアは真顔で言った。
その言い方が妙に現実的で、少しだけ信用できた。
俺は最低限の剣と革鎧を買った。
金が減るのは痛くない。痛いのは、また“盛り上がる”ことだ。
戻ると、リリアが依頼板の前で待っていた。
「はい。初心者向け……と言いたいところですが、レオンさん、体つきが初心者じゃないですね」
「そう見える?」
「見えます。あと、目が怖いです」
「……悪い」
「悪くないです。迷宮では大事ですよ。怖い目」
リリアは依頼書を数枚抜き取って、俺に見せた。
「まずはこれ。第一階層の魔物討伐。危険度は低め。報酬は控えめ。あとは、これ。採取依頼。帰ってきたら買い取りもできます」
「討伐にする」
「了解です。……あ、ひとつだけ」
リリアが声を落とした。
「迷宮に入る前に、回復薬は必ず買ってください。あと、無理して英雄みたいなこと、しないでくださいね」
胸が少しだけ冷えた。
「……どうしてそう思う」
「迷宮都市には、そういう人が来るんです。『俺が全部救う』って顔して入って……死ぬ」
その言葉で、ミナの顔が浮かんだ。
俺は反射的に言いかけた。
俺は――救う。
言葉が喉で止まる。
俺は唾を飲んで、別の言い方を選んだ。
「……死なないようにする」
リリアはふっと笑った。
「それでいいです」
そして、ほんの一瞬だけ、自分の胸元に手を当てるような仕草をした。
気のせいかもしれない。
でも、俺は見逃さなかった。
……星痣?
いや、まだ見えない。服の上だ。分からない。
俺は依頼書を受け取って、迷宮の入口へ向かった。
階段の前は、いつも人がいる。
祈る奴、笑う奴、叫ぶ奴。
それぞれの欲が、空気を重くしている。
俺は深く息を吸った。
ここで勝てば、また注目される。
注目されれば、また帳尻が来る。
……でも、行く。
仕組みを壊すには、まず仕組みの中に入るしかない。
俺が階段に足をかけた瞬間、視界の端がちかっとした。
《成功率:上昇》
「……余計なことするな」
小声で吐き捨てて、俺は迷宮へ降りた。




