表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/21

第5話 迷宮都市の受付嬢 《注目度:上昇》

 ミナを埋めた。


 誰にも見られない場所を選んだ。

 あの子は「スリ」だった。身寄りもない。放っておけば、誰も探さない。


 ……それが、いちばんきつかった。


 俺は土をかぶせながら、何度も思った。

 勝ったのに。助けたのに。

 また持っていかれた。


 路地の外では、まだ噂が回っている。


「英雄レオン!」

「盗賊団を一人で潰した!」

「式典で人を助けた!」


 助けた?

 ミナは死んだのに?


 笑えない。


 俺はフードを深くかぶって、交易都市を出た。

 残る理由がなかった。残れば、また“盛り上げられる”。


 目立てば、帳尻が来る。


 なら、情報のある場所へ行く。

 星の痣。あのログ。均衡徴収。


 道中、商人の荷車に乗せてもらった。

 金はある。払える。払いたい。余計な恩は作りたくない。


「どこまで行くんだ?」


「迷宮都市」


 商人が目を丸くした。


「迷宮都市ラビリスか! あそこは稼げるが、死ぬやつも多いぞ」


「……死なないようにする」


 言いかけて、途中で止めた。

 断定を飲み込んで、言い直す。


「……死なないように気をつける」


 商人が不思議そうに俺を見たが、深追いはしなかった。


 数日後、迷宮都市に着いた。


 まず目に入ったのは、でかすぎる穴だった。

 街の中心に、地面が割れている。石の柵があって、階段が地下へ続いている。


「……あれが迷宮か」


 見ているだけで、背中がぞわっとした。

 人の欲が集まる場所だ。金、名声、スキル。全部。


 俺は門をくぐった瞬間、視界の端がちかっとした。


《注目度:上昇》


「……来るなよ」


 小声でつぶやいて、フードを深くかぶる。

 目立ちたくない。今日だけでも。


 冒険者ギルドはすぐ見つかった。

 建物がでかい。人も多い。壁には魔物の素材や武器が飾ってある。


「……いかにも冒険者って感じだな」


 中に入ると、受付カウンターが並んでいた。

 その中で、ひときわ声が通る受付嬢がいた。


「次の方どうぞー! 登録ですね? 手続きはこちらです!」


 明るい声。笑顔。

 髪は栗色で、きっちりまとめている。仕事ができそうな顔だ。


 俺が近づくと、受付嬢はぱっと笑った。


「いらっしゃいませ! 新規登録ですか? それとも依頼の紹介?」


「登録。あと、情報が欲しい」


「情報ですか。迷宮の階層情報? おすすめ依頼? それとも……怪しい噂?」


 最後だけ声を落として言った。

 こいつ、勘がいい。


「……怪しい噂の方」


 受付嬢は眉を上げた。


「ふふ。そういうお客様、けっこういますよ。迷宮都市ですから」


「名前は?」


「私はリリアです。受付のリリア。あなたは?」


 俺は一瞬だけ迷った。

 名を出すと、世界が寄ってくる気がする。


 でも登録には必要だ。


「……レオン」


 ペンが止まった。

 リリアの目が一瞬だけ、俺の顔を強く見た。


「レオン、さん……」


 その瞬間、視界の端がまたちかっとした。


《注目度:上昇》


 俺は舌打ちを飲み込んだ。

 ほら。やっぱり来る。


 リリアは何事もないふりをして書類を進めた。


「身分証はありますか?」


「ない」


「分かりました。では簡易登録になります。初回は身元保証がないので、受けられる依頼が少し制限されますが……」


「構わない」


「装備は?」


「……ない」


 リリアが一瞬固まって、すぐ笑顔に戻った。


「えっと……迷宮都市で『装備なし』は、わりと新鮮ですね」


「必要なら買う」


「必要です。絶対」


 リリアは真顔で言った。

 その言い方が妙に現実的で、少しだけ信用できた。


 俺は最低限の剣と革鎧を買った。

 金が減るのは痛くない。痛いのは、また“盛り上がる”ことだ。


 戻ると、リリアが依頼板の前で待っていた。


「はい。初心者向け……と言いたいところですが、レオンさん、体つきが初心者じゃないですね」


「そう見える?」


「見えます。あと、目が怖いです」


「……悪い」


「悪くないです。迷宮では大事ですよ。怖い目」


 リリアは依頼書を数枚抜き取って、俺に見せた。


「まずはこれ。第一階層の魔物討伐。危険度は低め。報酬は控えめ。あとは、これ。採取依頼。帰ってきたら買い取りもできます」


「討伐にする」


「了解です。……あ、ひとつだけ」


 リリアが声を落とした。


「迷宮に入る前に、回復薬は必ず買ってください。あと、無理して英雄みたいなこと、しないでくださいね」


 胸が少しだけ冷えた。


「……どうしてそう思う」


「迷宮都市には、そういう人が来るんです。『俺が全部救う』って顔して入って……死ぬ」


 その言葉で、ミナの顔が浮かんだ。

 俺は反射的に言いかけた。


 俺は――救う。


 言葉が喉で止まる。

 俺は唾を飲んで、別の言い方を選んだ。


「……死なないようにする」


 リリアはふっと笑った。


「それでいいです」


 そして、ほんの一瞬だけ、自分の胸元に手を当てるような仕草をした。

 気のせいかもしれない。

 でも、俺は見逃さなかった。


 ……星痣?

 いや、まだ見えない。服の上だ。分からない。


 俺は依頼書を受け取って、迷宮の入口へ向かった。


 階段の前は、いつも人がいる。

 祈る奴、笑う奴、叫ぶ奴。

 それぞれの欲が、空気を重くしている。


 俺は深く息を吸った。


 ここで勝てば、また注目される。

 注目されれば、また帳尻が来る。


 ……でも、行く。


 仕組みを壊すには、まず仕組みの中に入るしかない。


 俺が階段に足をかけた瞬間、視界の端がちかっとした。


《成功率:上昇》


「……余計なことするな」


 小声で吐き捨てて、俺は迷宮へ降りた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ