第2話 交易都市の孤児 《注目度:上昇》
リーアを埋めた。
土は固くて、手のひらが痛くなった。
村の人たちは助かった。笑っていた。泣いていた。
なのに、俺の腕の中でリーアだけが冷たくなった。
……俺は、あの文字が許せなかった。
《均衡徴収》
《悲劇補正》
意味はまだ全部わからない。
でも、ひとつだけは分かる。
あれは「偶然」じゃない。
起きるべくして、起きたみたいな顔をしていた。
だから俺は村を出た。
情報が欲しかった。金も必要だった。
そして――次にまた誰かが死ぬ前に、仕組みを見つけたかった。
向かったのは交易都市。街道の先にある、大きな町だ。
城壁が見えた時、俺は思わず足を止めた。
人の声がする。荷車の音がする。生きている音がする。
「……ここなら、何か分かるかもしれない」
門をくぐった瞬間、視界がちかっとした。
《注目度:上昇》
「……またかよ」
文字はいつも通り、淡々としていた。
俺が何を思っていようが関係ない、そんな顔。
街はにぎやかだった。
露店、商人、冒険者、護衛、客引き。
人が多い。多すぎる。
俺は人混みが苦手だと気づいた。
村で起きたのは雑踏の事故じゃない。
でも――「大勢が喜ぶ」って空気が、嫌な予感に直結する。
なるべく目立たないように歩いていた、その時だった。
「ぶつかったぞ! てめぇ!」
声が上がった。
反射的に振り向く。
男が一人、腕をつかまれていた。いや、違う。
つかまれていたのは――小さな女の子だった。
痩せていて、服はぼろぼろ。
髪はぼさぼさで、目だけがやけに鋭い。
「離せ! 離せって!」
「スリだろ? このガキ!」
男が女の子の腕をひねる。
女の子が歯を食いしばる。泣かない。泣けない顔だ。
俺は、足が勝手に動いていた。
「やめろ」
「は?」
男が俺を見る。周りの人も見る。
……まずい。注目を集める。
でも、目の前でやられてるのを見て、見ないふりはできなかった。
「そいつがスリでも、腕を折る必要はないだろ」
「何だお前。関係ねぇだろ」
「関係ある」
俺は、なるべく冷静に言った。
拳を握りしめる。光が出そうな感覚が、腹の奥に残っている。
男が舌打ちした。
「チッ……面倒くせぇ。衛兵呼ぶぞ」
「呼べ」
俺が言うと、男は俺の目を見て、少しだけひるんだ。
俺も自分で気づく。
……俺、いつの間にか、威圧できる。
男は女の子を突き飛ばして去っていった。
女の子は地面に座り込んで、膝をさすっている。
「大丈夫か」
「……うるさい」
女の子は俺をにらんだ。
でも、そのにらみは弱い。腹が減ってる目だ。
「お前、スリしたのか?」
「した」
あっさり言った。
開き直りじゃない。生活だ。
「悪いことだぞ」
「じゃあどうすりゃいいの。食えないんだよ」
女の子は立ち上がって、服のほつれを引っ張った。
強がってるのが丸見えだった。
俺は息を吐いた。
「……飯、食うか」
「は?」
「とりあえず、話はそれからだ」
女の子は警戒した。
でも腹の音が鳴った。本人も気づいて、顔を赤くした。
「……一回だけだぞ。変なことしたら刺す」
「刺すな」
俺は近くの屋台でパンとスープを買って、路地の端に座った。
女の子は目の前のパンに、しばらく手を出さなかった。
「毒とかじゃない」
「知ってる」
言いながら、結局かぶりつく。
食べ方が必死で、喉が詰まりそうになるほど速い。
「名前は」
「……ミナ」
「俺は……」
名乗りかけて、少し迷った。
名を出すと、世界が喜ぶ。そんな馬鹿な話はないはずなのに、リーアの言葉が刺さっている。
でも、ここでは名乗らないと話が進まない。
「レオンだ」
ミナは俺の顔をじっと見た。
敵か味方か、値踏みしてる目。
「旅の人?」
「そうだ。情報を探してる」
「情報?」
「この街で、変な噂とか……変な文字とか……知らないか」
ミナは眉をひそめた。
「文字? 看板ならいっぱいあるけど」
「そうじゃない。……空に出るとか、目の前に出るとか」
ミナは一瞬だけ固まった。
ほんの一瞬。
それが見えた。
「……知らない」
嘘だ。
でも俺は追及しなかった。追及したら逃げるタイプだ。
「分かった。じゃあ別の話。お前、どこで寝てる」
「……教えない」
「危ないだろ」
「この街のほうが危ないんだよ。優しい顔のやつほど」
ミナはパンの最後の一口を食べて、袖で口を拭いた。
「で。飯くれた理由は?」
「……放っとけなかっただけだ」
「へー」
ミナは笑った。
軽い笑いなのに、どこか乾いている。
「じゃあ、次は?」
「次は――」
俺は言いかけて止めた。
断定が怖い。
代わりに、言い直す。
「もし良かったら、仕事を手伝ってくれ。案内役。街を知らない」
「案内役?」
「報酬は出す。飯も出す」
ミナの目が少しだけ柔らかくなった。
「……変な人」
「よく言われる」
「うそ。言われてない顔」
ミナは立ち上がって、俺の前に手を出した。
「金、先払い」
「ちゃっかりしてるな」
「当然。世の中、先に取ったやつが勝ち」
俺は苦笑して、銀貨を一枚渡した。
ミナはそれを握りしめて、すぐ袖に隠した。
「よし。じゃあついてきて。まずギルド。仕事取らないと金増えない」
「ギルド……」
俺は内心でそう思って、少しだけ息を吐いた。
「……いかにも冒険者って感じだな」
ギルドは人でいっぱいだった。
掲示板に依頼が並んでいて、冒険者が騒いでいる。
受付嬢が俺を見て言った。
「登録ですか? 新規の方は――」
その瞬間、また視界がちかっとした。
《注目度:上昇》
「……やめろよ」
俺は小声でつぶやいた。
ミナが横目で俺を見る。
「今、何か見えた?」
「……いや」
俺が否定すると、ミナは少しだけ口を尖らせた。
「ふーん。まあいいや。登録するなら手伝う。ここの人、言い方きついから」
「お前、詳しいんだな」
「ここで生きてるから」
ミナは当たり前みたいに言った。
その言葉が、急に重くなる。
登録はすぐ終わった。
俺は簡単な護衛依頼を受けて、街の裏路地に向かった。
「この辺、危ないぞ」
「危ないのは知ってる」
ミナは平気そうに歩く。
でも、足取りが少しふらついている。
「……お前、腹減ってるだけじゃないな」
「は? 元気だし」
ミナが言い返そうとして、咳き込んだ。
乾いた咳。嫌な音。
俺は足を止めた。
「ミナ。熱あるだろ」
「ないって……たぶん」
「たぶん、って何だよ」
俺はミナの額に手を当てた。
熱い。
「……っ」
胸の奥が冷える。
まただ。
また、似た流れだ。
俺は言いそうになった。
大丈夫だ。俺が――
言葉が喉まで来て、止まった。
リーアの「言わないで」が、頭の中で鳴ったからだ。
「……手当てする」
俺は断定しない言い方を選んだ。
「え?」
「休ませる場所がいる。どこで寝てる」
「……だから教えないって」
「今は、意地張ると死ぬ」
言った瞬間、自分でぞっとした。
“死ぬ”なんて言葉、軽く使うべきじゃないのに。
ミナは、俺を見た。
その目に一瞬だけ、怖さが出た。
「……ついてきて」
ミナは路地の奥へ俺を案内した。
崩れかけた建物の裏。隠れ家みたいな場所。
「ここ。誰にも言うな」
「言わない」
ミナは座り込んで、壁にもたれた。
息が荒い。
俺は水を渡して、ミナの手を見た。
指先が荒れている。傷も多い。
それでも生きてきた手だ。
「……治癒、できる?」
ミナがぼそっと言った。
俺は息を止めた。
「なんで分かる」
「村の噂。たまにいるんだよ。手当てしたら治る人。すぐ消えるけど」
ミナは笑った。
でも、その笑いは苦しい笑いだった。
「ねえ、レオン。俺のこと助けたんだよね?」
ミナの口から「助けた」という言葉が出て、俺の背中が冷たくなる。
視界の端が、またちかっとしそうで怖い。
「……助けたっていうか、放っとけなかっただけだ」
「ふーん」
ミナは目を細めた。
「じゃあさ。放っとけなくなったら……また来る?」
来る。必ず。
言いそうになって、また止めた。
「……必要なら」
ミナは小さく笑った。
「なにそれ。ずるい言い方」
「……悪い」
俺はミナの額に手を当てる。
光を出すか迷う。
いま光を出して、もしまた“持っていかれた”ら?
でも、このまま放っておくのも違う。
俺は決めた。
断定しない。煽らない。勝利を叫ばない。
ただ、できることをやる。
指先に、白い光がにじんだ。
その瞬間、視界の端に文字が出る気配がした。
《注目度:上昇》
俺は歯を食いしばった。
「……見てるなら出てこいよ」
ミナはぼんやりした目で俺を見て、かすれた声で言った。
「ひとりでしゃべってる。変なの」
「うるさい」
「でも……ちょっと、安心する」
ミナの熱が、ほんの少しだけ下がった気がした。
それでも俺は笑えなかった。
助けたら、持っていく。
盛り上がったら、帳尻を合わせる。
そんな仕組みがあるなら――
次は、俺が先に殴る。
俺はミナの手を離さずに、心の中だけで言った。
(……今度は、簡単に持っていかせない)




