第18話 終戦の英雄 《注目度:上昇》
アニエスが死んだ翌日、前線は少しだけ静かだった。
魔物がいなくなったわけじゃない。
ただ、向こうが一度引いた。こっちも追わない。
こういう日は、人が昨日の話をする。
「司祭様が、最後まで治してくれた」
「助かった」
「命を削ったんだってな……」
やめろ。
そういう話が広がると、皆の気持ちが熱くなる。
皆が熱くなると、拍手が出る。叫びが出る。
そして“英雄”が作られる。
英雄が作られると、俺の視界にこういうログが出る。
《注目度:上昇》
《称賛イベント:進行》
ここまで来ると危ない。
この先で、必ずどこかに“支払い”が出る。
俺は天幕の奥で、アニエスの遺体のそばに座っていた。
布を掛けたまま、顔は見ない。見たら動けなくなる。
そこへ軍務代行が入ってきた。疲れた顔だが、仕事の顔だ。
「辺境伯から命令だ」
「今日は前線を直す。柵、壕、見張り台」
「敵が引いた今のうちに、立て直す」
「戦は終わるのか?」俺は聞いた。
「昨日の勝ちで終わりになるのか」
「終わらん」軍務代行は首を振った。
「ただ、一回止めるだけだ」
「止める?」
「簡単に言うと、“休憩”みたいなもんだ」
「ずっと戦えば、こっちが先に潰れる」
俺は思い出して聞いた。
「昨日、お前が“交渉”って言ってたけど……」
「魔物と交渉するのか?」
軍務代行は鼻で笑った。
「魔物と話せるわけないだろ」
「交渉ってのは、人間同士だ」
軍務代行は指を折って説明した。
「飯をどれだけ持ってくるか」
「矢や薬をどれだけ増やすか」
「兵をどれだけ呼ぶか」
「どこまで守るか」
「そういう話を、領主や周りの町と決める」
「それを“交渉”って言ってる」
なるほど。
敵が魔物でも、勝つには飯と薬が必要だ。
それがないと、次の戦で死ぬ。
軍務代行が続けた。
「それと、もう一つ」
「昨日の勝ちはデカい。上が動く」
「式典とか、表彰とか、そういう話が出る」
俺の胃がきゅっと縮んだ。
式典。表彰。
つまり、皆を熱くする行事だ。
俺ははっきり言った。
「要らない」
「やったらまた死ぬ」
軍務代行は眉をひそめる。
「また死ぬって何だ」
「昨日の司祭みたいになる」
「勝ったあと、皆が熱くなって、英雄が作られる」
「すると、星痣持ちが持っていかれる」
軍務代行は言葉を失った。
信じてるわけじゃない。
ただ、昨日の現場を見てるから、強く否定もできない。
「……分かった」
「できるだけ抑える」
俺は立ち上がった。
「前線整理に行く」
「頼む。俺の名前を出すな」
「アニエスも英雄にするな」
軍務代行は苦い顔で頷いた。
「止めても、誰かが言う」
「だが、できるだけ冷ます」
昼。前線の修理が始まった。
折れた杭を立てる。縄を張り直す。壕の土を戻す。
こういう仕事は地味で助かる。
誰も拍手しない。誰も叫ばない。英雄も作られない。
……本当は、これが普通だ。
だが午後、普通は壊れた。
視察団が来た。昨日より人数が多い。旗も増えている。
鎧が綺麗で、靴が泥を嫌がっている。
軍務代行が小さく言った。
「伯の側の人間だ」
「お前に挨拶させたい」
「断る」
「断っても来る」
側近らしい男が、俺の前に出た。
声がよく通る。話が長いタイプだ。
「レオン殿」
「昨日の戦、見事でした」
「従軍司祭アニエス殿の献身は、辺境伯も深く評価しております」
周りの兵が、俺を見る。
さっきまで杭を打っていた手が止まる。
“聞け”という空気になる。
嫌な流れだ。
ここで俺が言い返したら、さらに目立つ。
だから短く返す。
「俺だけの手柄じゃない」
「兵が耐えた。司祭が治した」
「俺は後ろで手を貸しただけだ」
側近は笑った。
「謙虚だ。素晴らしい」
「だからこそ、表彰にふさわしい」
俺の視界に文字が出た。
《表彰:推奨》
《注目度:上昇》
俺はすぐ言った。
「表彰はいらない」
「式典もいらない」
「昨日のことを大きくするな」
側近の笑顔が少しだけ固くなる。
「お気持ちは分かります」
「ですが兵は、心の支えが必要です」
「司祭の死を無駄にしないためにも――」
「無駄にしないって何だ」
俺は低い声で言った。
「死んだ人間を道具にするのか」
側近は動じない。
「悲しみだけでは人は戦えません」
「だから勝利に変えるのです」
「司祭は英雄として語り継がれるべきです」
「そして、その英雄を支えたあなたも」
俺は歯を食いしばった。
こういうやつは、止めようとするほど強く押してくる。
その時、後ろの兵が言った。
「司祭様は、俺らを助けて死んだ」
「……レオン殿が来なきゃ、もっと死んでた」
それを合図に、別の声が増える。
「そうだ」
「司祭様は英雄だ」
「レオン殿も英雄だろ」
皆の顔が熱くなる。
声が大きくなる。
拍手が出そうになる。
俺の視界が光った。
《注目度:上昇》
《称賛イベント:進行》
側近が頷く。
「ほら。もう始まっています」
「止めても無駄です」
軍務代行が強引に割って入った。
「作業の邪魔だ」
「話は終わり!」
側近は一歩引いた。
「では夕刻に、小さな集まりを」
「勝利の報告と、黙祷だけでも」
黙祷だけ。
でも黙祷のあとに、必ず拍手や叫びが来る。
俺には分かる。
軍務代行が俺を見た。
俺は小さく頷いた。
黙祷は止めない。
アニエスのためだ。
でも、英雄化は止める。
俺は軍務代行に小声で言った。
「短く終わらせろ」
「分かった」軍務代行は苦い顔で言った。
夕方。野営地の中央に人が集まった。
小さな集まりのはずなのに、人数が多い。
側近が前に立って言う。
「昨日の戦で、多くの命が救われました」
「従軍司祭アニエス殿に、敬意を」
黙祷。
静かになる。
ここまではいい。
だが側近は続けようとした。
「そして――王都より来たレオン殿の――」
軍務代行が即座に遮った。
「それ以上は要らん!」
「黙祷は終わりだ! 解散!」
兵がざわつく。
不満の顔もある。
でも命令で散る。
集まりは無理やり終わった。
完全には冷ませなかったが、燃え上がる前に切れた。
俺は自分の天幕に戻った。
落ち着かない。
視界の端に、まだ文字が残っている。
《注目度:上昇》
上がっている。
火は小さくても、消えてない。
俺は拳を握った。
英雄の称号なんて、いらない。
俺が欲しいのは、星痣持ちが生存することだ。
なのに世界は、勝利や死を使って、空気を熱くしてくる。
人が熱くなれば、また支払いが来る。
外で誰かがまだ言っている。
「司祭様は英雄だ」
「レオン殿も……」
俺は目を閉じた。
――次は、もっとはっきり止める。
魔物より厄介なものを。
人の噂と、熱と、英雄づくりだ。
視界の端が最後に光った。
《イベント供給:継続》
《注目度:上昇》
終戦なんて、ただの区切りだ。
俺の戦いは、まだ終わっていない。




