第11話 舞踏会の告白 《推奨台詞:提示》
次の日の朝、俺は学園の廊下でユフィに捕まった。
「逃げないでって言ったでしょ」
「逃げてない。歩いてただけだ」
「同じ」
ユフィは腕を組んで、俺をじっと見た。
昨日のドレス姿を思い出してしまって、俺は目をそらす。
「……昨日の件、ありがとう」
「礼はいらない」
「そういうの、感じ悪い」
「感じ良くすると、面倒が増える」
「意味分かんない」
ユフィはため息をついて、ポケットから小さな紙を出した。
「はい」
「何だ」
「招待状」
紙には金の縁取りがあって、学園の紋章が押されている。
「今夜、学園の舞踏会。新入生歓迎も兼ねてる。あなたも出ること」
「……俺が?」
「あなた、もう噂になってるの。『変な新人がいる』って」
「最悪だな」
「だから出なきゃ。出ないと余計に変に見える」
ユフィは淡々と言う。
王都の“普通”は、俺の普通と違う。
「服は」
「貸す。変な格好で来たら私の恥」
「お前の恥?」
「そう。護衛は“見た目”も仕事」
昨日と同じ理屈だ。
反論が面倒になって、俺は頷いた。
「……分かった」
ユフィは少しだけ安心した顔をした。
「よかった」
その言い方が、嫌に刺さる。
よかった、のあとに奪われることを、俺は知っている。
だから俺は、何も返さなかった。
昼。講義。実技。
学園は、迷宮より疲れる。
誰かが俺を見るたび、胸の奥がひやっとする。
注目されるのが怖い。称賛されるのが怖い。
それでも授業の合間、俺は資料室の場所を確認した。
星痣、輪廻、儀式、呪い、制度魔法。そういう棚がある。
だが、扉には鍵。
許可がいる。
「勝手に入ったら怒られる部屋」
ユフィの言葉を思い出す。
……ここは、上の人間の管理が強い。
夕方、ユフィが俺を寮に呼び出した。
「これ、着て」
渡されたのは、黒い礼服だった。
サイズはぴったりで、逆に気味が悪い。
「なんで合うんだ」
「先生が手配したんでしょ。あなた、監督下だから」
監督。
やっぱり嫌な言葉だ。
着替えると、ユフィがじっと見た。
「……まあ、悪くない」
「それ褒めてる?」
「褒めてる。たぶん」
その“たぶん”で、少しだけ息が楽になる。
断定しないほうが安全だと、俺は思っているから。
会場は学園の大広間だった。
天井が高く、シャンデリアが眩しい。音楽が流れて、笑い声が弾む。
――嫌な空気だ。
盛り上がり。
人が喜ぶ空気。
俺は入口で立ち止まった。
「固まってる」
隣でユフィが言った。
ユフィは淡い色のドレスを着ていた。
昨日より落ち着いた色で、でも目を引く。綺麗だ。
「……似合う」
口から出た瞬間、俺は少しだけ後悔した。
褒め言葉は、危ない。
ユフィは一瞬だけ目を丸くして、すぐにそっぽを向いた。
「……当たり前」
声が少し小さい。
その反応が、妙に胸に来る。
会場に入ると、やっぱり視線が刺さった。
「……あれがレオン?」
「ユフィ様と一緒?」
「護衛ってマジ?」
ユフィが小声で言う。
「見ないで。堂々として」
「堂々とすると目立つ」
「目立たないと不審」
「面倒な世界だな」
「王都だから」
ユフィは当たり前みたいに言った。
しばらく、俺たちは壁際でやり過ごしていた。
ユフィは貴族の挨拶を受け、俺は黙って頭を下げるだけ。
その間、俺はずっとユフィの左の鎖骨の下を見ないようにしていた。
見れば、言いたくなる。言えば、世界が動く。
そんな中、ユフィがぽつりと言った。
「……踊る?」
「俺が?」
「そう。舞踏会なのに、ずっと壁にいるの変」
「変でいい」
「よくない」
ユフィが俺の袖を引いた。
「一曲だけ。そうすれば、変じゃなくなる」
俺は迷った。
だが、断ると余計に騒がれる気がした。
「……分かった。一曲だけ」
ユフィは頷いた。
その頷きが、少しだけ嬉しそうに見えて――怖くなる。
俺たちは輪の中へ出た。
ユフィが手を取る。
「左手。そこ。……そう」
近い。
香の匂いがする。呼吸の音が聞こえそうだ。
「足、踏まないで」
「踏まない」
「断定しないのね」
「癖だ」
ユフィは小さく笑った。
その瞬間、視界の端がちかっとした。
《推奨台詞:――君は綺麗だ》
俺は心臓が跳ねた。
「……っ」
何だよそれ。
今言えって? ここで? 盛り上げろって?
俺は歯を食いしばって、口を閉じた。
ユフィが俺の顔を覗く。
「どうしたの」
「……なんでもない」
踊りは、案外できた。
体が勝手に合わせてくる。最適化みたいで嫌だが、助かった。
曲が終わる。
ユフィが少し息を吐いた。
「……意外。できるんだ」
「意外って言うな」
「意外は意外」
ユフィが言った、その瞬間。
背後から、わざとらしい拍手が聞こえた。
「いやあ、見事だね」
振り向くと、派手な服の男がいた。貴族だ。
取り巻きが笑っている。
「田舎の冒険者が、ユフィ様と踊れるとは」
ユフィの目が冷たくなる。
「何の用」
「用? ただの感想だよ。……それに、君は危ない」
男が俺を見る。
「学園は安全な場所だ。剣と魔法で威張る場所じゃない」
取り巻きがくすくす笑う。
会場の空気が、変な方向に盛り上がる。
――やめろ。
こういう“見せ場”の空気は、危ない。
視界がちかっとした。
《推奨台詞:――俺が守る》
俺は息を止めた。
守る。
その言葉は、俺にとって地雷だ。
ユフィが一歩前に出ようとする。
その拍子に、彼女の襟元が少しずれて――俺は見てしまう。
左の鎖骨の下。
星みたいな痣。
そして、ほんの少しだけ赤い。熱を持ってるように見える。
俺の背中が凍った。
「……ユフィ」
名前が、震えた。
ユフィが俺を見る。
「なに」
「……ここ、熱くないか」
俺は言ってから後悔した。
言い方が直球すぎる。
ユフィは一瞬だけ固まり、視線をそらした。
「……別に」
嘘だ。
でも、今ここで追及したら終わる。
男が笑う。
「どうした? 怖くなったか?」
取り巻きがさらに笑う。
空気が“面白がり”に変わる。
――最悪だ。
俺は男に向けて、低い声で言った。
「退け」
「は?」
男が眉をひそめた瞬間、俺は手を出した。
白い光。
男の体が、ぴたりと止まった。
口を開けたまま固まる。
会場が静まった。
そして次の瞬間、どよめきが走る。
「え……なに今の」
「停止魔法……?」
「すげ……」
歓声になりかけた。
盛り上がりになりかけた。
俺はすぐにユフィの手首を掴んで、会場の外へ引いた。
「ちょっ――」
「今は黙れ。外」
廊下に出ると、音楽と笑い声が少し遠くなる。
俺は息を吐いた。
ユフィが俺を睨む。
「……やりすぎ」
「やりすぎでもいい。あの空気は危ない」
「危ないって何」
「……分からなくていい」
ユフィは一瞬だけ唇を噛んで、視線を落とした。
「……さっき、ちょっとだけ、熱くなった」
小さな声だった。
俺の心臓が嫌な音を立てる。
「いつ」
「みんなが見てる時。拍手された時。……あと」
ユフィが言いかけて止めた。
「あと?」
ユフィは首を振った。
「……言わない」
その言い方が、リーアの「言わないで」と重なって、俺は喉が詰まった。
俺は拳を握って、できるだけ静かに言った。
「……今夜は、もう戻る」
「え」
「戻る。部屋に。人の多い場所は避ける」
ユフィは不満そうに眉をひそめた。
「舞踏会、途中なのに」
「途中でいい」
「……あなた、私が楽しんでるの嫌?」
違う。
嫌じゃない。むしろ、怖いくらい――嬉しい。
でも、それを言ったら終わる気がする。
「……嫌じゃない。ただ、嫌な予感がする」
ユフィは少し黙ってから、ぽつりと言った。
「……変な人」
「知ってる」
ユフィは小さく笑った。
そして、俺の袖を掴んだ。
「……じゃあ、部屋まで送って。護衛なんでしょ」
その言葉に、視界の端がちかっとした気がした。
《推奨台詞:――俺が守る》
俺は、飲み込んだ。
守る、なんて言わない。
言えない。
それでも俺は、ユフィの手を振りほどけなかった。




