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第三節:求婚状は暖を取るには丁度いい。

第三節:求婚状は暖を取るには丁度いい。

翌朝。

二日酔いの頭をなんとか切り替えようと奮闘するが——無理っぽい。


「すまぬ、民よ、こんな女王で申し訳ない……」


「イシャナ様、示しがつきませんよ?」


「やめてくれ、その言葉は今は効く……」


ぐしゃっと枕に顔を埋めながらも、私はなんとか体を起こす。

ぼさぼさの髪をかき上げてラヴに振り向き、ひとこと。


「正装、持ってきて」


一瞬、彼女の肩が小さく跳ねた。

動揺を隠しきれないまま「はい」と短く応え、ラヴは部屋を出ていった。


その背中を見送る私は、(……馬鹿にしてるな)とぼんやり思う。

だが、それもいつものことだ。

私は黙ってその感情を、また心の奥に押し戻した。


「うん、知らない。知らなかったことにする」


自分にそう言い聞かせるように呟き、立ち上がる。


着替えを終え、私室に向かうと、その前に一人の男が立っていた。

外務省大臣——シャール・コロフスキー。鋭く整った口元に、いつもの仮面のような笑み。


用件は、単純だった。


「外務省としては、女王陛下のご関与を、今回はご遠慮いただきたい」


その声音は丁寧で、柔らかいほどだった。

けれど——その言葉の芯には、鉄よりも硬い拒絶がある。


外交の場に、私の席はない。

あくまで王権は象徴であり、実務には口出しするなと——そう言っているのだ。


九年前、六歳で王位を継いでから、何一つ変わっていない。

何かをしようとすれば、すぐに「お飾り」へと押し戻される。


悔しいのか、悲しいのか——自分でもわからない。

ただ、返す言葉もなく、シャールの背を見送った。


……今はラヴの顔を、見たくない。

彼女の方が、きっと私よりも悲しい顔をしているに決まっている。


目を逸らすように視線を机へ向けると、そこには積み上がった手紙の山。

それが、今の私に与えられた“仕事”。


——それだけ。でも、いつかは。


そう思いながら、一通一通、宛名を眺めていく。


その中に、ひときわ流麗な筆致で書かれた封筒があった。


リュール・ロン・フォール


「……誰だろう?昨日の舞踏会にいた貴族かしら」


ふと裏に押された印に目をやる。

その瞬間、思考が一度、真っ白になる。


「ヴァステン……ていこく……ヴァステン帝国⁉」


思わず叫ぶような声が出た。

その声に、紅茶を取りに行っていたラヴが手を滑らせ、食器をカチンと鳴らす。


(あ……ごめん)


慌てて手紙の封を切り、中身に目を通す。


——彼は、第三皇太子だという。


読み進めるごとに、私の眉がどんどん寄っていく。

思わず口を真一文字に引き結び、呼吸が浅くなる。


ラヴがそっと背後からカップを置いたのも気づかない。

彼女は、黙って私の反応を待っていた。


ヴァステン帝国からの手紙。

それだけでも、十分な異常事態。


なのに、その内容は——


「結婚の申し込み……⁉」


ラヴは息を呑み、思わず口を手で覆って私を見る。

その目が、ひどく、悲しそうだった。


——なんで、そんな顔をするの。


(いやいや、しないから。するわけないでしょ。てか、誰よ、ほんとに!)


私はラヴの静止を無視して、その手紙を暖炉に叩き込んだ。

たぶんこの国一の剛速球を投げたと思う。


次の手紙を取り出し、勢いよく封を切る。そして、再び頭を抱えた。


「どいつもこいつも、結婚、結婚、結婚!」


「する気ないわ!誰だお前!

そもそも最後の王族に結婚を申し込むなんて、頭がおかしいわよ!

最後の王族よ!私がいないと王権政府じゃ無くなっちゃうわよ!」


私は、一息でそれを吐き出した。


ラヴが落ち着くようにと紅茶を差し出してくるが、今は気分じゃない。


「そういえば、カールは今どこ?」


「カール様でしたら本日は使者としてヴァステン帝国に行かれています。」


「ヴァステンねぇ――」


(なんでわざわざ私の部下を使った?)


きな臭さを感じながら、私は暖炉に燃料をくべる。


(あったかい……やっぱりいい紙を使ってるから持ちがいいわね)


イシャナの運命の針は、着々と動き出していることに……まだ、彼女は気づいていない。


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