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第一節:成人の儀の朝は憂鬱。

第一節:成人の儀の朝は憂鬱。

メイド達の慌ただしい足音が王宮内に響き渡る。

誰かが女王を起こせと怒号を飛ばす早朝。

朝日はいつも私に牙を向く、何時でも私は貴方が嫌いだと告げている。

「頭が割れそうに痛い」

思考が安定しない頭の中にメイド長ラヴの声が響く。

「誕生日だからといって昨日は呑みすぎでしたよ」

ラヴ。

メイド長であり、乳母でもあり、そして——私が唯一、甘えられる相手。

「私が望んで呑んだわけではない。彼方が自分を呑むように言ってきたのだ。

決して誘惑に負けたのではない。…王として試してやっただけだ。」

言い訳にもならない言い訳を胸の内で反芻する。

それはそれとして——

「あと二十分......せめて、二十分だけは、この心地よい世界に......」

夢の世界にもう一度戻ろうとした瞬間、毛布の端がするりと引かれる気配。

......気がつけばラヴが、当然のように毛布を奪いにかかっていた。

「ラヴ,,,私は女王だぞ?その行いが大罪であることを理解してるか?本当にいいのか」

威厳のある声(酒焼け声)で牽制するも、ラヴは一切たじろがず、子供のわがままを聞くように無表情で言った。

「ですからこそ、今日という日に遅刻させるわけにはまいりません」

「ぐぬ......」

言葉に詰まる。ラヴの正論には手も足も出ないのは昔からだ。

「......第一、昨日注いだのはお前だろ」

「はい。命令には忠実でございますので」

さらりと返しながら、ラヴはふわりと毛布を剥ぎ取った。

冷たい空気が肌を刺し、私は咄嗟に体を丸める。

「限度を知らずに呑むのは、愚か者のすることです。」

「......それ、今の私にいうか......」

「もちろん」

心なしか、少しだけ口元が緩んだ気がした。

けれど私はまだ寝ていたという気持ちに何ら変わりない。

未来永劫それは変わらない理である。

ラヴがため息交じりに私を風呂場に抱えていくが知らん。

暖かい湯船に押し込まれ髪を洗われている感覚。

「ラヴ......もう少し右だ」

「自分でおやりになった方がよろしいのでは?」

(あぁ、拗ねてるわ」

内心でそう思いながも、決して口にはしない。

昔、拗ねているラヴに「拗ねてる?」と聞いたら、しばらく口をきいてくれなかった。

あれは......地味に、こたえた。

寂しかったから、ちゃんと謝った。

——そんな思い出に浸っているうちに、今度は着付けが始まる。

コルセット。嫌いだ。苦しい。

それになんだこの——露出の多いドレスは。痴女か私は。

しかし、鏡越しに見えたラヴの顔には、かすかに涙の跡があった。

ラヴとは長い付き合いだ。私が物心つく前から、ずっと傍にいてくれた。

泣きも笑いもしない赤子だった私を、当時の侍女たちは気味悪がっていた。

けれど、ラヴだけは違った。

「まだこの子の感情は産まれていないだけです。愛情を注いであげれば、きっと......」

そう言って、だれよりも近くで、私を育ててくれた。

「ねぇ、ラヴ......泣かないでよ。どっちが子供かわかんないじゃん」

振りむいて、軽く笑って言うと、ラヴはほんの少しだけ——目を細めた気がした。

________________________________________

侍女の間から出る、ひとりの騎士が静かに待っていた。

いつもなら無精髭にくたびれた鎧、口の端に煙草をくわえたどうしようもない中年男——

だが今日は違った。

正装に身を包み、髭もきちんと剃られ、背筋を伸ばして立つその姿は、見慣れぬほど整っている。

「おはよう、カール。相変わらず......正装は似合わないね」

「うるせぇよ、ガキンチョ」

「カール様?お口が悪いですよ」

仮にも女王である私に対し、軽口を叩くカールにラヴがすかさずたしなめの一言。

このやり取りは、もはやお決まりだ。

でも、近づいてみて——私はふと、目を瞬いた。

いつものたばこ臭がしない。代わりに、どこか安っぽい香水の香りが漂ってきた。

彼なりに、今日という日を、“式”として意識してくれているのだろう。

やがて、カールが片膝を床に付き、片手を差し出す。

それはまるで、貴族が舞踏会で令嬢を誘う仕草のようで——思わず目を丸くして、笑った。

「......どうしたの、それ。妙に様になってるじゃない」

からかい半分でそう言いながら、私はその手を取る。

「行こうか披露の会場へ」

並んで歩きだすと、カールがぽつりと呟いた。

「なぁ、イシャナ......少しだけ、かっこよかったって言ってくれたろ」

「うん。多少のぎこちなさはあったけどね」

「......俺は元々、スラム街のうまれだ。気品なんて、最初から持ち合わせちゃいねぇ。

だが......まぁ、なんだ......おめでとうな」

「......ありがとう」

たったそれだけの会話だった。

けれど、それで十分だった。

長い廊下に、私とカール、ラヴ——三人の足音だけが静かに響く。

その音さえ、今はどこか心地よく感じられた。

________________________________________

扉が見える位置まで来たところで、カールはそっと私の手を離した。

——ここからは、ひとりで行け——

彼の口は何も言ってないのに、伝わってきたのはそんな“合図”だった。

親離れのとき。

私だけじゃない。

カールも、ラヴも——私の親のようにずっと傍にいてくれたふたりも、きっと“子離れ”のときなのだろう。

だから私は、振り返らずに歩く。扉のすぐ前まで、ひとりで。

今から私は、成人の儀を受ける。

王女から、女王へと変わる。

今まで、大宰相たちが政治を取り仕切っていた。

けれどこれからは——この国の舵を、私が握っていかなければならない。

手のひらが、わずかに震えていた。

でも、深く息を吸い——

「よし!」

と、小さく気合を入れる。

ちょうどそのとき、衛兵が扉に手をかけた。

けれど私は——その動作を制して、走り出した。

来た道を戻る。

ラヴとカールの元へ。

「——大好き!」

ふたりの間に飛び込み、ぎゅっと抱きついた。

自分でも驚くほど、頬は熱くて、濡れていた。

たぶん、ラヴの涙......かもしれない。でも、私は見ない。見ていない。

そのまま言葉を聞けば——私は泣いてしまうかもしれない。

だから、ふたりが何かを言いかけるよりも早く、もう一度会場へと駆け出した。

扉へと歩きながら、私は思い出していた。

私を育ててくれた、もうひとりの大切な人のことを。

鍛冶職人、ラルフ

数年前、老衰で亡くなってしまったけれど——

彼が私のために打ってくれた短剣は、今も肌に放さず持っている。

(あの時の約束は、絶対に果たすから)

心の中で、静かにそう呟いて——

私は、扉の前に立った。

会場の中には、私の未来が待っている。

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