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第十節:強引な婚姻だ 

第十節:強引な婚姻だ 

イシャナは自室のベッドの上に腰を下ろし、ロゼル連邦の使者が残していった言葉を思い返していた。

 ——「ご返事は三日以内にお願いしますよ?」

 まるで、こちらが一切応答しなかったことを皮肉るかのような口ぶりだった。余裕を装ったその声音が、じわじわと腹の奥を焼く。

 (王権を撤廃されたら、この国はどうなる……。大臣たちが反対するとも思えない)

 すでに街では噂が出回っている。

 「鉱石の枯渇は王権の責任」

 「ヴァステン帝国との採掘契約は大臣たちの手腕」

 王宮の中にまで、それを信じる愚か者がいる。いや、わかっていて口にする連中すらいるのだ。

 イシャナは無意識に拳を握っていた。リュールが語ってくれた——エラシアの先王、彼女の父の言葉が脳裏をよぎる。

 ——「我らは、誰にも頼らず、自分の足で立つ」

 それは他国に寄りかからず、自らの手で生き抜くという覚悟。そしてそれは、父の個人的な信念ではない。エラシア王国全体の誇りだった。

 ……だった、はずなのに。

今のエラシアには、その気高さの影もない。セレフィム人との戦争で心を砕かれ、もともと帝国時代に分かたれた七つの国の中でも、とりわけ“本家”であるエラシア王国が最も弱く見られるようになった。そして、その中で各国との信頼も揺らぎ、大臣たちは国外の顔色ばかりを窺い、媚びへつらうことで立場を守っている。

 「王権政府の撤廃……? そんなことになったら、この国は二度と立ち直れなくなるわ」

 声に出してみると、重さが増す。

 「それに、突然他国が介入してきて、国民が納得するわけがない」

 でも——

 (……だとすれば、残された選択肢は一つしかない。多分、それが狙いなのね)

 イシャナは深く息を吐いた。

 ロゼル連邦から提示された、もうひとつの案。

 「ロゼルから後継者を送り込む……王権を“授与”する形式」

 「これなら——王権を継がせるまでに数年、うまくいけば十年は王権政府を維持できる。

 その間に内政を安定させれば……間に合う。きっと、大丈夫……」

 自分に言い聞かせるように、そっと呟いた。

……だが、本当にそれでいいのか?

 イシャナは、再び視線を伏せた。

 王権を守るために、自分が“誰かの妻”となる。

 そして、王座を“自分の子”に継がせる。

 それは、王の血統としては正統かもしれない。だが、その子には“エラシアの血”と同時に、“ロゼルの血”も流れることになる。

 (それって……結局、王権がロゼルに渡るのと同じじゃない)

 静かに、胸の奥が冷えた。

 形式上は王政を守っているように見えても、実際にはロゼルに根を乗っ取られる。

 ——いや、それだけじゃない。

 (私自身が、“王の器”としてじゃなく、“器を産む器”として扱われることになる)

 唇を噛んだ。

 その瞬間、思わず浮かんでしまう顔があった。

 少し不器用で、理屈っぽくて、でもまっすぐなあの瞳。

 ——リュール。

 (彼なら、こんな条件を飲んで黙ってはいない)

 でも。

 (……私は、王だから)

 イシャナはベッドから立ち上がり、静かにカーテンを開いた。

 窓の外に広がるのは、まだ眠る街。王国の灯。

 ——この国の未来を守るために。

 たとえ、己の人生を切り売りしてでも。

________________________________________

 翌朝。

 三日を待たず、私の意志は決まっていた。

 ラヴの顔は曇っていたけれど、私は——王だから、大丈夫。

 国のために、私なりのやり方で戦わなければならない。

 謁見の間にて、ロゼル連邦の使者へ向き直る。

 「後継者の件——受け入れます」

 その言葉が口を離れた瞬間、使者たちの顔がほころぶ。

 幾つもの礼の言葉や、労いの台詞が交わされていた……はずなのに、不思議と、その声はぼやけて聞こえなかった。

 納得のいく決断のはずだった。

 国を守るために選んだ、最善のはずの道だった。

 ——なのに。

 どうして、こんなにも胸が痛むのだろう。

 使者たちはひとまず帰国の途についた。

 見送りに立つこともできず、私は私室へ戻るのが精一杯だった。

 ベッドにそのまま倒れ込む。天井を見上げながら、ロゼル連邦の次の動きを考える。

 あの時、使者が言っていた。

 「婚姻は、一週間後に執り行います」と。

 おそらく、帰国の道すがら、すぐさま各国へ通達を回すのだろう。

 「これは政略結婚ではなく、本人たちの強い意志による結びつきである」と——。

 ……そうでもしなければ、辻褄が合わないのだ。

 今後の問題は、ヴァステン帝国との関係だ。

 エラシアとロゼルが“婚姻”という形で繋がれば、地政学的にはヴァステン帝国が挟まれる形になる。

 両国に挟まれた帝国が、いい顔をするはずもない。

 とりわけ——鉱石の件が絡めば、なおさらだ。

 元はと言えば、私を不当に拘束したことへの“贖罪”として、ヴァステンは一部の採掘権をエラシアに譲渡した。

 けれど今や、その鉱石をエラシアとロゼルの両国が共同で手にする形になる。

 そして、ロゼルの採掘局が“合意のもと”でヴァステンの地に出入りするようになれば——

 (……もう、止まらない)

 そのとき、ようやく気づく。

 これは“婚姻”ではない。

 王国を守るために差し出された、最初の“戦略兵器”なのだと。

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