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小銭貯金

作者: 雉白書屋

「うっ、重いな……よしっと……」


 おれは小銭がぎっしり詰まった大きな果実酒瓶を部屋の中央に運び、見下ろした。よくもまあ、ここまで貯めたものだと我ながら感心する。

 キャッシュレス化が進む時代だが、おれは電子マネーの仕組みがどうも肌に合わず、現金ばかり使っている。そうして財布が釣銭でパンパンになると、面倒だからそのまま瓶に放り込んでいた。

 気づけば、瓶の中身はほぼ満杯。その上、いつの間にかATMは小銭を受け付けなくなり、銀行の窓口では両替に手数料がかかるようになっていた。

 そんなわけで、ぼちぼちこの小銭を使うことにしたのだ。夜だし、今から全部を整理するのは面倒だ。とりあえず、五百円玉を何枚か取り出そう。

 おれは瓶の口に手を突っ込んだ。だが、ぎっしり詰まった小銭が固く抵抗し、指がなかなか入っていかない。砂を詰めた壺に手を突っ込む修行があったと思うが、こっちのほうがよほど効果がありそうだ。


「うっ。いてて……」


 掻き分けていくと突然、指先に痛みが走った。ゆっくりと手を引き抜くと、裁縫針が刺さっていた。

 なんでこんなものが……まあ、おれしかいないよな。たぶん、床に落ちていたのを見て『危ないな』と思い、とりあえず瓶に放り込んだのだろう。ああ、今度は画鋲が出てきた。これもきっと同じようにぶち込んだんだろうな。だが、今となっては余計危険だな。

 少し慎重にやろう……おっ、あったか。指で全体を撫でると間違いない。他よりもひと際大きい。まずは一枚……。

 そう思って摘まみ出すと、外国のコインだった。

 紛らわしい。引き続き指で掘り進めていく。

 ……ん? これはなんだ? うげっ、ゴキブリの死骸じゃないか。それから、干からびたムカデ、蛾の羽、ヤモリの尻尾。まるで魔女の鍋だな。

 そろそろ見つかってほしいんだが……お、これは……うあ、爪だ!

 おれの……だよな? だが、なんで……。あ、以前、酔った勢いで『修行だ!』とか言って、瓶の中に手を突っ込んだことがあったな。それで剥がれたんだ。うー、いてて。思い出したら痛くなってきた。というか、おれやってたんだな、修行。

 それから、これは何かの錠剤に、シャツのボタン、カフス、ネクタイピン、ブルタブ、パチンコ玉、たまに道路に落ちている銀色のやつ、何かの部品。まるで小学生の宝箱だ。

 それから、お守りに、昔別れた女からの手紙、切手、ポイントカード。うーん、微妙に捨てづらいから、とりあえずここに放り込んだんだろうな。今はゴミだが。

 おっ、やっと一枚見つけたぞ。でも旧硬貨だな。今どきの自販機やセルフレジで使えるかどうか、あやしいところだ。

 それから……これは、骨? ネズミのか? この小さな手の骨は……それに足の骨も……それから……いや、これ……人間の、赤ん坊の頭蓋骨じゃないか? だが、そんな、ありえない……。


「あっ!」


 まさかあいつか! 昔付き合っていた女だ。しつこく結婚を迫ってきて、面倒になったので振ってやったのだ。そういえば確か、妊娠したとか泣きついてきたっけな……。作り話だと思って無視したが、そうか、侵入して復讐のつもりでここに隠していったんだな。なんて女だ。気持ち悪い。

 他にはないだろうな……えっ、手が抜けない。

 奥まで突っ込みすぎたのか? この……え、なんだこの感触は……指? それに、爪か? 痛い痛い痛い! 腕に! 


 “それ”はおれの腕を掴み、強く引っ張った。引き抜こうとしてもびくともせず、代わりに、瓶の中から小銭が噴水のように飛び散り、床をじゃらじゃらと跳ね回る。鉄とアンモニアの混じったような匂いが立ち込めた。

 おれは瓶を持ち上げて壁に叩きつけようとしたが、できなかった。足が浮き上がり、体が瓶の中へずぶずぶと引き込まれていった。

 目の前が真っ暗になり、体が完全に動かなくなった。生温かい感触と圧迫感が全身を包み、嗅ぎ覚えのある匂いが鼻を刺す。


 ――ああ、そうか。 


 おれはそこで気づいた。

 あいつもこの中にいたんだ。

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