表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

幼女の聖女と悪役令嬢なる魔女の夢 ~悪女の周りは正当派ヒロインだらけ。辺境でやり直しを望む、とある貴族の選択~


「イギィイイイイイイーーーッッ!!」


 ……見目麗しい令嬢のあげた奇声に、オーレリアは目を横棒のようにして、頬に一滴の汗を浮かべていた。


 さて、どうしたものだろうか。

 両者の考えはそれぞれに正しさがあるように思える……。


 顎に指を当てて、まだ幼き皇女は、苦悶の表情を浮かべる【魔女】を見つめながら考えを巡らせた。



 ◇



 水の国、アリアメル連合。

 中立の国、ウィザ連合。

 原油の国、パレミアヴァルカ連合。

 帝国、オルエヴィア連合。

 戦鬼の国、イグニュス連合。

 技巧の国、アルファミーナ連合。


 祈りの国エレアニカ連合の、周辺各国。


 この世界には、【領域】と呼称される領地があって、そこをいくつかの貴族家が集まり、所有する地を管轄、支配している。

 そして領域は必ず、一つの国に属している。国とはつまり身の寄せ合い、領域同士を結ぶ結盟、これを【連合】と呼称している。


 さて、物語の舞台であるエレアニカ連合は、【エレアニカの教え】と呼称される、大きな宗教を擁する象徴的な国だ。

 その平等的な教えの象徴アイコンとして立つ一族がある。


 アイリーンの一族という。



 その一族の末裔たる血統者、名をオーレリアという。



 アイリーンを示す、人ならざるモノの如き、発色の良い銀色の髪を継承して生まれた少女は、生まれながらに象徴アイコンという宿命をった。


「では、今日はご相談ごとが初めにあるということですね? いえ、大丈夫、スケジュールの調整をお願い()()()()


 洗練された落ち着きと、淡いみやびを備えた、神聖の漂う屋敷の廊下を歩みながら、少女は、お付きの女性へ丁寧に答えた。


 発色する銀色の髪。

 手足のスラリとした身体からだ

 小さな、整った顔立ち。

 それらの――まだ背も小さな全体容姿。


 未だ、若干九歳の少女であった。そのような子が、一流の社交人と遜色のない、慌ただしい朝の支度を過ごしている。


「ラリアヴェール領域の、ロズワード家様ですか。――【魔女】? その女性、カティア様は……魔女と呼ばれているのでして? ふぅん――」


 オーレリアに相談が舞い込むということは、母の元に届けられる程ではないにせよ、よほどのことである。

 オーレリアはお付きの執事――この世界では、屋敷に仕える使用人は男女問わず《執事》と呼ばれる――から、一枚の紙面を受け取った。


「ルディールインス領域での講演、続いてアルタシア領域の大聖堂への挨拶、最後にお母様との少しの時間……。――ふむ、これらをあとに倒しての予定となると、なるほど、それは重要であるようですね。分かりまして」


 そして、オーレリアは象徴に相応しい、りんと前を向いた姿勢で言ったのだった。


「九歳の私の人生に出来る、限りを尽くしまして、今日も問題に向き合いましょう」


 彼女の真名まなは、オーレリア・アイリーン・ジュミルミナという。

 ミリアイリス・アイリーン・ルミナルクスの眼からは()()()()()()()視点から物事を解釈することを宿命とした、【ジュミルミナ】の役割を担う、次代の【最高位ルミナルクス】を継ぐ定めにある少女である。






 ロズワード家のカティア・ロズワードは、ヴィルヘルム家の次女であり、ロズワード家に嫁ぐ形で、リシュアン・ロズワードと寄り添った女性である。


 嫁ぐといっても婚約段階であり、結婚には未だ道のりがある現状だ。


 さて、ロズワード家のリシュアンという男、これが誠実にして男伊達の大した若者らしく、彼と寄り添うことを夢見た娘も多くあったという。そんな中、気位きぐらいが高く執着においては類を見ない性格のカティアが、庶民出身やら幼馴染やらのライバルを、フラグをバキバキのボッキボキに蹴破るような猛進で蹴落とし、見事、リシュアンの傍に収まったとか。


 だが、しかし。最も近い隣になってみないと分からないこともある。それも、世においてそれは、山ほどに。


 カティアは才に豊かであり、薬草学、人体の仕組み、経済の動きなどに聡い。

 特に薬草の知識については【魔女】の異名を取るほどに優れていた。


 これを活かさない手はない、彼女はこれを枢軸に『商業貴族』の側面も備えながら社交世界を渡り歩く構想を抱いていたのだが、しかし――。


「――夫リシュアンは現状の立場で戦うことに拘り、辺境へとし薬草産業をおこそうというカティア様の思想とは意見相いれず、諍いとなった。ふむ……情報だけを読んでも、切迫のところは見えてきませんね……」


 優雅ではあるが柔らかなデザインの内装、上下を示さない椅子の位置。

 気品良くも気和みの生まれる接見室で先に待ちながら、椅子に腰を下ろしたオーレリアは、顎にちょいと手を当てて首を傾げていた。


 と、やがて扉が叩かれ、カティア・ロズワードが姿を見せた。


「アイリーン様、お待たせの時間を煩わせてしまいましたこと、誠に恐縮でございます。恥ばかりの仕業をどうかお許しくださいませ」


 スっと頭を下げたカティアの所作は、抜け目なく、冷静に寄った社交上手を予感させた。

 オーレリアはふんわりと微笑んだ。


「とんでもございません、今日はお越しいただきまして、光栄()()。どうぞお席におかけくださいませ」


 カティアが距離を開けて対面に置かれた席に腰かけると、二三にさん社交的な言葉を交わし合ったのち、カティアが冷たいほど型に嵌った笑顔で言った。


「オーレリア様、今日も偉大な成長の、一歩を懸命する貴方様の尊い努力に懸命を覚えれど、僭越も過ぎてしかし望むならば、今は貴方様のありのままでいてくだされば、私の野卑やひな立場も、意味を報われるものと考えております」


 深く頭を下げたカティアへ、ぽりぽりと頬を掻いて、オーレリアは返答する。


「ありがとう、分かり()()()。では、そうですね、それでは僭越ながら、せっかくのことです、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 理由あり、ちょっと舌足らずないつもの言葉遣いでオーレリアは言うと、なんと自分で椅子を持って、「よっとっと」とトテトテとテーブル沿いを歩き、それをカティアの隣に置いて腰かけた。


 オーレリアは無垢に微笑み、面食らったカティアは、「え、ええ、一時の時間、隣にれるこのこと、まことに光栄に存じます」と、なんとか答えていた。


 オーレリアはマイペースに事を進めた。


「お茶の準備ができまして。どうぞ、お口に合いますように。菓子類も揃えていますが……私はこの、オブラートに包まったお菓子が、口の甲に張り付いてしまって上手く食べられなくて、どうにも苦手なのです。カティア様は大丈夫ですか?」


 九歳の子供の相手をしに来たのだっけ?

 そんなふうにさえ思わせる態度に、カティアは困惑を浮かべていた。そこまでを崩すとは彼女も思っていない。


 そうして、隣同士で話を始めて。


 ぽつりぽつりと。相手は皇女、カティアが言うのは『喋る』ではなく『発言』である。会話のリズムは固く、ぽつりぽつりと。オーレリアはそれに、リズムも個々別々《まちまち》に、貴族の、ジュミルミナの威厳を損なわないまま柔らかく応じる。


 時間は経つ、ぽつりと大きな雨粒のような会話の一つが、次第に大きな水滴になってゆく。


 そして、しばらくののちには――。


「ふぅむ。それではコレット嬢は、リシュアン様の柔らかいところに踏み込む度量が足りなかったために、遅れを取ったのですねぇ……。しかし貴方は、よくマルシェリー様を退けることができまして、状況を俯瞰すると絶望的でして」

「オーレリア様、現実の貴族恋愛っていうのはね、チキンレースなわけです。どこまで突っ込めるか、その賭けでしかない。純心? 思いの時間? 本質的な要点からはほど遠い。重要なのは、それを燃料にアクセル回して覚悟決めるってことで、そういう意味では、気位プライド、執着、それらは先に挙げたものと何ら変わらない、本質を遂行するための燃料なのです。最後は私のように強い女が勝つ」


 菓子類さえみながら、敬語も字面だけですっかり気勢を柔らかくして、カティアは『発言』ではなく『喋る』でもなく、『談』として話に興じていた。


「やはり勝負に兆しとあらば、アクセルを開けるのは迅速でしょうか? ここにはそういった話は届きづらいので、どうにも、私には定石も分からない」

「そりゃあもう兆しとあらば勝負は迅速、私たちの股になんで穴が空いてると思っていますか」


 そのような話も、オーレリアは菓子類を食みながら「ふぅん」なんて声を上げ、自然体で、興味深げに聞くだけだった。


「しかしかえがえすも驚嘆です、よくマルシェリー様に勝てたと驚いていまして」

「私はね、手に入れると願ったなら、それを手にするのです」

「ふむ、お話は分かりまして。では……お悩みとするところは、いったいどのようなところなのでしょうか?」

「それは……」


 途端に、カティアの顔が曇った。

 オーレリアは姿勢を特に改めず、菓子の後のお茶を飲みながら、彼女の話を待った。


「…………。それが、彼の目指すところと、私の展望とに、食い違いが起こっていて。それは大きな食い違いです。今抱える問題とはそれです」


 オーレリアは雰囲気の柔和なまま、ジュミルミナの威厳を崩さない程度の姿勢で、しかし九歳のある種における無責任さ的無垢も兼ね備えて、また菓子を食んでいる。

「王様の耳はウサギ耳ーッ!」、穴に向かってそのように叫ぶ童話があるが、カティアの心境は、あるいはこれに近かったかも分からない。

 凝り固まりのない言葉のまま、彼女は話を続けた。


「私としては、私の才を十全に活かすために、辺境へと越し、私の備えた薬草学の力で産業貴族としてお家を興す展望を見据えています。しかし彼は……リシュアンは、ロズワード家が元々築いた立場をして、それを更に興すことを夢見て、目指しています。その軋轢は如何ともし難いもので、オーレリア様の元へご相談が届いたという事の次第であったのです」

「ふぅむ。しかし、リシュアン様の目指す夢、そこへ注ぐ意思の程度については、カティア様、あなたの話を聞いていた限りでも伝わってきたことです。そのことはどういった心境の事でしょうか?」

「確かに、私も、彼が目指す夢と、湛えられた意思の強さは知っていた。けれど……最も身近な隣に在ることで、初めて、分かることもあるのです」


 そしてカティアは、テーブルに付いた手で、目元を覆った。


「ふむ。それはどのようなことなのでしょう?」


 オーレリアが訪ねると、カティアはしばらく黙って。

 そして、目元を覆う手を震わせながら、口漏らした。



「最も身近な場所で時間を共にすることで、分かった。リシュアン、彼は――――私が思うほど、才気の純度が、優秀ではなかった……」



「あー……」


 オーレリアは眉をかしいで、うめき声みたいな声を漏らした。

 あるある――世の理、諸行無常、そんな情を、眉の傾いだ表情に浮かべて。


「ロズワード家は斜行しゃこうです、衰退的とは言わないまでも傾き滑っている立場にある。リシュアンの才覚では、そこを立て直すのは無理でしょう。しかし私の薬草学を活かすなら、辺境でやり直しを望み、ロズワード家の財を復興させることは確実な手段です。辺境へ越すことは不服ですがね……。しかし、誰が見ても、それは確実な手段です」


 そこまで聞いて、オーレリアは気付いた表情で「なるほど……」と呟いた。


 カティアは目隠しの手を外し、オーレリアと視線を合わせた。


「今回、オーレリア様にお話しが届きましたのは、僭越ながら、ひとえに私の薬草学の才を惜しむ声からの事です。軋轢がもし致命的なまでに悪化すれば、最悪の場合、リシュアンの夢をひとえに支えようとする令嬢やらに席を奪われる、婚約破棄もあり得ます。そうなれば私は破滅です……。薬草学の力を十全に発揮できる身分は他にもあれど、権力の席を譲るつもりは毛頭ない。見かねて、このたび、オーレリア領域に声が届いたという次第でございます」

「うーむ……。リシュアンの夢をひとえに支えようとする令嬢やらが席を狙ってくる。お話を辿ってみると、あり得ることですよねぇ……」

「ええ、そうですね」


 そして、カティアは。

 額に、青筋を浮かべて。自分の額を五指で引っ掴む形で影を作り、そこに恐ろしい笑顔を形作った。


「――……バレてないと、思っているのか、あの女も、そして、マルシェリー、あいつも……。私から見えない影に隠れて……、コソコソと、人の物に汚らしい息をかけて……。今日、今この時も、鼠みたいにチョロチョロとリシュアンに息をかけていることは、知っているんだよ、あんの×××××……。――オメェにリシュアンの夢を叶える才覚なんてねぇだろうが、んの、ほんとに……もう……敗残兵の分際で…………チョロチョロチョロチョロ……。――――イギィイイイイイイーーーッッ!!」


 そうして、カティアは奇声を上げて、オーレリアは目を横棒のようにして、頬に一滴の汗を浮かべていた。


 事情を知らない者からすれば、カティアの奇声は脈絡を含まない、本当に気でも触れたようなものにしか思えなかっただろう。

 しかし、オーレリアにはその心情が良く分かっていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()創話そうわにおいて鉄板な展開であるからだ。


 コレット嬢。

 マルシェリー様。

 そして、()()()()



 マルシェリーは令嬢ではない。

 貴族の紳士である。



【エレアニカの教え】の、世間的な意味としての最たる特徴は、『同性愛の自由』である。

 エレアニカ連合、また【エレアニカの教え】を広く信仰しているアリアメル連合において、同性愛はなんら特殊でない、一般的な感性であった。


 さて、しかし、どうしたものだろうか。

 両者の考えはそれぞれに正しさがあるように思える……。


 顎に指を当てて、まだ幼き皇女は、苦悶の表情を浮かべる【魔女】を見つめながら考えを巡らせたのだった。






 調べてみれば、ロズワード家の財政は確かに、傾き加減であった。

 というより言葉を濁さず言えば、衰退の坂を今まさに転がり落ちている最中だった……。栄枯盛衰のすいにある状態である。


 リシュアン・ロズワードが当主を担った時期ののちから、坂を下るような衰退の勢いはどうにか緩やかとなったが、カティアの言う通り、これまで通りのやり方……つまり社交界でのし上がる類いの正攻法でどうにかするには、相当な天性的の才覚を必須とする荒業あらわざとなるだろう。そのこと疑いない。


 しかし、一方で。


 リシュアン・ロズワードがそれを成す可能性も、データの解析を見る限り、なくはないと見抜ける。もちろん高くはない……平面的に見て低い可能性ではあるが、社交界の噂から見るリシュアンの人物像からして、この人物であれば――、と思わせるカリスマも備えていた。


 さて、この大陸における社交界というものは、平たく言えば影響力のレースである。その影響力を活かして、統治する土地の交易、貿易の潤滑油となること、それがこの大陸における貴族の大きな役割。


 つまり社交界での噂は、影響力そのものであり、ということは、リシュアンは現状からして、そこそこの影響力を示しているということになる。


「ふーむ……」



 今のままだけでは厳しいので、自ら産業を興す、産業貴族を目指す選択が最良である。


 尊敬の褪せない先祖代々から継承した、ロズワード家の誇りを胸に、未だ自身にしか見えないその気高き輝きを証明するため、今までの方法でのし上がりたい。



「どちらも、展望は確かで、かつ、どちらも……リスクをしっかりと承知していましてねぇ……」


 多くの人はどのように考えるだろうか?


(それもまた千差万別、十人十色ということになりましょう。ふーむ……)


 アルタシア領域の大聖堂、その一角で悩んでいたオーレリアは、やがてお付きの者から受け取った紙束をパタンと机に置くと、サッパリとした顔で言ったのだった。


「うん、私にはどうにもできません。お手上げでして」


 そうして、相談事の関連について詳細に記された資料をお付き執事へ返すと、あとはもう、目の前の、別の問題に意識の焦点を移動させていた。


 もちろん、このあと会う約束のある母へ、この話を打ち明けることなどできない。

 予定された談話もそぞろに、相談と称して、丸投げの形で【ルミナルクス】へ今回のことを任せるような真似など、ナンセンス……できるはずもない。


 オーレリアはすっかり解決の責任を放棄していた。


 だがそれが――【ジュミルミナ】としての、彼女の選択であったのだ。






「一度、胸襟をひらけて話し合ってみることが良いことであると、私は察しまして」


 後日――。


 歓談に適した隣同士の席、今日も謁見とは思えない距離感でしばらく談笑を挟んだのちに。オーレリアはお茶を置いて、カティアへと告げたのだった。


「胸襟を開けて話し合ってみることが肝要。――恥ずかしながら示唆をかいせず、恐れ入りますが、私にその意味をお教え願えますでしょうか?」

「はい。――私にはレノリアという幼馴染がいまして、彼はそれはもう分かりやすく、私に惚れてくれていました」


 そのように、オーレリアが唐突に話し出したのは、転換も下手くそに切り出された、どうやら自分語りであった。


 悪い意味でマイペース的なそれに、カティアは目を点にした。


「しかし私がそのことに気付けたのは、好意を抱いてくれたその時期から、随分とあとのことでした。それはもう分かりやすく惚れていただいたというのに、どうして気付けなかったのかといえば、レノリアは私に接するその時だけ、いつも言葉を濁すように、なかなか話し明かしてくれなかったからです。彼のことを知る機会が少なかった、好意を向けてくれていたというのに、不思議なものです」


 唐突な話題ながら――しかし話すところの筋は理解して、カティアは頷いた。


「そうですね。そこが恋愛の妙のところです、特に若いうちは、その不思議も顕著でしょうね」

「おっしゃる通り、私は当時、レノリアの魅力になかなか気づけなかった。それに多く気付けたのは、そう、不思議なことに、以前より関係の距離が遠のいた、その時だったのです。彼が私に惚れてくれていたと気付けたのは、またそののちでした、その頃には、より多くの彼の魅力を知る機会を、私は得ていた。――ちなみに、残念なことに今現在は、レノリアには他の良い人が出来たというのが、お話のオチでして」


 そこまで話し終えて、オーレリアは席を隣にしたまま、カティアと向かい合って座した。


「恋愛の不思議は貴方様にしても言えること、でしょう? しかしこのたびは、胸襟をひらけて、つまり自身が自身の素と信じる側面を明らかにして、話し合うべきであると私はことを察しました」

「……それにまつわる根拠を、どうか拝聴させてくださいませ」


 カティアの冷たい瞳に映りながら、オーレリアは微笑んだ。


「カティア様、それはひとえに、リシュアン様の才気が思うほどではなかったと語った貴方様が、軽蔑や失望の情をまったく抱いていなかったことが根拠です」


 壊れぬ無垢の如き笑顔。

 壊れるところの想像できない、白ですらない純度の、無垢の、笑み。


 それを前に、カティアが、姿勢を改めた。


「軽蔑や失望に塗れていたのなら話は複雑だった。先のレノリアの話とは違います、この場合は恋愛のあと、駆け引きの時間は終わったのでしょう」

「いいえ、オーレリア嬢。それは永遠に続いていくのです。それが男女の関係というものであります故」

「恋愛の駆け引きは続いていくと? あるいは、部分的には、そうであるかもしれませんが……しかし繰り返しになりますが、先のレノリアの話とは、根底が違います。ねえ、カティア様。この場合、自身の素と信じる側面を明らかにして一世一代の勝負を挑むは――あなたが男女の関係において一心を尽くし魅了した殿方が相手であるのですよ?」

「――――。……。」


 瞳を見開いたカティアへ、オーレリアは続けた。


「そして、自身の素と信じる側面を明らかにするのは、他ならぬ貴方様です。純心や、思いの時間を足蹴りで蹴散らして、気位や執着を原動力とする貴方あなたはまるで悪女のようです。そして、最後に必ず勝つのが貴方あなたであり、そうして、手に入れると願ったならそれを手にするのが貴方あなたなのでしょう。――さて、それらを尽くし、悪女のように、まさに彼の隣に収まった貴方様にお尋ねします。

 彼が貴方様に寄せる“執着”は、並大抵のものでありましょうか?

 尋常ではないことであると思います。友として、幼馴染として、そして最大の理解者として彼の傍に寄り添おうとしたマルシェリー様を蹴散らした、その尋常でないナニカは、いったい何であるのでしょう。――彼が貴方様に寄せる執着以外に、考えられません。

 手札はもう表にされたのでしょう。結末を避け続けるにも限界があるでしょう、貴方あなたは悪女であり続けなければならない。貴方あなたがそれを信じ、貴方自身と認めている限りは。貴方あなたの性根は悪女なのでしょう、さて――。

 駆け引きの時間は終わり。結果は出揃いました。

 そして貴方様は、このたびの一世一代。

 いつものように勝利しますか? 破滅のように敗北しますか?

 勝算はどれほどでしょうか?」


 オーレリアは、含みを持たず、そのことを問いかけた。


 さんざ、ここまで煽り立てられて。


 カティアは、ニィと笑んで、――悪役令嬢の顔つきで言った。


「私はね、手に入れると願ったなら、それを手にするのです。――最後は私のように強い女が勝つ」

「さあ、チキンレースも本番です。幸運を祈っています」


 そう言うと、オーレリアは、カティアへ深く、白銀色の頭を下げた。


「今回のことは、若輩にも満たない九歳の身には、身に余り、私にはどうにもできません。ごめんなさい」

「――しかとお心を汲み取りました。大変に、失礼いたしました。これは、最初から私が解決すべき問題でありました、お時間を煩わせてしまったこと、申し訳ございません」

「いいえ、色々とお話できて、本当に楽しかった」


 そして、席を立ちかけたカティアは、ふと止まり、しばし顎に手をやった。

 そして、オーレリアへ尋ねた。


「レノリア様という幼馴染殿は、実在していらっしゃるのでしょうか?」

「いいえ」


 オーレリアは悪びれもなく、さっぱりと答えたのだった。


「あれは、私がこれまで見聞きした話の一つを、自己視点になるように改変して話した、創話そうわです。残念ながら私に惚れてくださった幼馴染は実在しませんが、しかし……私がこの目で見て、そこからありのまま感じて胸に秘めた、それは、実際の話でもあります」


 そして、オーレリアはニッパリと笑った。


「私は【エレアニカの教え】のジュミルミナ、幼き星の象徴たる光。けれど照らせるものがあるとすれば、それは私の見ているものくらい……。その小さな光が照らし出した実直を語ることこそ、ジュミルミナの使命。そうして、迷える者の眼前を少しだけ照らし、『|何かを成す者とは、自身がすでにそれを成すことを知る者《あなたはこんなにたくさんを持っているんだ》』と示唆する子供こそ、私であります」





 ◇



 オラッ、辺境へ越すぞ、私は貴方あなたの誇りも全て背負い愛するわ、マイダーリン。お家の繁栄が第一。はい出発。


 ――本当に、そんな勢いであったらしい。


 彼女カティアの言った通りになった。

 手に入れると願ったなら、それを手にして。そして、最後は私のように強い女が勝つ。


 マルシェリーなどロズワード家において今や過去である。

 彼女カティアの気勢、そしてその中に含まれた真摯に打たれたリシュアンは、夢としていた展望を撤回、お家の繁栄を第一に、辺境へと越し商業貴族としての新たな一歩を踏み出し始めた。


 使命が誇りを帯びて、一言では語り尽くせなくなった、夢。

 しかしオーレリアの言うことも、またその通りであったようだ。リシュアンがカティアに寄せる執着もまた、大きなものだったのだ。


 まあつまり、今回の一件を要約すれば。

 夫婦仲を円満に成立させるには、結局、古今東西において冴えたやり方は一つも変わらぬ、ということであった。


 夫を尻に敷いてしまうのが一番よろしい。


 胃袋を掴み尻に敷けば、それで円満である。どころかカティアは、ロズワード家再興に欠かせない才覚すら持ち合わせている、事の成り行きは自然であった。人間は性格とは限らないのだ。


 とはいえ。


 カティアとリシュアンは、本当に長く連れ添ったようだ。


 晩年、カティアが薬草学の研究発展を理由にリシュアンから離れたが、リシュアンはその後も再婚はせず、独り身であった。晩年も熟した頃には、二人は再び寄り添ったとか。


 カティアの研究は薬草学に革新をもたらし、医療、獣医療、栄養学、農学、食品化学に携わるロズワード家はエレアニカ連合随一の名家に成り上がった。カティア・ロズワードはその貢献について、「私は、手に入れると願ったならそれを手にするし、最後は、私のように強い女が必ず勝つ」と、まるで悪女のような台詞を残したという。



 


ここまで読んでくれてありがとう!

もし面白いと思って頂けましたら、評価、感想等をぜひお願い致します。


この小説は、下記作品のスピンオフ作品です。


令嬢リプカと六人の百合王子様。 ~妹との関係を巡る政略結婚のはずが……待っていたのは夜明けみたいに鮮やかな、夢に見た景色でした~

https://kakuyomu.jp/works/16816452220094031820


小説家になろうでもお読みいただけますが(https://ncode.syosetu.com/n5524gy/)現在はカクヨムで最新話を連載しております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ