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ひねくれ魔術師と契約少女  作者: 水迅
序章 ――人による、人が為のラグナロク――
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ユグ・ラシャールはこう言った

 賑わいを見せた朝食も終わり、喫茶が開店する。律加は外に出て勉強に、従業員でないユーゲンらはそのまま二階で休息を取っていた。ある程度回復したと言えども重症の身、ユーゲンはベッドの上でただひたすらに横たわるばかりだった。対する古詠は、店主の私物である雑多な書籍を読み漁っている。昨晩に読書許可は取っているので、彼女は十分に暇を潰すことができた。

 そして店主曰く、諸々の話は閉店後。つまり午後八時過ぎに集まるとのこと。その間、ユーゲンはまだ顔を合わせたことのない彼、ユグ・ラシャールについて考えを張り巡らせていた。


「なあ契約少女、ユグ・ラシャールという男、お前はどう思った?」


「どうって何が」


 楽しく読書をしていたところに、いきなり他人に声の栞を挟まれた少女は、苛立ちをもって返答する。読んでいたのは小説のコミカライズ。丁度、魔法使いが詠唱をする場面だった。


「雰囲気だ。どうせこの後会うのだから見た目はどうだっていい。肝心なのは、どんな人間であるか、ということだ。お前から見て、どんな人間だった?」


「んー、どうだろう。良い人だけどちょっと不思議な人、かなあ」


 読書が止まったついでに身体をほぐしながら、少女は昨日を振り返る。彼女の視点から見て、ユグは良い人である、以上のモノは無かった。だが、それでも引っかかる部分があると古詠は言う。


 「よく分からないけど、『この世界の調査をしていた』って言ってたのが妙に引っかかるんだよね」


 「この世界の調査、ねえ……」


 ユーゲンは何か思うところがあったか、目を細めると再び思考の海へと潜る。古詠は変なユーゲンだなあと思いながらも、読む手を再び動かした。

 このような時間が続き、夜の八時を回る頃。店主からの呼び出しでユーゲンと古詠は一階へと降りていく。そこには夕食の準備を終えた律加とユグの両名が、ソファー席に腰掛けていた。


 「こうして顔を合わせるのは初めまして、だねえ」


 口角を弧の形へと作り上げながらユーゲンの方へと歩み寄るユグ。対して、裏口の扉の前で立ち止まったままのユーゲン。両者の間が拳幾つかになったところで、ピタとユグの動きが止まる。


 「いやだなあ、食事時にスプラッターは宜しくないよ」


 「警戒するのは当然だろう。それに今、一息に目の前の人間を殺せるのは私ではなく貴様だと思うが」


 ユーゲンの手のひらに展開された魔方陣からは、いつでも攻撃ができるように魔力が蓄積されている。ユグの側には魔方陣が展開されていないが、彼はユーゲンの言葉を否定しなかった。


 「私は『魔導階位:ハート真一位』のユーゲン・ハートマン。貴様は?」


 「僕はユグ・ラシャール。……しがない魔術師だよ、貴方に比べればね」


 ユグは一歩後ろに引いて頭をやや下げたが、ユーゲンはなお警戒心を解かず。寧ろさらに勢いを強め、魔方陣の回転が更に速まる。流石に驚いたか、律加たちは止めようとするものの、彼の出す覇気に呑まれ言葉をうまく吐き出せずにいた。口を挟めたのは、バルスターのみ。


 「ユーゲン・ハートマン、せめて外でやれ。彼女らが怯えているだろう」


 「……ユグ・ラシャール、貴様なぜ魔導階位を名乗らない。魔術師において、階位を示すのは当然の礼儀、それをしないことの重みを知らぬわけはあるまい」


 ユーゲンは店主の言に耳を傾けず、ただ冷徹にユグを詰める。そこには一切の慈悲は無く、見ている者の息を殺すほどであった。その圧に押しやられてしまわぬよう、ユグは弁明する。


 「これに一切の謀は無いよ。僕は野良の魔術師だ、魔術省に登録もしていない」


 「まさか、ではどうやってそれほどの魔術を修めたと? 独学か? あるいは、在野の賢人から学んだか」


 「実戦だよ。故に、僕は実学的な魔術しか修めていない。唯一、得手となる召喚魔術だって他より抜きんでるほどじゃない」


 頭が上がり、その芯が通った目には、少なくともユーゲンには敵意を感じとれなかった。致し方ない、そう呟くと、彼は魔方陣と臨戦態勢を解いた。


 「これ以上やっても無駄だ、それよりも現状の把握をするぞ。あの戦いの後、何があった?」


 即座に思考を切り替えさっさと席に腰掛けると、ユーゲンは状況整理を開始する。遅れて座った古詠とユグを合わせ、店主を除いた四名による夕食兼会議が始まる。


 「あのあとは大変でした。私たちからすれば、突然大きな音と一緒に飛行場とその周辺地域がぐちゃぐちゃになっていたんですから。今は原因調査中で、駅より南の地域は立ち入り禁止になっています」


 とは律加の言。周辺には厳戒態勢が敷かれており、近づくこともかなわない。

 

 「そうきたか、どのみちという話ではあるが、ゲートのあるアメリカへ行くのはより難しくなったな。ここいらに被害は無いだろうが、避難勧告などはあるのか?」


 「全くもってないね、そもそも負傷者ゼロ人だし。……ああ、これは向こうの認識だよ。彼らは魔術なんて知る由もないからね。君を運ぶのも、彼らが惨状を把握するよりずっと早かったから」


 ユーゲンの問いにはユグが答える。おおよそ戦場の話はここで終わり、次はユーゲン本人の話へと移る。ちなみに古詠は夕食のハンバーグをもくもくと食べている。少し冷めてしまってはいるが。


「ユーゲン・ハートマン。君についてだけど、身体に関しては問題ないとみているよ。特段医術の学があるわけではないから、外傷はこの世界の医師を頼るといいさ。問題は――」


「魔力だろう?」

 

「そうだね。君の中には今、本当に僅かばかりの魔力しかない。それだけならまだいいのだけど、この問題というのは魔力の補給にある。君もとうに理解しているだろう、この世界には魔力が存在していないという事を」


「まあな。おかげでこの世界に来てから、一度たりとも回復したことは無い。……いやまて、まさか……!」


 ハンバーグランチを口にしているユーゲンは何に気づいたか目を見開き固まる。どうしたどうしたと古詠と律加の視線が彼へ向けられる中、ユグはそのからくりを、好事家がその好むところを披露するかのように話す。


「これこそ、僕がこの世界にきてより初めて開発した稀代の魔術! 摂取した食物から取れるエネルギーを魔力に変換する変換魔術さ! それを失礼ながら、君にかけさせてもらった」


 ユグが指をパチンと弾くと、ユーゲンの身体に魔方陣が浮かび上がった。但し、服を着こんでいるため見えることは無いが。


「おそらく朝食の分で少し回復したんだろう。そして君の感じた通りなのだけれど、この魔術は変換効率が良くない。加えて、身体に回す分のエネルギーを横から分捕っているため、下手をすれば身体を壊しかねない危険性もある。まあ先ほどは息を巻いたけれど、決して手放しに褒められるものじゃないんだよ」


 「店主、ハンバーグとご飯おかわりだ。――それで? 回りくどい話はよせ、つまるところ何を言いたい」


 「ハート真一位」


 ユグはスンと表情筋を落として、宣告をする。静かな合間、ジャズが差し込んだのは束の間。


 「結論から言うけど――この世界にいる限り、君の魔力が完全回復することは無い」


 ユグ・ラシャールはこう言った。

ちょっとした連絡ですが、更新頻度を上げるために一話当たりの文字数を少なくします。

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