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ひねくれ魔術師と契約少女  作者: 水迅
序章 ――人による、人が為のラグナロク――
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まるで神話を幻視する(Ⅰ)

 ワルキューレ。それは北欧神話にて語られるモノ。かの大神オーディンに仕え、来たるラグナロクへ向け強き英傑を宮殿『ヴァルハラ』へ招く。人間とは一線を画す、神話的超常存在である。ともすれば、人よりもその身体技能が超越していても何らおかしい話ではない。たとい名の知れたワルキューレ、ブリュンヒルデなどではない、この神話物語に綴られていない名無しのワルキューレであったとしても、そもそも存在の規格が違う。

 だがここに、張り合おうとする男がいる。


 「この身この意志、八束(やつか)の寄る辺。波濤(はとう)(はし)りて赤河川(せきかせん)

 九つ束ねて聖者の王家、五日を再び祈りて弾け。その神、言祝(ことほ)ぎ今(くだ)らんと。

 体躯は爆発四散をとどめ、滾り満ちるは六根清浄(ろっこんしょうじょう)。死線が過らば賛歌を録せよ。

 (から)の頂点に七星、これを見よう。地の果てに鉄火、これを飲もう。

 即ち究極の一射が備わり、この世に伝わり、故に我あり。

 第一魔術――『オーバード』!!」


 十三ある上級魔術、その一つ目。大敵が召喚されることを前にして彼が唱えた至高の魔術。身体を強化する強化魔術の限界を超えた、人のみでありながら超常へと至る力。通常の強化魔術の強化幅を十とするなら、これは百を数えるに余る。無論、相応の負担はある。身体の節々へ相当量の魔力を巡らせているため、調整をしくじれば爆死する。その為、通常はスマートで筋肉質な身体も、この状態では筋肉が大きく膨らむ。

 これと咄嗟に仕掛けた妨害により、どうにか勝負の席に着くことができたのだが、しかし未だ彼は敗色濃厚である。


 「この、現代の装束……なかなか慣れないな。まあいい。良い判断だ、魔術師」


 「てんで対等じゃないくせによくもまあ……知ってるか? 上位の奴からの賛辞は結構むかつくぞ」


 「知るか」


 彼の言葉を一蹴すると、ワルキューレは瓦礫から鉄の棒を取り出す。警戒態勢を尻目に、彼女はその棒先を鋭くとがらせた。即席の槍が此処に。それを彼の方へ勢いよく、且つ敵意は無く投擲する。


 「これを開戦の合図とする。もう無駄口は叩かない方がいい」


 そう言い切る間に、広範囲、遠方に壁が薄らに見える規模の結界が貼られた。それはこの場においても姿を見せない、彼女の召喚者によるもの。皮肉にも、先のスカルとの戦闘と状況が酷似していた。但し、今回不利なのは彼の側だが。意趣返しか、と心中で悪態をつくのも、これまた無理もない事である。

 しかし結界に意識を向けたその刹那、彼女は地を蹴飛ばし、しなる体躯で空を裂き彼の目前へと躍り出た。途端下から突き上げた右の拳が腹を打ち、次いでもう一方の拳が頬ごと彼の身体を殴り飛ばした。安定を失った肉体は宙を泳ぐも、彼は素早く地に足をつけ体勢を立て直す。泳いだ分の開いた合間を埋めるが如く、魔力の光線が地を削り奔る。


 「委細は令に下す。『汝敵を討て(バルハート)』!」


 「これは……!」


 彼女は反応が一手遅れたか、回避でなく防御を取る。両腕を交わしたが、第一魔術により攻撃魔術の威力も大幅に上がっている為、その身体ごと包み爆裂する。


 「追加でくらえ……!『汝敵を討て(バルハート)』」


 手のひらから放たれるこの魔術は、充填にしばし時間を要する。しかしユーゲンは一発目を放った時、すでに充填を開始していた。そのため間髪入れずに敵へ放つことができる。

 二発、三発とはなったその時、魔力のことごとくが弾け飛ばされる。否、ワルキューレにより吹き飛ばされたのだ。


「驚いたな、これが異界の魔術か。詠唱により呪術的効果、いや即物的現象をもたらすというべきか」


「随分とまあ、あんた、知識欲がよ……結構ある方だろ」


 「そう見える? いやそれも無理ないか、これでも中々余裕がすり減っているんだぞ」


「まったく、派手に飛行場をぶち壊した奴の言葉とは思えんな」


「ヒコウジョウ? ここに何かがあったか」


 ただの攻撃魔術では効果なし、であれば第一魔術の本懐、肉体戦へと切り替える。というのも、彼はこの時実感した。魔術師の戦い方では勝てないと。ここからは戦士の戦い方でなければいけないと。

 そこからは格闘戦であった。もしカメラがあったなら、瞬間ごとを切り取るようにしかとらえられないような、この場を縦横無尽に駆け巡る戦い。空を走り、双方ともに背後を取り、相手を地に叩きつけんとする攻防。パチリ、パチリと魔力の弾ける光景が、緊迫した空気を作り上げている。

 その中、ある瞬間にてユーゲンは先手を取られ、力の入った拳により地に撃ち落される。その勢いの様は、上がった土煙により彼がどこへ行ったか分からなくなる具合であった。


 「見失ったか……。まあいい、おおよそ見当はついている」


 戦乙女は幽鬼の如く地に降り立つ。その足取りは跳ねるような調子だった。


 ――スイーツ屋なんぞに吹き飛ばしやがって。いやなに、むしろこいつは好都合だ……。魔術師に時間を与えるというのがいかに面倒なものなのか、奴の余裕面を駄賃に教え込んでやるさ!


 純粋な暴力と、一つまみの策略が入り混じる。



 ●



 歩く。歩いている。少女はただ真っ直ぐに。ぶちまけられたような火炎から目をそらし、ひたすらに歩く。どこか鳥肌が立つような、髪がひりつくような、それでも歩く。大したことではない、こうしているのは、彼女からすれば普通のこと。ただ疲れたから走らない。走ろうともしない。後方に迫る魔の手があること、自身の置かれている状況、知っていてなおその足は変わらない。


 「馬鹿みたい、ホント何やってんだろ」


 この子は嗤う。腹から絞り出したような声で。


 「もういいや、足痛い」


 嘲笑交じりも諦めて、思うままにしゃがみ込む。360度寸分の違いしかないような景色を望んで、ああ、爆弾でも落ちてきたみたいだ。と、そのまま微睡んで行こうとして。

 

 ――そうして空を見上げたら、星が落ちてきました。ああ、今ならようやく届くかも――。



 ●


 

 物事とはその準備の成果によって良し悪しが定まる。故に、急ごしらえというのは常々大した効果というのは見込めないものだ。しかし、時として天秤に触れたかと思うように思わぬ結果をもたらすこともある。それをよく知る賢者曰く、魔術の辿ってきた道のりとはそういうものだ。だからこそ魔術師を相手取ってはいけないのだ、と。

 つまるところ、此度の天秤が示すのは――。


 「落下地点にはいない……しかし地には赤い血が点々と」


 彼女は地を凝視し、顔を顰める。どうにも神代世代にはスイーツは甘すぎたようで、辺りに充満したその臭いで鼻が麻痺していた。こうしてはいられない。そうして店外へ向かおうとした時、彼女は魔方陣を、厳密には魔方陣の隠れた所を踏んだ。


 「何……? いや、明るくなった……」


 ボロボロの天井に備わった明かりが、弱弱しく光を灯す。それ以外には何も、本当に何も起こらない、それだけの魔術だった。店外にも所々明かりが見え、結界内の全てではないが、まるで電気が通っているようであった。

 全く虚を突かれたと、彼女は笑う。


 「見ているのだろう? 召喚者。これは中々どうして面白いな?」


 静寂。


 「……つまんない」


 足取りは少し重く――加えて気持ち程度は慎重に――地を濡らす赤点を辿る。そうしてある程度進めば、彼女は開けた場所に出る。血は確かに、その中央で途絶えている。彼女は思考する。ここで勇み足を取るのも面白い。だがそれでは、文字通り足を掬われかねない。ではここはやはり、慎重を期すべきか。とまで考え、思わず彼女の口角はつり上がる。


 「出てくるがいい、魔術師。でなければこちらから引きずり出すまでよ」


 彼女は、見よう見まねではあるがと呟き、掌に力を込めると、魔方陣を介さずに魔力弾が生成された。それを断続的に、且つ放射型の出力へと書き換える。


 「お返しだ。但し威力に関しては保証しかねるがなッ!」


 閃光が走り、極光が辺りを融かす。その威力はユーゲンの放ったもの(バルハート)より数段上。


 「さあ、出てこい」


 光の中で笑う。


 「まだか、予想だにせん威力だな……」


 白い世界へ呑まれたことに彼女は数分遅れで気づく。そして怪物に食われたような気味の悪さの中、音を聞いた。それは音楽。西洋から東洋を越え、あらゆる大陸のあらゆる文化が織りなす響きが四方八方を駆け巡る。

 視力と聴力の頼りを失くした彼女はその場でひたすら待機する。下手を打たないように。


 「絶対有利を取れば、強弱はいとも易く変わる。現代を知らないことが仇になったな」


 スイーツ店内。ユーゲンは魔方陣の内にて、映写魔術により映されたワルキューレを見ていた。


 「遥か彼方に龍が亡く、此方こそに勇猛を示す。

 始原の龍は語る。気高き王者の繁栄を――」


 第三の上級魔術を唱えんとした時。それは突如として訪れた。


 星が、空が落ちてくる。


 「朽ちて果てて終わりを覗いて。かつて世界は無限を描いて。

 しかして全て、夢想の果て。月光を肴に、歌い手は此処に。

 残響に閃光を、愚か者に絶滅を。生存の道を歩まんと、藻掻くものにこそ泡沫を。

大魔術『ユカタンに(バルダイノセン・)刻みし終(パロツクライ/)焉理論ユカタン』」

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