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ひねくれ魔術師と契約少女  作者: 水迅
序章 ――人による、人が為のラグナロク――
3/14

いびつな二人

 少女は頭を抱えていた。この意気揚々と拉致宣言をして見せた男が、なんと夕食を拵えてきたのだから。しかも魔術で調理場から皿ごと浮かせて持ち運んだともなれば、いよいよ摩訶不思議の類だと彼女は理解せざるを得ない。そう机に腰掛け、きれいに整った和定食を見下ろしながら、少女古詠は目の前の事象に折り合いをつける。


 「ねえ、これはどういうこと?」


 ようやく発したその言葉に、対する男は食事ではなく少女に顔を向ける。二本の箸を器用にくるくるとペン回しをしながら、取り敢えず食事の席を設けたとの言。彼は、馬鹿じゃないのか、まず名を名乗れと怒りを一つ差し向けられる結果となった。


「確かに。こちらが一方的に名を知っているだけだったな。では自己紹介を、俺はユーゲン・ハートマン。ハート真一位の魔術師にして、此度の契約少女輸送の任を預かった者。この世界ではない、異世界からの来訪者、というやつだ」


「い、異世界の……? この世界ではなく?」


「ああ。異世界だ。現に人種だって違うぞ。例えば、俺のハートマンという姓はこちらでいうヨーロッパの方面で見られるらしいが、俺はヨーロッパ人ではない。それだけでなく、この世界の人類そのものと異なっているのさ。果たして、この世界の人類は俺をホモ・サピエンスと定義できるだろうか」


「はあ……」


 人間の頭とは都合の良いもので、こうも突拍子が無いと返って冷静になる。古詠もどうこうしようという気は失せており、バイアスのフィルター越しに彼を見ていた。寧ろ好奇心が湧くほどで、幾つか質問をしていた。何故異世界人のくせに和食が上手なのかと。彼は、レシピ通りにやればそのままに出来上がるだろう、魔術と変わらない。と返答した。そうしてぽつぽつと会話をしながら、この、どうにも現実味の無い夕食は終わりを告げた。起きているのに夢見心地だと、少女は感じていた。

 空になった皿が廊下を浮きながら渡り、調理場へ帰っていくのを尻目に、ユーゲンは言葉を零した。


 「律加といい、お前といい、どうしたってそう危機感が欠如しているんだ。今、差し迫った危険がそばにあるというのに」


 「よく分からないけど、連れて行ってくれるんでしょう? 異世界に」


 「何を言って……いや、言うまいよ。こちらとしては好都合だ」


 古詠の視線は部屋の本棚、異世界モノの書籍へと向けられている。彼にとってこの任務は死神仕草だったが、彼女にとっては心躍る幻想世界への、非日常への招待状だったのだ。この認識の差異に気づくことは無く、ユーゲンは不気味さを人知れず抱いた。その為か、会話の主導権は自然と彼女の手に渡る。


 「ねえ、何時連れて行ってくれるの? 異世界とやらにさ」

 

 どこから取り出したかスーツケースに服と本、それとなけなしの金銭を詰め込んで、うきうきと少女は問う。しかし、男はそれを一蹴する。そんなことは知らん、と。それに対する抗議の視線をよそに、距離の近い奴め、歯を磨いてから黙って寝ろと言いつけて、ユーゲンは部屋を後にする。

 初めての明るい夜。見えない星を窓越しに見つめながら、彼は考えを纏める。


 「全く楽じゃないな」


 彼にしてみれば、ちょっとした悪態もつくだろう、只の任務ではないのだから。明確に殺意を向けられている、敵が今もどこかに潜んでいる。ユーゲンとしてはそのような状況、想像していなかったわけではなかったが。


 「任務と見せかけて邪魔な俺を排除しようって魂胆か」


 ユーゲン・ハートマン。ひねくれ者で嫌われ者。こういったことにはこれまで幾度と対処してきた。しかしよもや、世界を隔てた殺害計画を立てられるとは、と彼は思う。続けて自分はともかく、少女が問題だと。


 「ゲートはニューヨークのビルにしかない……もし敵を無視していけば、旅客機ごとこちらを殺すことを厭わないだろう。……それが魔術師だ。命に不平等があると信じて疑わない異常者ども、国どころか世界が違えば、人といえども奴らにとってはゴミ同然だ」


 「そ、それは……」


 足跡と共に消え入りそうな声が廊下を歩く。そこには不安そうな顔をした少女がいた。

 

 「21時を回ったぞ。夜更かしなんぞするもんじゃない」


 彼は思案を打ち切ってローブを翻し去っていく。古詠は勇気を出して、彼を呼び止めた。


 「ねえ、教えてよ。貴方はどうしてここまでやって来たの?」


 「ほう、それじゃあお前の謎も教えてくれるっていうのか? 戸籍もなさそうな子供(ガキ)が」


 振り向きざまの返答は実にひねくれたモノだった。少女は暫く答えに窮したが、ふと疑問を一つ零す。

 

 「戸籍って、異世界にもあるんだ。そういうのなさそうなのに」


 「お前……戸籍制度が無いとでも思ったか? ま、有ると言えども国の管理じゃないがな。そもそもこの国には古くに庚午年籍だのがあるんだ、文明レベルでいうのなら、此方にあってもおかしくはない」


 「こーごねんじゃく……? なにそれ」


 言われた古詠はそのあたりの知識はからっきしだったようで、言った側のユーゲンもこれには肩透かしを覚え、仕方がない、続きは明日になってからだ。と言葉を残して去っていった。少女は部屋に戻り、お気に入りの異世界モノを読み返した後、眠りに入った。





 夢というのは不思議なものだ。そこには現実を参照したものはあれども、現実は無い。あるのは明らかな空想か、あるいは限りなく現実味のある何かである。科学的なことはさておき、魔術の学問、魔学的には刹那的な世界の創造、精神世界との接触だと考えられている。高名な魔術師曰く、精神世界とは、即ち現実世界と等しいのだとか――。

 それはともかく、魔術がどうこうと言わずとも、悪夢を見れば心持が良くないだろう。しかも夢などは記憶に残さないものだから、大抵は後味の悪さのみを味うことになる。そう、此度の古詠はまさしくこの通りの夢見心地であった。


 「私さ、卵焼きは甘い味付けの方が好きなんだよね」


 「起きてからやたらと周りにケチをつけて回るじゃないか、お前。言っておくが、残そうもんなら口に詰め込むからな」


 「分かってるよ。それよりさ、昨日の続きを話してよ」


 朝食の席。とっくに食事を終えたユーゲンに、卵焼きをつつきながら古詠は言う。昨晩と同じように、自分の分の皿を調理場へと帰らせると、茶を一口啜ってから彼は語り始める。


 「いいか、ここから先は俺たちが持っておくべき最低限の共通認識だ。それ以上のことに疑問を持ったとしても、この場では口を開くな。しかるべき所を待つんだ」


 「分かった!」


 「……元気があって何より。ともかく、当初の予定はまず果たせない。何故なら、俺たちは命を狙われているからだ」


 「へえ、私だけかと思った」


 命が狙われているにしては態度が落ち着きすぎる。とユーゲンは思った。もしや日本人というのはこういった手合いなのかと、裏であらぬ誤解が進んでいく。


 「その敵というのは魔術師だ。しかも昨日襲われた。奴はこの都市の全土に魔方陣を張り巡らせていた、相対すれば全く楽では済まない。とかくこいつを片付けるのが最優先事項だ。お前のことはその後。下手に動けば敵はお前も殺すだろう、どうにも厄介だからな」


 「その厄介ってどういうこと? そもそもどうして私は狙われているんだか」


 「確かにその点の説明はいるだろうな。尤も、本来なら顔を合わせた時点で問い質すべきことだが。その前にお前、自身に不思議な力、及び現象が在ると自覚しているか?」


 「うーん、()()()ないかな。あ、でも昨日は大社の方がすごく騒がしかったよ。ちなみに私はその頃、この部屋で本を読んでいたんだ。……誰かさんが扉を蹴り飛ばすまでね」


 少女は暗に抗議の視線を向けるが、ユーゲンにはてんで気づかれない。妙なところで機微に疎いのがこの男である。


 「なるほど。しかしうちのお偉方はお前を危険視した。この世界を秘密裏に調査した者の報告によると、この世界のあらゆるモノの中で唯一理解しがたい力、魔学でも科学でも一切解明できない『暗黒』。その反応元がお前だったわけだ。しかし、お前が自覚している通り、ご本人は多少生意気な小娘に過ぎない」


 「何さ」


 「ともすれば研究しかない。有用ならば人として封印する、そうでなく、全く危険であるなら亡き者とする。そのために『王国まで』連れてこいというのが命令だったわけだ。表向きはな。実のところは俺共々面倒を消し去ろうという策略だったのだが」


 「それがさっき言ってた敵に繋がるんだね。貴方もこんな事、引き受けなければよかったのに」


 かちゃりと皿が鳴る。古詠も食事を終え茶を啜る。その間、少女は顔を合わせようとしなかった。


 「不本意だからな。実のところ俺も拉致られたのさ。睡眠薬を盛られて、気づけばアメリカがニューヨーク、そのビルにある一室ときた。しかも依頼人の代理としてやってきたのは縁故のある人物。最低限の事だけ教えられて、後はやるかやらないかを迫られたのさ。相手も代理で知り合いだから、どうにも申し訳がないと口にしていたがな」


 「結局、受けたんだ」

 

 「元より退路は断たれていたからな。それに、この世界に興味があった。お前自身のこともな、契約少女。あくまでも我々の見立てだが、お前は何らかの超常的存在と契約をしている。おそらく無意識に。まあ、研究というのは俺の目的でもある。自己紹介の時にも言ったが、俺も魔術師だからな。……さて、以上で説明は終わりだ。これ以上だらだらとやっていてもしょうがない」


 ゆらりと立ち上がり、部屋を出ようとしたユーゲン。古詠はただ口を開くことなく思案に更けていた。時刻は既に九時を回っており、冷えた空気も温まってくる。暫くして、ローブからロングコートに着替えたユーゲンが戻ってきたが、古詠は窓から外を眺めながら、ぽつりと問いかける。


 「貴方は魔術師。それで、昨日魔術師は異常者だって言っていたよね。人の命を奪う事を厭わないと。貴方もそうなの?」


 ただ真っ直ぐ、少女は外を見ていた。彼は、この時ばかりは自身のひねくれたモノ言いを潜め、拳をギュッと握りしめた。


 「俺も、命を奪って生きてるよ」


 その後、一時間か、二時間か。昼時に近くなった頃合いで、ようやくこの洋館内で言葉が反響した。内容は端的、かつ明瞭なものだった。


 「外へ行こう。新しい拠点探しだ」

良いお年を!

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