対亜人戦線(Ⅰ)
列車が走る。その中に二人、揺れる車両の真ん中で立つ。
「……あんたと俺は浅からぬ因縁ってヤツがある。よもや、ここでそのケリをつけることになるとは思わなんだが」
「因縁、因縁なぁ……。確かに、最後の龍を殺し損ねたのは龍殺しとしちゃ思うところがある。しかし今回は無しだ、友人の依頼なんでね」
窓の外は、1秒ごとに塗り変わる風景画のよう。機械的なアナウンスと、車内の電光掲示板は静かに行き先を知らすも、それを聴き入れる者は居ない。
「次は、東風市――」
吊り革からパッと手を離し、ユーゲンは軽く手首を捻る。戦闘前の準備体操だ。
対するクインシーは前屈みになってダラリと力無い様子である。右手にある片手剣も切先が床に付いて、振動に合わせ小刻みに音を立てる。
「俺は、アンタが殺し損ねた最後の龍を討ち取った。魔術師ユーゲンの最初にして最大の功績だ。それも、もう十年は昔の話。今となっては俺の首、如何なる龍より高くつく」
「煽り文句はガキの頃より上手くなったじゃねーか。だが、残念。さっきも言ったが、今回は依頼なんでな。癪だが闘る前に一つ聞いてけ――お前、『ラグナロク』に参加する気はないか」
「ラグナロク……。これはまた珍妙なことを言うもんだ」
「口閉じて耳を立てとけ。オレたちの依頼主であるハートの魔術師はな、大層あの世界に恨み辛みがあるんだ。内実は言わなくても分かるだろ、ハートマン。だから世界を一新する。ラグナロクはただの終わり、滅びでは無い。後に残るモノがある。だからこそ、その一抹に我々はベットする。これは虐げられし者たちによる幕劇よ。まさしく言うなれば……人による、人が為のラグナロク……!」
言葉を紡ぐにつれクインシーに熱が入り、柔和だった身体には力が入り、遂には大演説の決算かの如く剣を天井に突き立てる。
ユーゲンが口を挟む間もなく、彼は矢継ぎ早に語る。
「我が依頼主こそは北欧神話に語られし『ロキ』なる神と契約を結んだとのこと。オレは詳しく知らなんだが、まさしくラグナロクにはうってつけらしいぞ」
「……ああ、そう。大層な語り口だが、どうやってそのラグナロクとやらを果たすと?」
「何、この世界に巨人や巨狼、ロキなるものと縁ありし強者を召喚する。その際まぁ被害が出ようが、オレたちにとってはどうでも良いだ――?!」
揚々とした長台詞は言い切ることなく。右ストレートで顔を打たれたクインシーは後ろにのけ反った。
「無駄は嫌いなんで言ってやる、お断りだね。俺はそんなモンに興味は無いんだ、世間サマは俺を世界の破壊者だなんだと囃し立てるが、期待するだけ無駄だったな」
床にポツリと血が落つる。
「よし、その首刎ねてやる」
「だったら俺はテメーを河原に干してやるよ、その後燻って喰ってやる」
間もなく東風市駅に着くという時、いよいよ戦闘の幕が開く。
閉鎖空間の中、まずユーゲンは間をとった。その後魔力弾を数多撃つ。
「効かんねえ!」
しかし相手は歴戦の戦士。ある時は砂漠の潜龍を、またある時は火山の岩龍、森林の水龍を討ち取ったハンター。
この程度は如何もせず。相棒の片手剣で諸々を弾き、ひと息に距離を詰める。
「シャアっ!」
「この程度は小手調べにもならないか!」
狙うは胴体、剣を突き立てるも、前面に展開される防壁魔術により防がれる。
「東風市、東風市です――」
攻防の最中、アナウンスが駅への到着を知らせる。それに次ぐようにして、車両の右側の扉が開く。
「今だッ!」
「グォ……!」
外の冷気がグッと入り込んだことにより、一瞬動きが緩んだのを察知し、ユーゲンは彼の顎下から頭を蹴り上げ、転げるようにして駅のホームへと進んだ。
「人が居ない……元からか? 或いは人払いをしてんのか、全く一貫性の無い。委細は令に下す、『汝敵を撃て』」
外から確実に倒す。その思考の元、閃光が車両を断つ。黒焦げになった車両の中から反応は返ってこない。
「間もなく急行発車いたします――」
「不発らしいな……」
あまりの手応えの無さに不信感を覚え、サッと一つ後ろの車両に飛び乗る。静かで人は居ない。
「次の駅は――」
再びぐらりと揺れ、列車は動き出す。
全く、魔力量を気にしながらの闘いはやり辛い。とユーゲンは心中にて悪態をつく。相手側から攻める気配が無いことを察し、ここは一つ大立ち回りをしようと彼は思い立った。
「聞こえているかは知らないが、この縦一本の閉鎖空間、『汝敵を撃て』でぶち抜いてみたら、どうなるかな? 自然、これは不可避の一撃になるだろう」
片手により放たれる光線。それは列車の内側を裂くように走り抜け、運転席をも突き抜け、収束するまで急行に追い抜かれることは無く。
「無人列車が仇となったな。念の為後方にも」
ユーゲンの今いる車両は最後方では無い。その為念押しで同じことをするも、反応が無い。
「埒が空かん……」
彼は苛立ち、前方の車両へ進む。黒く焼けた車内では、電光掲示板の色も周りとの違いを主張しない。その車両にて、クインシー・ルーイは黒い影として立っていた。
「英雄がなんだ、この程度か? 魔力消費を抑えられて助かるよ」
尚も影は答えない。
「委細は令に下す『汝鉄を打て』」
短剣を二振り携え、クインシーに迫る。短剣で首を刎ねようとしたその瞬間、と片手剣が光を反射しユーゲンに迫った。
「シャアっシャアっ!」
一度目で掛け声で黒い皮膚――脱皮の殻を弾き、次に片手剣をユーゲンに向かって振り下ろす。
「マズったか……!」
咄嗟に短剣で守るも、片手剣の前では容易く破壊される。
「オレの片手剣、『ロイザー』は龍の息吹で鍛えた一級品よ。まさしくオレたち竜人にとっての聖剣だ。防げるわけがない」
「らしいな……」
胴を縦に斬られたユーゲンは浅いながらも傷を負う。防壁魔術を展開する間も無い程の速さによる一撃は、致命傷を避けるので精一杯だったようだ。
「さぁて次はどう出る!そらそら魔術を使う暇は無いぞッ!」
英雄の、暴力的でかつ精緻な剣が踊る。対するユーゲンは、躱わす、弾く、防壁、短剣。技にて致命を防ぐも、剣戟の前には児戯に等しい。それはまさしく、背伸びをした子供の、目一杯の社交ダンスのようだった。
「くっそ……ハァァァッ!」
「埃を巻き上げるだけの技以下が……」
彼は体内の魔力を一挙に放出させる。それにより吹いた風は、強烈な突風となり、宙から剣を振り下ろそうとしていたクインシーを吹き飛ばすには十分だった。
しかし代償は大きい。その分かなりの魔力を消費したのだ。そして彼は一旦退避を選んだ。
「委細は令に下す『定め固めよ』」
「てめー何を……!?」
ユーゲンは宙に浮き、身体を固定化させる。すると、動いている列車の中で静止した為、列車は彼を通り過ぎていくことになる。それはクインシーから見て、突如後方へと吹っ飛んだように見えた。
「この辺りで解除……ッ!」
慣性の法則。かかる負担は気合と魔力で耐える。まるでチキンレースをやっているみたいに、ギリギリ最後方の車両の優先座席に留まった。
「此処からどう畳みかけ――!」
思案しようとしたその瞬間。突如として大きな音が響く。それは内ではない、外だ。
「あれは確か……ショッピングモールだったか……まさかッ!」
ショッピングモールから発せられるのは強大な魔力の圧。
時刻は午後三時を過ぎていた。
 




