【短編】妹は私の物を欲しがる。でしたらどうぞ奪って。このゲスな婚約者を
「フィリア。久しいな」
「殿下。ご無沙汰して申し訳ございません」
両手でスカートをつまみ広げ、王太子殿下にご挨拶。
「お姉様。あぁ……」
すると、どこからか現れた妹が倒れ込んだ。
さっと殿下は抱きあげ、舞踏会を抜け、玄関で馬車に妹を詰め込む。
まぁ。なんて素早い。
「妹君は、体調に気を付けて、帰られよ」
「え。あ。ちょッ」
妹の乗った馬車は走り出す。
そのまま門を抜け王宮から去っていった。
「殿下、ありがとうございます。妹は幼い頃から身体が弱く……」
「本気で? フィリアは本気でそう思ってるのか?」
「……」
「わざわざ、私がフィリアに声をかけた瞬間に、邪魔したんだぞ?」
「ご無礼を……」
「謝らせたいんじゃない。正直に話せ。婚約破棄も妹のせいなんだろ?」
「いいえ。婚約者が、妹に恋しただけの話です」
「フィリアに近づく男は、全て妹に奪われるんだろ?」
「天真爛漫なルダスは愛らしいですから」
逆に私はかわいげがない。
病弱な妹は守るべき存在。なのに私は妹が疎ましい。
こんなふうに、会話を邪魔されるのは日常茶飯事。
デビュタントも、出発直前に妹が倒れ、病院に行くためと、エスコートするお父様と馬車を奪われ、参加できなかった。
「お姉様。苦しいのぉ。そばにいて?」
「母親が死んでルダスはさみしいんだ。フィリアがそばにいてあげなさい」
妹とお父様に言われれば、お茶会さえ参加できない。
直前でキャンセルばかりする私には、友人もいない。
「いってらっしゃい。楽しんできてね」
殿方からのお誘いには、妹は喜んで私を送り出す。
「フィリアすまない。ルダスを愛してしまったんだ」
そして数日後、殿方は妹を好きになる。
幼い頃から、人形も、本も、ドレスも奪われた。
返ってくるとボロボロ。
愛するなんて無理で、妹がいなければとさえ思った。
……そうよ!
私の人生から、いなくなってもらえばいい。
「殿下。婿入りを希望してる、最もゲスな殿方を紹介してください」
「伯爵家の三男レジネスかなぁ。なんで?」
「──────────」
「では明日、公爵家に伺わせよう!」
───── レジネス視点 ─────
やべぇ!! フィリアが美人なのは有名。けど実物は別格!
こんな女を好きにしていいなんて、たまんねぇッ!!
「フィリア様。庭園を散歩しましょう」
「ええ」
え。騎士までついてくんの?
侍女が二人もいて煩わしかったから、外に出たのに。
「今度、オペラにご一緒しませんか?」
「喜んで」
「私は椿姫が好きです。フィリア様は?」
「特に」
沈黙────。
なんなの。この女。クソ面白くねぇ。
顔だけじゃん。そりゃ婚約者にも捨てられるわ。
だけど俺は捨てない。公爵家は姉妹だけ。
つまり結婚後は、この庭園も、屋敷も俺の物!
したら女なんてちょろいから、みんな俺にかしずくんだ!
「婚約してください。お慕いしておりました」
「かまいません。お父様に報告してください。では失礼します」
うわっ! お高くとまってやがる。
普通、嬉しいとか、ありがとうだよな?
愛を告白してるんだからさ。
ま、でも、公爵様に許可貰わなきゃ正式に婚約できないしな。
行くか。
「きゃ。ごめんなさい」
突然、かわい子ちゃんが、しなだれかかってきた。
かまわんよ。やわらけえ。いい乳だ。
「いかがしましたか?」
「ちょっと立ち眩みが。どなた?」
「レジネスと申します。公爵様に、フィリア様との婚約の報告を」
「妹のルダスです」
ルダスは俺にしがみついて離れない!
潤んだ上目遣いで俺を見つめる。
これくらいフィリアも、かわいげがあればいいのに。
「休める所にお運びしましょうか」
「はい。お願いします」
抱きかかえ、ルダスに案内された部屋に運び込む。
軽いのに、どこもかしこも柔らけえ。
けど浮気はいけない。怒らせて、破談になったばっかだ。
「では」
「お待ちになって」
ベッドに降ろすと、ルダスは俺の手を握る!!
「お姉様をよろしくお願いします。このまま、お姉様が結婚できなければ、私が家を継ぐように言われていて……」
おいおいおい。家を継ぐのは妹でもいいのか?
だったら、ちょろい妹でよくない!?
「ルダス様は、想い人がいますか?」
「いいえ。身体が弱いですから。寂しくて」
「寂しいの?」
「とても」
───── 妹ルダス視点 ─────
また落ちた。ちょろ。
お堅いお姉様の男を、落とすのは簡単。
これでまた、お姉様の悔しがる顔が見られる。
幼い頃から人を見下して、偉そうだったからね。
全部、奪い取ってあげるの。
こ難しい本なんか、ビリビリにしてやったわ。
「ルダス。レジネスとの結婚式が決まったぞ」
「お父様!? あまりに早くございません?」
「レジネスの強い希望と、王家からも急かされてな」
「なぜ王家?」
「女に相続権がない以上、ワシに何かあったらと家を心配されてな」
「いや」
だって私は、奪うまでが楽しいの。
自分の物になっちゃうと、興味なくなっちゃうの。
「こらこら。ルダスのためでも、王家の命には逆らえんよ」
でも。いっか。家までお姉様から奪っちゃったわ。
私、凄くない?
───── 結婚式後(妹ルダス視点) ─────
「どうしてお姉様が王族席にいたのッ!?」
「王太子殿下と婚約したから」
「へ!?」
「ルダスが公爵家を継ぐなら、私は家を出ないと」
「はあぁぁ!? ずるいわッ!」
なにそれ。私がお姉様の幸せを、後押ししたってこと?
悔しいぃぃ─────ッ!!
王太子と結婚したら、ゆくゆくは王妃じゃない!
女の頂点だわ。
しかも王太子は、凄くかっこいい。
私も王太子が欲しいッ!!
「ルダス。落ち着いて。身体が弱いと王太子妃にはなれない。なにより、レジネスを愛してるのでしょう?」
「もう飽きた」
「大人になりなさい。今も。周りの目と耳を意識して行動しなさい。公爵家を背負う顔となるのですから」
うざいでしょ? 相変わらず上から。
あ。王太子が来た。ファサ。私は倒れる。
もう反射よ。だれより、儚げに優雅に倒れるわ。
十年やってるからねッ!
「ずるいだと? 未来の王妃に、妹君を選ぶはずないだろう?」
あらやだ。王太子は助け起こさない。
紳士としてどうなの? ちらっと目を開ける。
「今まで結婚しなかったのは、断られ続けても、諦めきれなかったから。愛してるんだ。フィリア。必ず幸せにする」
キモッ! なに、人の結婚式で、愛を語ってんの。
でもま、ここから奪うのが私よッ!
私の美貌と、艶めかしい魅力に、男は抗えないのよッ!!
見ててね!
「殿下ぁ──ん」
「被害者ぶるな。フィリアこそ被害者だ。ああでも。フィリアを解放してくれてありがとう」
王太子殿下はお姉様を連れて、さっさと去ってしまった。
は? はいぃ─────ッ!?
ちょっと。そこのアンタ助けなさいよ!! 花嫁よッ!!
許さない。
お姉様の方が、いい男を捕まえるなんてッ!
お城に住めるなんてぇ───ッ!
───── 十年後(姉フィリア視点) ─────
「想像よりはるかに、レジネスとルダスに統治能力がない。二人とも浮気して遊んでばかりで、領地にも寄りつかん」
疲れ切ったお父様が、城にいらした。
ええ。知ってた。
さあ。すべて私が奪い返しましょうね!
「第二王子ノヴァに、公爵家を継ぐよう伝えてあります」
「最初からフィリアは、そのつもりだったのか?」
「まさか、私が公爵家を守るつもりでした。ですが不可能でしたから」
「なぜ?」
「妹が邪魔したでしょう? ご存じでしたでしょう?」
「ああ。まあ……」
お父様は、ご自分が被害者のような顔をする。
「注目され、ちやほやされないと気が済まないルダスに育てたのは、お父様でしょう?」
「……そうかもしれん」
「家も領民も、私と息子が守ります。代わりに、二つ約束してください」
「ああ。何でも」
「公爵家の評判を地に落とす前に、一日も早くレジネスとルダスに家督放棄させ、追い出してください」
「もう一つは?」
「お父様は、必ず長生きしてください」
「……ありがとう。フィリア。うっ。ありがとう」
涙ぐむお父様を見て、私は歓喜した。
私の中の、幼い泣き虫のフィリアが顔をあげる。
「ルダスは身体が弱いんだ。人形くらいあげなさい。お姉様なんだから」
「はい」
「人形で遊ぶ暇があるなら、外国語の勉強をしなさい。異国との社交は、フィリアの役目なのだから」
「はい」
妹ばかりを甘やかし続けたお父様。
デビュタントさえ、妹を優先したお父様。
婚約者を奪っても、妹を叱らなかったお父様。
好きで「お姉様」になったわけじゃない。
人形でも、本でも、奪われるたびに悲しかったよ?
ボロボロにされるたび、私も傷ついたよ?
妹を止めて欲しかった。
味方して欲しかった。
お父様、あの家で私は、辛かったんだよ?
「よかったね。フィリア。逃げられて」
語りかけると、幼いフィリアは、やっと笑った───
───── 妹ルダス視点 ─────
「レジネス。出ていけ」
「公爵様? 私はなにもしてませんが?」
「十年も何もしなかったから、追放するんだ」
「追放ですって!?」
「身分も相続権もないぞ。おまえはワシを舐め過ぎた」
「ですが私はルダスの夫です」
「ルダスも連れていけ。これ以上、公爵家を貶められてはかなわん」
「お父様ぁ! 酷いわッ!!」
「触るな。汚らしい。自分が世間で何と呼ばれてるのか知らんのか?」
「なんです?」
「椿姫だよ。つまり娼婦だ」
「レジネスの浮気の、仕返しですッ! 悪いのはレジネスですッ!」
「どっちが先でもどうでもいい。国内で見かけたら命はないと思え」
「なんて酷いのぉ─────ッ!!」
でも、泣き叫んでも無駄で。
お父様は、レジネスと私を馬車に乗せた。
「レジネスの兄弟を頼りましょう!」
「ああ。そうだな」
「『散々伯爵家を見下した奴の顔なんて見たくない』と伝えろと」
門前払いだった。
それでも最初はましだった。
ドレスがお金になって、宿に泊まれたから。
売る物が無くなると、レジネスは逃げた。
だから私は、本当に娼婦になった。
男を落とすのは得意!
どんどん登り詰めて高級娼婦に。
顔と身体さえあれば、人生は何とでもなるのよ。
ふふん。甘くみないで。
「夫と何したの!?」
「私にはまる方が悪いでしょ。文句は私ではなく自分の夫にどうぞ」
「は?」
「簡単に落ちて、つまらなかったわ」
シャッ! 突然家に来た女は、包丁を振り回す!
「痛ぁ──いッ!! ちょっと、人の顔に何すんのよッ!」
「こっちは人生かけて結婚してんの! 遊びじゃないの!」
そう言い残して、だれかもわかんない女は去った。
夫がだれかも、わかんない。
キラキラした、母国の王と王妃の行列が通る。
馬車からお姉様は、通りの大歓声に、微笑み手を振る。
目があった気がした。
やっぱりお姉様は、微笑み手を振るだけ。
馬車も王も立派。
どうして私は、立派な人に愛されないんだろう。
ああ。やっぱりお姉様はずるい───
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