そしてミルクピッチャーを取った
今日はエチ無しです(^_-)-☆
奥様はソーサーに銀のスプーンを置き、微かなため息をついた。
ボウル型のソーサーに置かれたスプーンは僅かに不安定でソーサーに描かれたひなげしを丸く映しながら戸惑っている。
縁に金彩が施された持ち手に通された白く長い指は桜色のネイルで……その美しさは否が応でも彼女の育ちの良さをうかがわせ、カップに添えられた左手の薬指はダイヤで鋭く輝いていて私の目に染みる。
「ごめんなさいね。やっぱり慣れる事はできなくて……」
この言葉の棘が私の心を引っ掻き、呻きが言葉となって洩れ出る。
「私は……」
言い掛けたけど躊躇いが“その先”を堰き止めてしまった。
でも奥様の口角に“笑い”の気配を感じ、私は飲み込んだ言葉を一気に吐き出す。
「私は何もかも初めてだったんです!」
言葉をぶつけると……奥様は口づけていたカップをソーサーへ戻した。
カップに描かれているひなげしが半分見えて……それがソーサーに描かれた物と違う構図なのを今更ながら気が付く。
「私もそうだったわ。あなたの年の頃には」
フラットな声質で言葉を突き返す奥様は少しの動揺も見せてはくれない。
ああ、せめて!!
このカップの縁にほんの少しでもシミが残されていたなら……
私はまだ救われるのに……
そんな私とは裏腹に、奥様はケリーバッグから探偵事務所の名前の入った茶封筒を取り出し、私の目の前に置いた。
「中をご覧になられますか? きっとあなたもご興味をお持ちになりますわ。あなたの知らない主人の様子も写っていますから」
全ては奥様の筋立て通りに運ばれ、私には長考すら許されなかった。
手を伸ばせないでいる封筒の脇に私の涙が一粒落ちた。
「泣いている場合では無いのよ。あなたの涙はあなた自身にすら何の価値も無い事を覚えなさい。あなたはちゃんと封筒の中を確認しければいけない!」
私は必死で嗚咽をこらえて封筒の中身を検める。
私の他に二人の女性の写真があり、私のと同じ様に詳しい報告書が付されていた。
「あなたがこの中身について一切を忘れ、これ以上主人とコンタクトを取らないのであれば、私は今回の事は不問に付します。他のお二人には既に同様の提案をし、示談書をいただいておりますからご心配にはおよびません。どうなさいますか? 私と闘いますか?言うまでも無く主人は私の味方です」
その言葉に耐え切れず私はしゃくり上げてしまった。
こんなになってしまって、何をどう闘えると言うのか?
私は萎れて頭を垂れるしかなかった。
「分かりました。示談書は内容証明郵便で弁護士事務所から届きます」
その言葉の思いがけない意味に、私は涙に濡れたままの顔を上げた。
奥様は能面の顔だけど、薄く唇を噛んでいた。
「その様に泣けるあなたが心底、羨ましい」
「どうして??!!」と言い掛けた私の視線を避け、奥様はテーブルの上の伝票と封問を手に立ち上がった。
「幸せになりなさい! それこそが私と主人に対する最高の復讐となるから」
微かにジャスミンの花の香りを残し、奥様は去った。
後に残された私の前には……花とそこに集う鳥を表面にあしらった白いカップとソーサーが置かれていて、中身のコーヒーはブラックのまま冷めている。
どうにもならない現実と感情を抱えたままでは
たやすくは席を立てない。
私はミルクピッチャーを取って、開口している真っ暗闇にオフホワイトの模様を描いた。
銀のスプーンをカチャカチャさせて色を変えたら
飲み干してしまおう。
なろうのお友達の様にしっとりした物を書いてみたいのですが、なかなかできません(-_-;)
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