317円の出費
約百年前、何もないはずの場所から一組の男女が現われた。その男女は非現実的な不思議な力を使いこの世界の発展をもたらした。そして、彼らはまた姿を消した。その直後に存在が確認されたものが御神様と天使だ。
御神様と天使はいつしかの男女を思い出させるような非現実的で不思議な力を用いて、世界に平和をもたらした。
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「すみません、今お時間……」
「あ、ごめんなさい急いでて……」
「お姉さん、ちょっとさあ……」
「すみません、未成年なんで……」
天使探しをはじめてから数時間。天使のいそうなところを探したり、調べたり、張り込んだりはしているが、全く天使と会えそうな感触がない。人の邪魔にならない壁際によって、もう一度天使についての情報を確認する。正直ネットにある胡散臭いサイトの天使の目撃情報のある場所はどこも治安が悪そうなところばかりで居心地が悪い。
そもそもの話、天使だからといって見た目は人間とあまり変わらないのだ。天使が自分を人間だと偽れば私たちは簡単に騙される。だからといってところ構わずにあなた天使ですか、とはさすがに言えない。天使とは、存在は確認されているものの私たち一般市民にとっては天使がどんなものか知る必要がないほど生涯関わる機会がない存在だ。
「お姉さんちょっといい? 」
「え、」
「や、あたしたちもう行くんで」
「え」
「行こう」
「え」
私の隣で私と同じようにスマホをいじっていた女の人に手を引っ張られる。どうやらさっきのキャッチのお兄さんは私とこのお姉さんを知り合いだと思って話しかけたらしい。
お姉さんは私よりを頭一つ分ほど背が高く髪はハイトーンの金髪でゆるく巻かれていて腰まで伸びている。黒無地のだぼっとしているスウェットに黒に白のラインが入ったショートパンツを着ていて、黒のサンダルを履いている。色白でスタイルがいいのかゆるめの服装でもまとまって見える。
お姉さんは私の手を握ったまま今までいた通りを抜けてコンビニに入っていった。
「ここら辺、君みたいな子が一人でいたらチャッチが多いでしょ」
お姉さんは私の手を離してお菓子を見ながら話しかけてきた。
「あ、そうですね。さっきはありがとうございました」
「ん、や、別にいいよ。じゃあ、はい、これ」
グミを二つ手に取ったお姉さんはそのままグミを私にむけてきた。少し垂れ目がちの目がニコニコと笑っている。左ほおに二つ上下に並んだほくろや、薄い唇が完璧な配置で並んでおりとても綺麗だ。
「えっと、なんですか」
「ん? 」
「……」
「あたし、今財布もってないんだよね」
財布を持ってないといったばかりのお姉さんは、迷いもなくレジにグミ二つをおいた。お菓子コーナーに止まったままの私に向かってニコニコ顔のまま早く来て、なんて言っている。
財布の中身を確認しながらレジへと向かう。私はあまり正気ではない人に助けられたのであろうか。
「先ほどのお礼ですか」
「んあ、そうそう。あれ、君は何もいらないの」
「いりませんよ。あ、カードないです」
「あたしはねえ、イチゴミルクがおすすめだね」
「そうですか。あ、そのままで。レシートください。ありがとうございます」
「……」
コンビニを出てグミをお姉さんに渡そうとお姉さんを見上げれば、じっとりと私の顔を見つめていた。
何かが分からないがぞわぞわしてくる。今まで関わったことがないような人だからだろうか。むず痒い気分になっている気がする。
「あの、グミ」
「あ、ありがとうね!どっちかいる?」
「いや、いらないです。じゃあありがとうございました」
「え、もうどっか行っちゃうの、何、もっとお話ししようよ」
「すみません、急いでいるので」
「んええ、悲しいなあ」
「はは、すみません。じゃあ、」
「悲しいなあ、じゃあまたね」
早くもグミを開けて食べているお姉さんに一礼して駆け足でその場から遠ざかる。別に用事なんてなかったがなんとなく気まずくて適当に駆け足になる。
あれは何だったのだろうか。私はたかられたのか、乞食されたのか。そもそもはじめに声をかけてきたあのキャッチの男とお姉さんがグルだった的な落ちだったりするのか。
「……こわっ」
されるがままに名前も知らない人にグミを奢った事実が恐ろしくなってきた。
お姉さんと別れてから数時間。目の前にある川の向こうをみれば、何本もたつビルと無数のビル群の上に浮き立つ大きな空島が主張を止めない。もう日は暮れかけていて、少し前までは犬の散歩や部活終わりの学生の姿を見かけたものの今では人通りも少なくなってきた。夏は日が落ちるのはもっと遅いと思っていたが、気づけば河川敷にある申し訳程度の明るさの街灯もついていた。
家を出るときはあんなにも意気込んでいたが、笑ってしまうほどに何も成果がなかった。知らない人にグミを奢っただけだ。自分の計画性のなさを今更思い出しながらも立ち上がって服についた汚れを手で払った。自覚していなかったが、割と長い間座っていたらしく腕を上に上げて体を伸ばす。
「……っ! 」
身体を伸ばして少し切り替えようと思っていたのに、腕を上にあげたから先ほど手を払ったときに手についた汚れがそのまま降ってきて目に入った。最悪だ。目に少し涙が浮かんだ。
天使を探そうなんてダメ元ではあったが、なぜか自分はできると思い込んでいた。私の悪い癖だ。そして少し無謀な目標が達成できなかっただけで全部をだめだと思い込んで心が折れるのも、私の悪い癖だ。
何もできていないのになんだか疲れてしまって先ほどまでカップルがいたベンチへ座り込んでしまった。特に目的もなくアウターのポケットからスマホを取り出す。スマホのロックを解除すると、何件かメッセージがあった。一件は明日の美術の授業の持ち物についての連絡、一件は有名チェーン店からの期間限定商品の宣伝の連絡、もう一件は母親からの残業で夕飯は適当に食べて、という連絡だ。
結局、意気込んでいただけでまた何もせずに一日を消費しただけだったのかな。
あーあ、夜ご飯どうしようかな。