解術師はティーパーティに招かれる②
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ルディアナが気合いを入れて、ティーパーティをチェックしている隣室では、アノンが、コーエン公爵家からの縁談にアムル子爵家がストップを入れた理由を伝えていた。
『ーー、ルディの師匠のサルマが、婚姻後に配偶者と距離を置いた件については、知ってるわよね?』
「もちろん、離縁はしていないけれど、男爵家の、歴とした貴族の婚姻ですからね? 婚姻後に直ぐに別居を始めたから、当時は物凄い噂になったと耳にしましたわ」
コーエン公爵夫人がアノンの言葉に返すと、皇妃も同意を示すように軽く頷いた。
「それが、ルディアナがノアレイアスと婚約を結ぶことに何か関係しまして?」
皇妃が窓の外のティーパーティの開始を気にしながらも、アノンに話の続きを促した。
ティーパーティよりも、皇族のコーエン公爵家の嗣子の婚約の方が重要だ。そもそも、皇妃にとっては、仲良しのコーエン公爵夫人の息子の縁談である。行方が気になってしかなく、今回のパーティなど、もはやどうでも良く感じていた。
少し食い気味の皇妃の態度に、アノンはやや退き気味になりながらも、2人に話を始めた。
『その、サルマの夫のオーラが2人の婚姻式で、サルマの親友に向かったと言う話は…?』
「ーー! まさか、そんな!!」
「何ですって?!」
コーエン公爵夫人は驚いて悲鳴を上げてしまい、慌てて手で口を抑えた。皇妃もあまりの事に持ったいた扇子を益々ぎゅっと、握りしめた。ミシッ、と音がして扇子に縦にヒビが入っている。
『解術師は元々、自分に向けられるオーラは見えないのは知ってるわよね? サルマも、夫となる男爵のオーラが見えないうちは、男爵の気持ちが自分に向けられていると信じていたらしいわーーけれど…、よりにもよって、婚姻式に参列したサルマの親友の女性に、男爵が一目惚れをしてしまったのよ。婚姻式のサルマの目の前で、男爵のオーラが一瞬で親友に靡いたってわけ』
「なんて、残酷な…」
「だから、直ぐに、別居なんて事が…」
皇妃は怒りに震え、コーエン公爵夫人は、顔色を悪くして言葉が続かない。
『あぁ、別居後も、当時は、サルマと男爵は面会を重ねていたらしいわ。けれど、夫となった人間の好意に関するオーラは、遠くを想うようにさ迷っていたそうよ。サルマとは違う空間をひたすら漂うオーラを見て、サルマは何を思ったのかしらね…。解術師の婚姻先は、知っての通り、その特徴上、婚約後の秘密保持が絶対条件よ。離婚なんて事は簡単には出来ない…。まぁ、サルマの嫁ぎ先は、アルム家の遠縁の男爵家だったから、無理やり、離婚も出来たかも知れない。でも、サルマがね、もう煩わしいのは嫌だと、仕事に生きたい、と』
アノンは言葉を一旦止めて、2人が話についてきているか、様子を伺った。コーエン公爵夫人は、未だに顔色が悪く下を向いている。
「ーー、でも、それが何故、コーエン公爵家の縁談を先送りになることに繋がるのです?」
一方、皇妃が眉間にシワを最大に乗せて、アノンに詰め寄った。深いシワは跡になり、ティーパーティ前にはメイク直しが必要なくらいだ。
『サルマが、心配しているのよ。ルディも同じ事になりは、しないかと、ね。人間として成長し、そして解術師として独り立ちした後でなければ、自身の解術師の能力を恨み、自ら死を選ぶ事にもなりかねないわ?ーーもちろん、私もルディの精神力はそれ程弱くないと信じているわ……。けれど、私もルディが可愛くて、色々と心配してしまうの』
解術師は見たくもなく、知りたくもなくても、他者の意思をオーラを通して理解してしまう。その力を高い能力として評価し、皇族は数々の策略や暗殺を凌いできた経緯がある。解術師の力は便利だが、当の本人にとっては生きるのも大変だ。
皇妃も今度こそは、アノンの言葉に黙り込んだ。
『ーー、本当は、このティーパーティの前には、コーエン公爵家からの縁談の申し入れを考慮するよう、アルム家の当主に伝えるはずではあったのよ……。ただね、コーエンのボンボンの、この前の視察中の態度と、その後の噂を聞いて、縁談を先延ばしにすることにしたの…。何の事か、コーエン公爵夫人は、分かっている?』
突然始まったコーエン公爵家の息子批判に、コーエン公爵夫人は、ポカンと呆けた顔になった。
「噂とは…? ノアレイアスに、何か、不都合な事があったのです? …アノン様も知っての通り、ノアレイアスはルディアナの事を一途に大切に想っているはずでは?」
皇妃もアノンの言葉に思い当たる節がなく、不思議そうに答えた。
『皇族はもっとゴシップに関心を持つことだね…。さもないと、いつかの私のように、足を掬われてしまうよ』
「では、まさか、ノアの醜聞が広がっているとこですの?」
コーエン公爵夫人が信じられないとばかりに、目を丸くしてアノンに問いかけると、アノンは信じられないと呟いた。
『ノアの噂はこの皇宮で働く者なら大概は耳にしているわよ…。先日の河川の氾濫の際に、ノードル領主の娘をコーエン公爵子息が見初めたって。今度の夜会でエスコートするなんて内容の噂も流れているわよ』
「「な、なんて事!!」」
アノンの言葉に皇妃もコーエン公爵夫人の言葉が重なった。2人とも物凄い速さで椅子から立ち上がり、直ぐに侍女達を呼びつけた。
「貴女方! コーエン公爵嗣子であるノアレイアスの噂は知っていて?」
鬼気迫る皇妃の勢いに、呼びつけられた侍女達は何か失態でもしてしまったのかと、ブルブル震え出した。
「皇妃陛下、僭越ながら発言を許可して頂いても?」
「あぁ、ユリか。発言を許す」
皇妃の様子に怯える侍女達を縫って、皇妃の元々専属侍女であった、筆頭侍女が姿を現した。
「コーエン公爵夫人様の前で、大変恐縮ではありますが、確かにノードル領主の娘とノアレイアス殿が運命の恋に堕ちたとの噂がまことしやかに流れております。えぇ、それはもう、皇宮で知らぬ者はいない程に」
『ーー、ルディは気づいていないわよ。物凄く鈍いから』
筆頭侍女の後ろに回り込んで、アノンは小さく呟いた。もちろん、筆頭侍女にも、他の侍女達にもアノンは見えていないが、何やら気配を感じたらしく、怖々と回りを見渡し始めた。
「ーー!! なんて、こと!! う、嘘だと、言って頂戴…。あの子、ノアに限って浮気など…!!」
青い顔をさらにひどく白くして、コーエン公爵夫人は、その場に据わり込んでしまった。
(『いや!まだ、ルディとノアは付き合ってもいないから、浮気にはならないわよ…』)
コーエン公爵夫人の発言にアノンは心の中で突っ込みを入れる。
立ち上がれないコーエン公爵夫人に、慌てた侍女達が夫人を別室で休ませようと、わたわたと動き出した。
「ーーユリ、そのほうなら、噂の真意、確認したのであろうな?」
一人思案していた皇妃が、筆頭侍女に問うと、動き始めていた侍女達が動きをピタリと止めた。
「もちろんでございます。噂の元は、かのノードル領主の娘が故意に流したもの。そして、高位貴族の醜聞でありながら、その噂を高職管理課は調査を放置しております」
「ほう、ノードル領主と、ドリアス侯爵がね…」
筆頭侍女の回答に皇妃は何やら考え込み始めた。侍女達はお互い顔を見合せて、静かにコーエン公爵夫人を別室に連れていく。
『…、コーエンのボンボンの脇が甘いのよ。この噂を上手く収拾つけなければ、婚姻について、サルマからの横槍は入るわよ』
アノンが皇妃の耳元で囁けば、皇妃は軽く頷いた。
「まずは、本日のティーパーティをちゃっちゃと終わらせなければ、ね。ユリ、皇太子の執務室へ連絡を入れておいて頂戴。補佐官のノアレイアスと共に、ティーパーティ後、私の元に必ず来るように、と」
「かしこまりました」
皇妃の指示を受けて、直ぐに筆頭侍女は部屋を後にした。皇妃はルディアナの報告を聞くため、アノンと共に隣接に戻ることにした。
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