2 後編
「ケビンさん、お昼です」
「はい」
「お昼は、サンドイッチを作ります」
「はい」
手帳を見ながら指示を出す妻に、夫ケビンは微笑む。
妻マリーは、焼いた鶏肉を挟んだ豪華なサンドイッチを作った。
夫ケビンは、サラダと野菜スープを作った。
食卓に料理を並べ、妻と夫は食卓に着く。
「マリーさん、それではいただきましょうか」
「あっ、待ってください」
「はい」
妻マリーは、サンドイッチを手にとる。
そして、それを夫ケビンの口元に差し出した。
「はい、アーン……」
「……」
予想外の展開と、不安そうに恥じらう妻の様子に思考が止まったケビン。
「ご、ごめんなさい! やっぱりダメですよね」
「だ、大丈夫です、マリーさん」
涙目の妻マリーに、慌てる夫ケビン。
ケビンはそれからマリーを必死に説得し、なんとかアーンしてもらうことに成功した。
(こ、これは……!)
真顔になったケビンに、マリーはおそるおそる尋ねる。
「ケビンさん。どうですか?」
「その……」
「……?」
「私もやってみていいですか?」
「は、はい。もちろんです」
ケビンは、サンドイッチを手に取り、マリーにアーンした。
マリーは愕然とした。
「ケビンさん、大変です」
「はい」
「ドキドキして、ご飯の味が分かりません……!」
「私もです」
なにやら、妻マリーによると、恋人に手ずから食べさせてもらうと、恋する気持ちがスパイスになって、ご飯がより美味しく感じられるはずだったらしい。
「どうやら私達には、スパイスにするための経験値が足りないようです」
「はい……」
二人はそれから、アーンすることなく昼食を食べた。
その代わり、お互いの手料理をしっかりと味わった。
「野菜スープ美味しいです。食べ過ぎちゃいそうです」
「サンドイッチも美味しいです。スパイシーですごく好みです」
「本当ですか? よかった……」
妻マリーは、ふと手元を見つめる。
夫ケビンは首を傾げる。
「……アーンはできなかったけど……」
「?」
「実はわたし、ケビンさんと一緒に食事をするだけで、十分ご飯が美味しいんですよ」
ニコニコ微笑む妻マリー。
真顔になる夫ケビン。
突然の妻からの攻撃に、ドキドキし過ぎて一瞬ご飯の味が分からなくなったのは、妻には秘密である。
****
それから午後も、二人はおうちデートを続けた。
妻マリーの手帳に書かれたと思しき予定に従い、トランプをしたり、お昼寝をしたり、一緒に夕食を作ったりと、二人は楽しく過ごした。
特に、先にお昼寝から目が覚めたケビンは、初めて見る妻の寝顔をしっかりと堪能した。二人はまだ寝室が別なのである。
夕食を終え、湯浴みを済ませ、寝巻きに着替えた二人。
そして、なぜか寝巻きの上にエプロンをしている妻マリーは、ポケットから手帳を取り出した。
「ケビンさん、今日はありがとうございました」
「あ、これでおうちデートは終わりですか?」
「……………………はい、終わりです」
「……マリーさん」
「終わりです」
「その手帳……」
「…………」
手帳を背後に隠すマリーに、ケビンはいたずら心が湧いて、手帳の方に手を伸ばす。
ソファに座ったまま、「ケビンさんたら、ダメです」「マリーさん、ちょっとだけ」と戯れあううちに、体勢を崩した妻が、ぽすりと夫の胸元に落ちてきた。
「…………」
「…………」
「マリーさん」
「はいっ」
「もう少しだけおうちデートを続けてもいいですか?」
赤い顔で潤んだ瞳で不思議そうにしている妻を、夫ケビンはしっかり抱きしめる。
そうして、耳元で「今日はありがとう。あなたを好きになって良かった」と囁いた。
腕をゆるめると、そこにはぽろぽろ涙をこぼしている妻マリーがいた。
「マリーさん」
「ケビンさんは、ずるいです」
「は、はい」
「こんなの、デートを終わらせたくなくなっちゃいます……」
妻マリーは、とめどなく涙をこぼしている。
夫ケビンは、愛しい妻を泣かせてしまった動揺で、オロオロしている。
「ケビンさん」
「はい」
「わたしも、です」
「……」
「わたしも、ケビンさんが好きです」
妻マリーはそれだけ言うと、もう一度、夫の胸にすっぽりとおさまった。
夫ケビンは真っ白になったまま、妻をもう一度抱きしめた。
「ケビンさん。わたしにこんなにも素敵な気持ちを教えてくれて、どうもありがとう」
ケビンは、じわりと目頭が熱くなるのを感じた。
結婚すると決めた時、まさかこんな気持ちになるとは想像もしていなかった。
自分には、こんなにも愛しい妻がいる。なんて幸せなことなんだろう。
そんなケビンの視界に、床に落ちた妻マリーの手帳が目に入った。
そこに書かれている最後の予定に、ケビンはクスリと笑う。
「マリーさん。おうちデートの最後の予定ですが」
「えっ……あ、はいっ」
「せっかくなので、ちゃんと完遂しませんか」
妻マリーは、床に落ちた手帳を見られたことに気が付き、顔を真っ赤に染め上げる。
夫ケビンは、そんな妻が愛しくてしかたがない。
「ケビンさんが、いやじゃないなら」
「いやじゃないです」
「はい……」
そうして、夫ケビンは妻マリーに、手帳に書かれていた最後の予定――おやすみのキスをした。
微笑む二人は、恥じらいながらも、本当に幸せそうな顔でお互いを見つめていた。
「番外編:おうちデート」完結です。
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