1 前編
恋人になった二人の新婚生活です。
妻マリーと夫ケビン。
二人は、数日前のプロポーズの夜、恋人関係になったばかりだ。
そして、妻マリーにはやってみたいことがあった。
「おうちデート?」
「はい。恋人達が一度はやるという、おうちデートをやってみたいんです……!」
今日は二人とも休日。
絶好の機会である。
そんなふうに意気込む妻に、しかし夫ケビンは首をかしげた。
妻マリーと夫ケビンは、既に同居している。
おうちデートとは一体、何を指すのだろうか。
ケビンはクエスチョンマークでいっぱいのまま、マリーの言うことに従うことにした。
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まず、妻マリーは、何故か朝から装着しているエプロンのポケットから、可愛いクマが描かれた小さな手帳を取り出した。
その手帳を見ながら、満足そうに頷いている。
(一体何が書いてあるのだろう……)
ケビンは気になったが、妻マリーが楽しそうなので、あえて聞くことはしなかった。
「ケビンさん。まずは、一緒に朝食を食べます」
「はい」
どうやら、手帳には今日の予定が書かれているらしい。マリーは大事そうに、その手帳をポケットにしまった。
(エプロンも、おうちデートの必須アイテムなのだろうか……?)
不思議に思いつつ、ケビンはマリーの指示に従う。
妻マリーは、目玉焼きとウィンナーを焼き、パンをトーストした。
夫ケビンは、珈琲をドリップした。
「それでは、いただきましょう」
「はい」
もぐもぐと、二人は静かに朝食を食べ始めた。
空は快晴、爽やかな朝、静かで穏やかな食卓。
ふと気がつくと、妻マリーが不思議そうな顔をして、夫ケビンを見つめていた。
「マリーさん、どうしましたか」
「ケビンさん、大変です」
「といいますと」
「これはいつもと同じ朝食の場面です……!」
妻マリーによると、なにやら、おうちデートで朝食を食べると、いつもにない特別な気持ちになるのだそうだ。
(それはいわゆる、朝チュンな朝食をさすのでは……)
夫ケビンはそう思ったが、当然ながら、首をかしげつつトーストを食べている妻にそんな指摘はできなかった。
****
朝食後。
めげない妻マリーは、エプロンから手帳を取り出し、真剣な顔で夫ケビンに予定を告げた。
「ケビンさん。次は、一緒に映画を見ます」
「はい」
「ケビンさんは、見たい映画はありますか?」
「そうですね……」
ケビンは、マリーが差し出してきた3本の映画を見る。
どうやら、今日のためにマリーが借りてきたようだ。
アクションもの、日常もの、それから妻がチラチラと目線をむけている最後の一本……。
「これにしましょうか」
「あっ。は、はい」
「おうちデート、ですもんね」
そう言いながら、ケビンは恋愛ものの映画を手にとる。
マリーは、恥じらいながらも嬉しそうに頷いた。どうやら正解を選んだようだと、ケビンは微笑む。
二人はソファに座って、映画鑑賞を始めた。
ケビンはすぐに、遠隔操作機の一時停止ボタンを押した。
「ケビンさん?」
「マリーさん、どうかしましたか」
「え、あの」
「何か気になることがあるのでは?」
ケビンの指摘に頬を染めるマリー。
ケビンは、先ほどから困ったように自分の方を見ている妻に気がついていたのだ。
「あの、実は」
「はい」
「おうちデートの映画鑑賞のときは……」
「はい」
「恋人達は、寄り添っていないといけないそうなんです」
俯く妻。
固まる夫。
実は二人はまだ、手を繋いだだけの健全すぎる関係だった。寄り添うというのは、なかなかにハードルが高い。
しかし、妻にここまで言わせて、怯む夫がいていいだろうか。
「分かりました」
「えっ、あの」
「マリーさん、こちらへどうぞ」
「は、はい……」
二人は寄り添い、夫ケビンは妻マリーの肩を抱いた。
「ケビンさん、大変です」
「はい」
「ドキドキして、映画に全然集中できません」
「私もです」
「ケビンさんもですか?」
「はい」
二人がお互いの顔を見ると、二人とも真っ赤な顔をしていた。
なんだか気が抜けた二人は、楽しくなってクスクス笑いだす。
結局、二人は寄り添うことなく映画を鑑賞した。
しかし、手だけはしっかり繋いでいた。