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3/8

3 事務




「もう! こんなボロボロの申請書、勘弁してくださいよ。記入例、見ましたか!?」



 マリーはぺこぺこ頭を下げる。

 相手は職場である学校の経理担当。


「まあ、マリーさんだけじゃないんですけどね。みなさん、どれもひどすぎです!」

「申請書って、難しくて……」


 経理担当は、マリーが彼女に声をかけられるまで書いていた、生徒達やそのご両親への手紙を指差す。


「これ、どのくらいで書いたんですか?」

「え、一通3分ずつくらいですが」

「これだよ、もう!」

「?」


 首を傾げるマリーに、経理担当がわなわなしている。


「なんでこんな長くて可愛い文章を3分で書けるのに、単語しか書かない申請書が作れないのー!? わたし絶対おちょくられてる!」

「えーと、えーと、なんででしょう……?」

「もーこれだから教師ってー!」

「こ、今度から気をつけます……」

「そうしてー!!」


 そして愉快な経理担当は去って行った。




 家に帰ったマリーは、珍しく早上がりで一緒に夕飯を食べている夫を見る。


「マリーさん、どうしたの?」

「ケビンさんはすごいなあって」

「え?」


 マリーは、今日の経理担当との出来事を夫に話した。


「うちの学校の教師はみんな、どうにも申請書とかが苦手で……」

「ああ、なるほど。たしかに、専門職の人や営業さんは、申請書とかが苦手な人が多い気がするなぁ」

「ケビンさんは、わたしが事務仕事が苦手なの、分かってたんでしょう?」


 目を逸らしてモジモジしているマリーに、ケビンは背筋を伸ばす。


「お引越しのときも、手続とか全部やってくれて」

「まあ、それくらいは当然というか」

「わたしがやってたら、沢山間違ったり、時間がかかったりしたと思うんです」


 照れたような笑顔で、マリーはケビンを見つめる。


「わたしの、だ……旦那様、が支えてくれていたんだと思ったら、なんだか誇らしくて、嬉しくて」


 ケビンは食い入るようにマリーの言葉に耳をかたむける。


「結婚できてよかった。きっと、相手がケビンさんだったからね。本当に、どうもありがとう」


 ケビンは真顔になった。


「マリーさん」

「はい」

「事務関係はいつでも、私を頼ってください」

「ありがとうございます、ケビンさん」

「ですから、お願いがあります」

「え?」

「もう一度、旦那様と」

「えっ、えっ……ケビンさん?」

「旦那様」

「……だ、旦那……様……?」

「ありがとうございます、私の奥さん」


 (ほて)った顔を手でパタパタあおぎながら、困惑顔をしているマリー。

 真顔で満足そうにした後、食事を再開するケビン。


 マリーはその夜、幸せな気持ちのまま、ぐっすり眠った。

 ケビンは、幸せな気持ちのまま、目がギンギンに冴えて寝つけなかった。



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