3 事務
「もう! こんなボロボロの申請書、勘弁してくださいよ。記入例、見ましたか!?」
マリーはぺこぺこ頭を下げる。
相手は職場である学校の経理担当。
「まあ、マリーさんだけじゃないんですけどね。みなさん、どれもひどすぎです!」
「申請書って、難しくて……」
経理担当は、マリーが彼女に声をかけられるまで書いていた、生徒達やそのご両親への手紙を指差す。
「これ、どのくらいで書いたんですか?」
「え、一通3分ずつくらいですが」
「これだよ、もう!」
「?」
首を傾げるマリーに、経理担当がわなわなしている。
「なんでこんな長くて可愛い文章を3分で書けるのに、単語しか書かない申請書が作れないのー!? わたし絶対おちょくられてる!」
「えーと、えーと、なんででしょう……?」
「もーこれだから教師ってー!」
「こ、今度から気をつけます……」
「そうしてー!!」
そして愉快な経理担当は去って行った。
家に帰ったマリーは、珍しく早上がりで一緒に夕飯を食べている夫を見る。
「マリーさん、どうしたの?」
「ケビンさんはすごいなあって」
「え?」
マリーは、今日の経理担当との出来事を夫に話した。
「うちの学校の教師はみんな、どうにも申請書とかが苦手で……」
「ああ、なるほど。たしかに、専門職の人や営業さんは、申請書とかが苦手な人が多い気がするなぁ」
「ケビンさんは、わたしが事務仕事が苦手なの、分かってたんでしょう?」
目を逸らしてモジモジしているマリーに、ケビンは背筋を伸ばす。
「お引越しのときも、手続とか全部やってくれて」
「まあ、それくらいは当然というか」
「わたしがやってたら、沢山間違ったり、時間がかかったりしたと思うんです」
照れたような笑顔で、マリーはケビンを見つめる。
「わたしの、だ……旦那様、が支えてくれていたんだと思ったら、なんだか誇らしくて、嬉しくて」
ケビンは食い入るようにマリーの言葉に耳をかたむける。
「結婚できてよかった。きっと、相手がケビンさんだったからね。本当に、どうもありがとう」
ケビンは真顔になった。
「マリーさん」
「はい」
「事務関係はいつでも、私を頼ってください」
「ありがとうございます、ケビンさん」
「ですから、お願いがあります」
「え?」
「もう一度、旦那様と」
「えっ、えっ……ケビンさん?」
「旦那様」
「……だ、旦那……様……?」
「ありがとうございます、私の奥さん」
熱った顔を手でパタパタあおぎながら、困惑顔をしているマリー。
真顔で満足そうにした後、食事を再開するケビン。
マリーはその夜、幸せな気持ちのまま、ぐっすり眠った。
ケビンは、幸せな気持ちのまま、目がギンギンに冴えて寝つけなかった。