黄金の休日
今年も、この時期がやってきた。
一年に一度、春の終わりの時期だけにある大型連休。
せっかくの休みだというのに、私は毎年家でゴロゴロして潰すことがほとんどだった。
しかしそれもなんだか虚しい。
だから、今年こそはそれを、人生で一度きりの思い出に残る連休にするべく予定を立てた。
題して、『黄金の休日』計画。我ながらかなり大袈裟である。
とりあえず友達と連絡をとった。誰も空いていなかった。
現役女子大生であるし、みんな私のように暇ではないのだろう。私も例外ではないのだが勉強はあまりしない方なのだ。
さあ困った、一人ぼっちだ。旅行へ行くにも、一人旅はつまらない。
私は考えた。だが、何も思いつかない。
時間は刻々と進み、連休初日がきて、あっという間に過ぎ去ろうとしていた。
「何かいい方法はないかしら」
などと考えながら街を歩いていると、私はとある人物に声をかけられた。
「やあ、久しぶりだね」
振り返るとそこには、高校時代の知り合い――立花という青年が立っていた。
彼は私が高校生の頃、同じクラスにいた。クラスの人気者で、超絶イケメン。女子からかなりの人気があったことを記憶している。
しかし話したことがあるのは二度三度、それもほんの短い間だけだ。彼のことなど、今まですっかり忘れていた。
「立花くん。何年ぶりくらい?」
「高校卒業してからだから、三年以上だね。こんなところで会えるとは思っていなかったよ」
彼はどうやら私のことを覚えていてくれたらしい。目立たない方だと思っていたのに、驚きだった。
「せっかく会えたんだから、喫茶店にでも行かないかい?」と彼は誘ってくる。
私は頷き、近くの店へ入った。
「へえ。それで、ゴールデンウィークを楽しい休日にしたいというわけか」
「そうなの。でも全然いい案が浮かばなくて」
喫茶店の中で私は、『黄金の休日』計画のことを話した。
立花くんは「うーん」と唸り、それから閃いたという風に口を開く。
「僕、この休みはこの街の有名スポットを巡って回ろうと思っていたんだ。君も一緒に来ないかい?」
「この街? こんな街にスポットなんてあるの?」
「あるさ。どうだい?」
立花くんが結構強引なので、私はしばらく迷った。
が、もしかすると楽しいかも知れない。乗ってみるか。
「じゃあご一緒させてもらうわ」
「ありがとう。日程は明日からゴールデンウィーク最終日。大丈夫かい?」
「ええ。予定は空いてるわよ」
私と立花くんは軽く話し合い、また明日、近くの駅前で落ち合おうと決めた。
別れ、家へ帰りながら私は、なんだかとてもウキウキしていたのだった。
――次の日。
ゴールデンウィーク二日目だ。
朝早く、駅へ向かうともう彼は待ってくれていた。
「ごめん。待った?」
「いいや僕もさっき来たばかりだよ。じゃあ行こうか」
電車で二駅行き、そこで降りる。
普段はあまり降りない駅だ。そもそも、仕事が徒歩通勤の私は電車に乗ること自体少ないのだが。
降りた先、そこには緑が広がっていた。
「この奥に、ちょっと有名な神社があるらしいんだ。行ってみよう」
小山を登り、進む。
心地よい風と日差し。少し汗ばむくらいの陽気だ。もうすぐ初夏だな、と私は思う。
神社は、いかにも古そうな、とても立派なお社だった。
立て看板によると、偉い神様がお祀りされているらしい。
私たちは手を叩き、お祈りをした。
それからお守りをやったりおみくじを引いたり……。おみくじは私が中吉で立花くんが大吉。
大吉なんて出るんだなと、私の方がむしろ大喜びしてしまったのは恥ずかしい思いだ。
山を降りてからは、また電車に乗って別の神社を数軒回った。
どれも自然豊かで心が癒される。気づけば、もう夕暮れ時になっていた。
「あ、もう帰らなくちゃ」
「そうだね。じゃあ、また明日。明日は今日より面白いメニューを用意してるよ」
「あらほんと? 楽しみね」
私は大満足で、その日は眠りについたのである。
連休三日目、
今日の待ち合わせ場所は私の家の前と決めた。どうやら彼、すぐ近くに住んでいるらしいのだ。
家を出ると彼はいた。
「さあ、行こうか」
「どこへかしら? 乗り物は?」
「今日は歩いて行こうと思ってね」
そう言いながら彼は私の先を歩き、ふと立ち止まって「ここへ入ろう」と言う。
導かれるまま足を踏み入れてみれば、そこはお好み焼き屋さんだった。
「いらっしゃいませ〜」
お好み焼きを食べてみる。どうせどれも同じだろうと思っていたが、その味に私は目を丸くした。
「美味しいだろう? 最近口コミで美味しいって有名なところなんだよ」
「へえ。知らなかったわ」
その後、この街にある噂の名店を食べ歩くことになった。
ハンバーガー、中華、お菓子もアイスやパフェやワッフルや……。
もう食べられないというギリギリのところまで私は食べ尽くした。
この街にはこんな名スポットがあったのか。そう思いながら、私は笑う。
こんなに楽しい休みは、初めてだ。
三日目、四日目、五日目。
色々なところを巡り歩き、楽しんだ。
かつてないくらいはしゃいだ。まるで子供みたいに。
そして六日目、この日は立花くんとホラースポットへ来ていた。
私、ホラー映画とかはかなり苦手であるからすごく怖いのだが。
「大丈夫だよ」
優しく言葉をかけてくれるけれど、背中がゾワゾワする。
廃墟の探検をした。
古びた家具、壁は剥がれ落ちそうだ。
そんな中で私は、子供部屋らしきものを見つけた。
子供部屋は他の部屋と違って割合綺麗だ。
勉強机の上に一冊のノートが置かれている。
「立花くーん。こんなノートがあったわ」
そんなことを言いながら、私はふとそれを手に取り、ページをめくってみた。
『死ね』
?
『死ね』『死ね』『呪われろ』『死ねよ』『死んだらいい』『終わったらいい』『口兄』『呪』『呪』『消えろ』『死ね』『死ね』『死ね』
血文字が、悍ましいほどの血文字の殴り書きが、そこにはあった。
私は悲鳴を上げ、気絶した。
目覚めると廃墟の外。立花くんの背に体を預けていた。
「気分はどうだい?」
「もう平気。ごめんなさい、突然叫んだりして」
「いや。あれは僕でも、込み上げるものがあったよ。付き合わせて悪かったね」
込み上げるもの、というのは涙とかではなく、下品で気持ち悪いもののことだろう。
申し訳なさそうにする彼。けれど私は首を振った。
「いいえ。そんなことないわ。怖かったにはかなり怖かったけど」
「そうかい? そう思ってくれたなら嬉しいよ」
二人はノートを警察に届けた。警察によると、あれは血じゃなくてケチャップだったという。
なーんだ、騙されたという感じだった。
明日は最終日だ。
私は帰りながら、明日のことに思いを馳せる。
その頃には、もう気づいていた。
いやとっくの昔にわかっていたことだ。それを自覚しただけで。
「――私、立花くんのことが好きになったかも知れない」
七日目。
私と彼は、最後だからとリゾートホテルで一泊することにした。
海辺のリゾートホテル。私一人ではとてもとても手が出せないような高級なところだ。
「立花くんって、お金持ちなのね」
「少しね。親の仕送りが主だよ」
「ふーん」
海へ行って遊んだ。
時期的にはまだ早く、海水浴場は空いていないものの、海辺を散歩したりマーブルビーチを歩くだけでも楽しい。
紫外線がきついのか、かなり日焼けしてしまった。少しヒリヒリする肌を摩りながら、私たちは夕方、ホテルへ戻ってきた。
「ああ、最高だったね」
「本当に素敵だった。……幸せ」
晩御飯もとても絶品で、あらゆる海の幸が詰め込まれていた。
私はそれを頬張り、心から幸福を感じる。
……こんな時間が、いつまでも続けばいいのに。
夜が更けていく。
私と立花くんは別々の部屋だ。ご飯が終わると別れ、それぞれの個室へ赴いた。
けれどこのままでは、彼に想いを伝えられぬままこの休みが終わってしまう。
それだけは嫌だった。
耐えきれなくなり私は個室を飛び出した。
すぐさま彼の部屋へ向かう。ノックをすると、すぐに出てきてくれた。
「どうしたんだい?」
「ちょっと、話したいことがあって」
「うん」
立花くんは、ホテルのソファに座って本を読んでいた。
私もそのすぐ隣に腰掛ける。驚いたように立花くんは、慌てて本を置いた。
「それで、何の話だい?」
「それがね。それが……」
頬が熱くなる。背中に汗が浮かぶ感覚。
本当に言っていいのだろうか。しかし言うチャンスは今しかないし、今を逃したら一生後悔するだろう。
邪念を振り払い、私は叫んだ。
「私、立花くんのことが好きになっちゃったの!」
後で振り返れば、なんと唐突な告白であったのだろうかと思う。
だが、その時はもういっぱいいっぱいだったし、それしか出てこなかったのだ。
「え……」
少しドギマギする立花くん。
私は恐る恐る彼の方を見た。
瞬きの間、彼の瞳に様々な感情の色が灯る。それが全て過ぎ去った後、彼は小さく息を漏らした。
「君がそういう気持ちでいてくれたことが、僕には嬉しいよ。だけど……ごめん」
裏切られるだろうとは、わかっていた。
けれど彼なら、優しい彼なら受け入れてくれるかもとそう思っていた期待や希望が、その一言で崩れ落ちる。
「勘違いしないでほしい。僕は君をいい人だと思うし、一緒にいて楽しいと思った。だけど」
彼は話してくれた。
この連休が終わった後、引っ越しするのだと。
引っ越し先には大学で出会った彼女の実家があり、そこに行くらしい。
「だからここを名残惜しいと思って、ゴールデンウィークの間に街を巡ることにしたんだ。……元々一人のつもりだったんだけれど、君がいたから」
彼にとって私は、旧友のような感覚であったのだという。
だから告白されて、驚いているらしかった。
「僕はもう約束した人がいるから、君の申し出は受けられない。けど――、ありがとう」
立花くんは、今までに見た中で一番輝く笑顔で、そう言った。
私はフラれてもなお、その微笑みに魅入られたのだった。
翌日、立花くんは彼女の実家のある田舎へと旅立った。
駅まで見送りをし、その際、私は花束を渡した。
勿忘草と赤い薔薇。
「忘れないで。愛してる」と、そういう意味だ。
彼はそれを手に、電車に乗り込んだ。
私は寂しいという気持ちもあったが、なんだかとても気持ちがよかった。
「行ってらっしゃい!」
去りゆく電車に、手を振り叫んだのだった。
あれから数年が経ち、今年もゴールデンウィークがやってくる。
私は家で怠惰な時間を過ごしている女子大生ではなく、夫を持つ立派な主婦となった。
そんな今でも、あの黄金の休日のことは昨日のことのように思い返す。
彼――立花くんと、もう一度会えたらいいな。
そんな願いを、胸に抱き続けて。
ご読了、ありがとうございました。
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