第92話 2人きり
「たっだいマ~!」
「長い間、海外出張御苦労様。どうだっタ?」
「いや~楽しかったゼ!」
覚えているだろうか。地球侵略に来たメルバド星人には、王子メノル・シルブブブゼラと、彼直属の3人の銃士がいたことを。
1人はかつて戦士たちと激闘を繰り広げたバッド。最期は千夏の変身するアクトナイトプロミスビヴィナスに倒されはしたが、何らかの方法で怪人の出現に伴いメルバドアルという雑兵が現れるようになるという傍迷惑な置き土産を遺していった。
もう1人はシーナ・ウォウ。愛澤真華という名前の方が分かりやすいだろう。本来、彼女は信太郎たちのそばに生徒として潜り込んだスパイだった。しかし信太郎と深く関わったことで彼女の心境に変化が起こり、最終的には地球侵略作戦から外れることを選んだ。現在は仲間とは認められていないものの、信太郎を助けるためにアクトナイト達に協力するつもりでいる。
そして最後の1人。彼は一番最初にアクトナイト達が戦った銃士なのだが、とある作戦のため長い間日本を出ていた。
「もう世界各国のお偉いさんは日本にビビりまくりダ!俺が合図すれば核ミサイルだろうがクラスター爆弾だろうが正義の名の元に使ってくれるゼ!特にホワイトハウスの住人がその時を楽しみに待ってル!」
「いいネ。この調子でどんどん外堀を埋めていこウ」
エルビス。それがこの男の名前だ。彼は戦争を楽しんでいる最低な人間の部類に入る。
「ところでシーナハ?まだ学校通ってんのカ?」
「彼女ならもう僕たちから離れてアクトナイト達の元に行ったヨ」
「そうカ。まあ揺らいでたところもあったシ、完全に敵になったらぶっ殺せるしそれでいいカ」
今のメノルはオリジナルのアクトソードではなく紙束を持っていた。紙は全て真っ白で、右上がホッチキスで留められているだけだ。
「…どうしたメノル」
「いヤ、なんでモ」
不思議なことにそれはエルビスに見えていないようだ。メノルは微かに笑いながら紙を捲った。逆に彼には紙とそこに書かれている何かが見えているようだ。
「食事にでもしようカ。そういえば外国の食事はどうだっタ?」
「イギリスの料理はクソ不味かったゼ。韓国と中国は常にストレスマックスなのか辛い物ばっかりだったシ、アメリカは食に溺れて死にたいのか高カロリーな物ばかりだっタ。ハンバーガーっていう爆弾にコーラって毒水。あいつらは胃で戦争でもやってんのカ?ただ戦場や襲った基地で食った食糧は旨かったなァ」
日本は世須賀市から宇宙人の侵略を受けているも同然の状態だ。各国では宇宙人から日本を守るという名目で、どう未来の政治に介入していこうかと試行錯誤していた。
エルビスはそこを狙った。日本人は宇宙人と共生して発展していく、つまりは驚異になると警告をして回った。宇宙人がどれほどの存在かは彼が身を持って証明した。
現在、日本は危うい立場にある。そんなことを知る由もなく、剛は美保を連れて街を歩いていた。
「なんか寂しくなりましたね~」
シャッター通りは珍しくない。珍しくないが、いざ来てみると驚かされるものだ。
「宇宙人が来てから市外に引っ越す人間が増えた。こうなるのも無理はない」
「あ、お母さんからメール来た…元気してる?って…なんか朝食の写真も送られて来た…ふふ。元気そう」
最近、義兄である信太郎が原因で両親はマスコミに押し掛けられたり、職場で問題になったりと散々な状態だった。信太郎が怪人になって再び騒がれたが、2人は慣れてしまってみたいだ。
美保はそれら面倒事を避けるために、それと帰る場所のない剛に付き合おうと、両親には剛と同居してると偽っている。実際はシャオの宇宙船の一室を借りているのだ。
「先輩、行く宛ないならウチで一緒に暮らしましょうよ」
「断る。あの家には信太郎がいる」
「えー、もうあいついないも同然っすよ。怪人になる前からずっと帰って来てないんで」
美保は信太郎を家族とは認めていない。アパートに居候していた頃から気に入らなかったが、今はもっと気に入らない。
面倒な性格。そこが信太郎を嫌いになる一番のポイントだった。
「ところで心の中に入るっていう作戦、流石に先輩は参加しませんよね?」
「やるぞ」
「は?なんで?あんなやつ助ける義理がどこにあるんですか。それに元々は殺すつもりだったじゃん」
「事情が変わった。それにあいつを始末して他のアクトナイト達を敵に回したくない。今のあいつらは強い」
「そんな…えぇ…でも他の人たちだってもしかしたら信太郎が嫌いで参加しないかもしれませんよ!」
「それは…ないだろうな」
「なんでそう言いきれるの!?」
「分からん。俺とお前の間にもある信頼。それがあいつらは人一倍強いのかもしれない」
美保は今にも泣きそうだった。たまに剛が自分を肯定しなかったり意見が合わなかったりすることがあるが、信太郎を助けたくない自分と反対の意思を持っていたのがたまらなく悔しかった。
「信太郎たちの肩を持つんですね…」
「いや、そういうわけじゃ」「あ~あバッカらしい!なんか私だけ子どもみたいにピーピーわめいて…どーせ!私は嫌な人は助けたくないケチな女ですよ!」
「お前は良くやってる。俺たちの中で一番若いのにちゃんと戦える。それに素質があるから剣にも選ばれて、初めての戦いで怪人を倒せたんじゃないか。そうだろ?」
快感。自分の愛した男にここまで言われた美保は、ブルッと身体を震わせて悦に浸った。
昼になり2人は開いていた飲食店に入った。店内はガラガラに空いていて、すぐ店員にテーブルを挟んで向かい合う席に案内された。
「ミートソーススパゲティとナポリタン。あとオレンジジュースを2本お願いします」
「あぁ~せっっっかくの冬休みなのになんだかなぁー」
「春休みにどこか行くか。県外でも外国でも好きなところに」
「飛行機嫌なんで…箱根!あたし温泉入りたい!」
「県外ですらないじゃないか。まあそこがいいならそこにしよう」
日常的な会話を久しぶりにした気がする。怪人から地球を守る使命を背負う剛と、戦士になった美保。2人にとって今は大切な一時だった。
天井に星空が浮かぶ。プラネタリウムを見上げるのは那岐と芽愛だ。
客は少なく席も離れているが、念のため声のボリュームは小さめに2人は会話をする。
「綺麗な星空だけど…その向こう側から侵略者が来てるんだよね」
「夜に光って見える星は恒星よ。メルバド星がどこかなんて分からないわ」
革製の椅子はボロボロだ。投影機が映し出す星空もどこか汚れていて、1000円という入場料すら高く思えた。
戦いを忘れようと出掛けていた2人だが、座り心地があまりにも悪かったせいで出てきた頃にはやけに疲れていた。
「はぁ…アイスでも食べよっか」
芽愛はアイスクリームの自販機で、キャラメル味とチョコビスケット味の2本を購入。キャラメルを那岐に渡し、ビリビリと包装紙を破いた。
「ねえ…芽愛。今は信太郎のこともあるからやっぱり」
「今日はパトロールもしなくていいんだよ」
「すいません!サイン良いですか!?」
男性が那岐に駆け寄って色紙とサインペンを渡してきた。そういえば彼女は顔が知られてるんだったと、芽愛は変装させなかったことを反省。男性を追い払おうとした。
「いいのよ芽愛」
芽愛は色紙を抱えたまま綺麗に名前を書いた。
「これからも街をよろしくお願いします!」と男は礼をすると、一緒に来ていた仲間たちの元へ戻り、色紙を自慢していた。
「朝日君とデートする時もあるの?ああいうの」
「うん。けど昇士が追い払ってくれてる」
「大月君は…どうだったんだろうね」
信太郎も有名人だ。しかし世間からの印象は良いとは言えない。悪に堕ちたあの出来事は、見事に都合のいい部分だけが世間に公表され、信太郎は完全な悪人と見なされた。
だからこそ、昇士と那岐に彼を倒して欲しいという声も少なくない。
「知らないわ。でも良いことなかったから今の状態になったんじゃないの」
プラネタリウムの施設を出た2人はしばらく田舎道を歩いた。一応、芽愛は調べてここに来たつもりだが、世須賀にこんな静かな場所があるなんてと驚いていた。
それから坂道を登って景色を一望できる展望台に来た。ここに来るまでに誰ともすれ違うことはなかったが、展望台には自分たち以外誰もいない。
手前から自然、街、そして広い海が見える。平和に見えるこの景色の中で怪人と戦っているというのは実に異常だ。
「今さ、ふと気付いたことがあるんだけど聞いてくれる?」
「…なに?」
「白い目で見るっていう言葉があるじゃん。あれって矛盾してない?」
「?」
「だって白目剥く時って意識が朦朧としてる時とか危ない時じゃん。そんな時ってちゃんと見えてないよね?」
「確かに見えてないのに見るっておかしいわね…それで?」
話の着地地点を用意していなかった。空を流れる雲が目に見えたからこんな話が思い付いたわけだが。
「今じゃ色んな人が大月君の白い目で見てるけど、それってつまり、ちゃんと彼のことを見てないで悪口言ってるってことだよね」
「クスリともしないオチだったけどまあそうね。今まで守られていたことを忘れているのか、都合が悪くなったから非難するのか…それでも、堪えられないからって怪人になって人を傷付けていい道理は存在しない」
2人とも信太郎を助ける覚悟は出来ている。特に芽愛は一度、信太郎を闇で汚染した過去があるし、自分も今の彼と近い状態になっていたこともあるからだ。
オレンジ色の空。4時を告げるメロディー。もうすぐ夜が来る。
「灯刀さん」
「今度は何?」
「好きだよ」
油断していた那岐は芽愛に唇を奪われた。いや、そもそも警戒する相手ではなかったはずだ。
突き飛ばそうと胸を押す。だが芽愛は肩をガッシリと掴んでいて、せいぜい顔が離れるだけだった。
「ぷはっ!いきなりなにすんの!?」
「私、灯刀さんのことが好き。朝日君と同じくらい」
「だからってやめてよ!」
「嫌なら拒んでよ」
那岐の力なら簡単に芽愛の腕を払える。だが離そうとして手は芽愛を掴んでいるだけだ。
「嫌なら突き飛ばしてよ。私より強いんだから」
「怪我するでしょ…お願いだから離して」
「分かったんだ。私は朝日君だけじゃなく灯刀さんも好きなんだって」
「なんでそう思うのよ。勘違いとかじゃないの!」
「胸が苦しくなるんだ。朝日君といる時、あなたといる時、2人と一緒にいる時はもっと苦しくなる…」
腕が離れない。芽愛の力が強くなっているのか、それとも那岐自身がこれからのことに何か期待をしてしまっているのか。
「灯刀さんもそうなんでしょ…朝日君だけじゃなくて私のことも好き。だから拒まないし、今まで一緒にいてくれたんだよね」
「…」
「朝日君は灯刀さんだけのことが好きだから…灯刀さんは私のこと、好きでいて」
那岐は芽愛を拒まなかった。「ごめんなさい、昇士」と心の中で恋人に謝ると、今度は自分から唇を押し当てた。身体を剥がそうとしていた腕も背中に回す。昇士とは違う温もりがそこに存在した。
芽愛の心の中には以前のような闇は無い。そこにあるのは純粋に人を愛しているごく普通の想いだった。
日が落ちたにも関わらず、記念公園では少年たちが特訓をしていた。
「でりゃぁぁあああ!」
「やぁぁあああああ!」
将矢と奏芽が気合の雄叫びと共に木刀でぶつかる。人を守るための特訓なので、恋人同士だからと容赦はしない。
将矢の突きを掴んで止める奏芽は、そのまま相手の足を引っ掻け転倒させると、首に刀の先端で触れた。
「はい、また1本」
「やるなー!」
「僕、異世界で冒険して来たんだ」
休憩中の啓太は、怪獣との戦いの後に体験した摩訶不思議な出来事を千夏に語っていた。
「異世界転生ってやつかな?勇者として異世界に召喚されて魔王を倒す旅をしたんだ」
「そうなんだ。大丈夫?頭打った?」
「頭だけじゃなくて全身心配してよ。なんで生きてるのか自分でもよく分かんないんだからさ」
啓太は作り話を語っているのではない。しかし証拠は何一つなく、異世界での出来事はこの世界に何も反映されていないので、特に重要な話ではない。
「冒険の中で色んな人に出会ったんだ。最高の魔法使いを目指す僕と同じ歳くらいの少女、家族の復讐を誓ったお姉さんに、魔物との共存を夢見た女の子」
「女性率半端なくない?」
「それ思った…それでね、魔王を倒した時に生き残ってたのは僕だけだった。みんな死んじゃったんだ。魔法を悪用する悪人に立ち向かって、復讐を遂げるため道連れにして、魔物たちを虐殺する人間を止めようとして…それに僕が殺した魔王は孤独を嫌ってた。自分を追い詰めた人類たちに復讐しようとしてた」
啓太は魔王と信太郎を重ねていた。
「信太郎は追い詰められてる。きっとどれだけ力があって復讐しようと動いていても、遂げることなく死んでしまうよ」
「それでも…私は大月君を助けたいと思えない。だってあいつは!死んだ啓太のことをバカにした!平和に犠牲が必要ならあいつが死ねばいい!無理して助ける意味なんか…」
「ダメだよ。千夏は優しいんだからそんなこと言ったら」
優しく諭す啓太の声に怒りや侮辱の意思は感じられない。啓太の気持ちも考えずにことを言ってしまったと千夏は泣きながら謝った。
「…最高の魔法使いになるのに悪用する人間を倒す必要はなかった、復讐のために命を捨てるなんて間違ってる、味方か敵かも分からない存在のために死ぬなんて馬鹿げてる………僕たちも同じなんだよ。名前も知らない街の人たちを守るために戦う頭の悪い人間なんだ」
「頭が悪いって…」
「悪いよ。この力を使えば一生楽な生活や、メルバド星人みたいに地球侵略だって出来るのに。それなのに僕たちは命懸けで誰かのために戦ってるんだ」
それを知ってもなお、啓太は人々のために戦い続けることを選んだ。その理由は…
「僕がやるべきことなんだ。アクトナイトという力と一緒に、僕たちは使命を与えられたんだ。人々を守るために戦うっていう使命を」
「使命…」
使命。そんな大層な物、自分にはないと決め付けていた千夏にもそれは存在した。
「当然、友だちだからって理由もあるけどそれだけじゃない。信太郎を助けるのも使命なんだ」
使命を語る啓太の近くでは運命に抗う者がいた。
「ふんぬぅぅううううううううううううう!」
「行けぇぇえええええ!頑張れぇぇえええ!」
地面に突き刺さったアクトソード。それを掴み取るために前進を諦めない昇士と彼を応援するシャオがいた。
アクトソードは選ばれた者にしか握ることは出来ない。それ以外の人間は剣から拒絶されてしまうのだが、昇士は一度だけ剣を手にして変身を遂げた。
流れ出る汗すらも、まるで向かい風を受けたかのように飛んでいく。それでも抗う昇士だったがとうとう限界が来た。
「ぐっ!無理だ!」
倒れる昇士。シャオはそばに来るとすぐに治療を始める。ひび割れた骨、千切れた筋肉、簡単に治るはずのないダメージがあっという間に完治していた。
芽愛との戦いの時は自身の力を開放し、無理矢理アクトソードを使用した。今回も同じやり方で試してみたのだが、今まで以上に拒絶反応が強まっていた。
「何がいけないんだ…?」
「多分いけないんじゃなくて足りないんだろうな…あの時みたいに強い気持ちが必要なんだよ」
説明を聞いた昇士は立ち上がれなかった。治ったはずの身体がまだ痛む気がした。
しばらくして剛たちが帰って来ると、他の少年たちがそれぞれいるべき場所に帰り始める。
離れて特訓を見ていた真華に居場所はない。罪の意識から、宇宙船の中に入ろうとも思わなかった。
もしもこの場に信太郎がいたら。それをいつも考えてしまう。次の戦いで決着をつけると啓太が言っている。それが終わったらまず、メルバド星人であったことを隠していたのをちゃんと謝ろう。そしてもう一度想いを伝えようと決めた。