第90話 未遂の大罪
以前、記者への復讐を失敗した信太郎はそのことをすっかり忘れて、次になにをするか考えていた。
アクトナイト達を倒す以外のことだ。彼らがいなくなったら盛り上がらなくなってしまう。
強敵を相手にしながらでも達成出来る悪事は何かないだろうか。
「だったら人を殺せばいいんじゃないかナ。怪人は怪人らしくサ」
「俺はお前と同じ悪になったが仲間になったつもりはない…思い通りには動かないぞ」
信太郎はそばに立っていたメノルに剣を突きつけた。同じ悪人でも、やはりこいつは気に入らない。
「お前らの星の人間を皆殺しにしてやってもいいんだぞ」
「無理だネ」
「とっとと失せろ。殺すぞ」
「からかいに来たのにすぐに帰るわけないじゃン」
言葉で信太郎の勘に触れ、見事に攻撃をさせるメノル。怒りに任せている攻撃など簡単に避けてしまえるが、ここはあえてオリジナルのソードを防御に使い見せ付けた。
「カッコいい剣だよネ。もしこれを取り戻せたら誰が持ち主になるだろうとか、シャオは考えてるんじゃないかナ」
「何が言いたい…」
「その持ち主が君…かもしれなかったんだヨ。ツイてないことばかりで恵まれない君にもチャンスがあっタ。けど自分でそのチャンスを溝に捨てたんダ。勿体ないよネ。彼の期待を蹴って悪に堕ちてサ」
「どの口が言うんだ!」
力押しで崩れたメノルを横から切りつける。ついに攻撃が入ったかと思ったが、素手で刃を捕まれていた。メノルは信太郎を引き寄せると、先程まで会話していた相手の顔面に容赦なくパンチを連発した。
「クレーターだらけだネ。こういうのをブサイクな顔って言うんでしョ?」
地面に捨てられた信太郎に意識はない。それでも敗北感は植え付けられたので、メノルはこれからどうなるかを楽しみにその場からを去った。
しばらくして目を覚ました信太郎は八つ当たりに近くにあった自販機を破壊した。
街を守る戦士になってから初めての元旦。少年たちに休みはなく、今日はパトロールを行っていた。
ペアを組んだ芽愛と那岐はペガスターに2人乗りして、街の上空を走っていた。
「翼を動かさないで飛べるって楽でいいわね」
「灯刀さんはいつも羽を生やして飛んでるもんね」
那岐に飛行能力を与えパワーアップさせるアニマテリアルのイーグル。他が街に散って警備している中、彼女は主人である芽愛と相棒の那岐の周りを飛んでいつでも戦う準備が出来ていた。
「そろそろお昼にしよっか。どうする?」
「ふわあぁ…まだいい」
退屈して眠くなった那岐は背中を借りて目を閉じた。足元のヒーターがいい具合に暖めてくれるので、眠気はさらに増していく。
「何かあったら起こすから寝てて大丈夫だよ」
那岐は戦士だ。変身はせずとも、並外れた身体能力と武器で日々戦っている。疲れているのだろうと芽愛は寝ることを責めたりせず、むしろ今は体力を温存しておいて欲しいと思っていた。
「…雲が流れて来てる。天気予報は…夕方から雨かな」
芽愛は外付けの小型パソコンで情報収集。昨日は昼頃に怪人が出たが今日はまだだ。このまま出なければいいと強く願った。
「すぅ…すぅ…」
可愛らしい寝息に心がくすぐられる。ギアを下げて少しスピードを落とし、静かにパトロールを続けた。
信太郎がイーヴィルの剣を抜いたあの日、芽愛は酷い侮辱を受けた。その後に那岐と昇士の慰めがなければ今頃パトロールなどしていない。もしかしたら、信太郎に殺したいと思う程の憎しみを抱いていたかもしれない。
不思議なのは、どうして彼女たちに慰みを求めたのかということだ。これは芽愛自身でもよく分かっていない。
当時は独りにしてもらった方が気楽だと考えていたはずなのに、2人に言いたい事を全て吐き出した今でも調子が良かった。独りにされていた。それこそまだ立ち直っていないかもしれない。
「ありがとう…灯刀さん」
起こさないように優しく髪を撫でる芽愛。昇士への想いは変わらないが、那岐に対しても友情よりも強い何かで触れるようになっていた。
「見つけた」
ビルの上、剣をライフルのように構える信太郎はフワフワと浮いているペガスターに狙いを定める。操縦士がかつて想いを寄せられなかった少女であっても、攻撃の意思に揺るぎはない。
頭を跳ばせばシャオの治癒能力でも治せない。最初から、こうして暗殺を図れば良かったのだ。
「やめた方がいい。1人でも殺せば二度と戻れなくなる」
また幻聴が聴こえる。幼いが大人びている、戒めるような喋り方に不快感を忘れられない。
「俺はもうやるって決めたことから逃げたくないんだ」
「決心したつもりになって誤魔化してるけど、君はこれからやろうとしていることが悪いことだって自覚出来てる。だからやめるんだ。やったところで何も得られない。ただ失うだけだ」
「殺せば満足感を得られる!見てろ。陽川さんを撃ち抜いて…やる!」
弾丸のような形をしたエネルギーが発射された。ターゲットの到達までは僅か1秒。結果はすぐに見えた。
「外した…」
ペガスターは煙を出してはいるが、墜ちる気配はない。
大きな音で那岐が目を覚まし、鬼の形相で空へと羽ばたいた。
こちらの居場所は間違いなく割れている。逃げ出そうとした時には既に攻撃が始まっていた。
「攻めてくる!」
まだ信太郎は変身すらしていない。那岐は殺傷力の高い刃を、伏せてがら空きの背中から地面に突き刺した。
「随分…殺意ある攻撃だな」
「本当は腕を引いてあんたの心臓焼き切りたいけど…我慢してるの。昇士も芽愛もみんなも、その剣を捨てて人間に戻るのを願ってるから」
那岐は敵に情けを掛ける程に油断していた。だから、影から放たれた槍状の攻撃を防御すら出来なかった。剣を握っていた手とそれを拾う手、両手を落とされてしまった。
「…殺さないのね?」
「全員の前で首を跳ねた方が精神的に苦痛を与えれていいからな」
説明をしながらも信太郎の焼き切れた身体は再生していく。その光景が今の彼は人ならざる存在と教えてくれる。
「出てこいよ陽川さん。なんなら今ここで灯刀さんを殺しても構わないんだぜ」
ペガスターの機影がない。おそらく、どこかで那岐を救助するチャンスを待っているのだろうと信太郎は脅しを掛ける。
どこに隠れているのか。那岐の元を離れて探そうとした瞬間。
「今だ!」
昇士の合図と共に残りの戦士たちが一斉に飛び出し、那岐を救出して信太郎を包囲した。
「な、なんで全員集まってるんだ!」
「私との会話に夢中でエナジーに気付かなかったのかしら…それとも人の心だけじゃなくてエナジーすら感じられなくなった?」
「こら興奮しないで…血が凄い出てるから」
変身しようと手を動かすと、容赦ない攻撃が腕を飛ばした。その次に逃げられないように、両足に硬い楔が打ち付けられた。
「ここまでだ信太郎…その剣はぶっ壊す!」
「嫌だ!こんなところで…俺は…!」
「大月君もうやめて。これ以上将矢たちを困らせないで!」
水の縄が首を締め付ける。意識は遠退くが暴れたいという意識は強さを増していた。
「俺は…俺は…まだ少しも幸せになっちゃいなイ!」
なんという諦めの悪さ。信太郎はアクトナイトではなく魔人に変身して拘束から脱出した。
纏わりつくような邪気のせいなのか、戦士たちは撤退を選ばない。先日、苦戦したというのに。
水を掴むとはおかしな表現だが、信太郎はアーキュリーの縄を掴み漁師のように引き寄せた。
「奏芽!」
フレイスが間に入ったことでダメージは分けられたが、それでも魔人のパンチを受けた2人の変身は解けてしまった。再変身しようにも身体は動かせない程に痛んでいる。
「退くぞ!」
ガーディアンの指示を阻止するように、影の檻が魔人を含めた全員をその場に封じ込めた。
「先輩!倒さないと出れないパターンっす!」
「2人同時に相手してやるヨ!」
焦って飛び出したサートゥーン。美保の余裕ありげな声色が信太郎には気に入らなかった。
風を切るスピードで分身を作りながら接近。魔人は自分を注目していて、背後から必殺技を構えるガーディアンには気が付いていない。
サートゥーンの分身たちは一斉に攻撃するが、全て砕かれて砂に戻る。しかし本体は死角も死角。倒れるギリギリまで姿勢を低くした状態から、腕を切り落とそうと剣を振り上げた。
「ごめん先輩…私に構わず…」
しかし腕は切り落とせなかった。それどころか逆に捕まり、人質としてガーディアンに見せつけられていた。
「人質とは卑怯な!」
自分に構わず敵を討て。そう言われたら迷わず攻撃するのが剛という人間である。しかしそれが美保なら別だ。
アクトウェポンを床に向けて、動くことが出来なかった。
「意外と優しいところあるんだナ」
魔人の伸びる腕が初めにサートゥーンを、終わりにガーディアンを貫いた。致命傷は避けてやったと言うが、2人も倒れて戦闘不能となった。
「信太郎…許さないから!」「すまない…判断を誤った」
「あとは…残しておくか。怪我をしたこいつらを連れて帰るやつがいないといけないしな」
檻の外へ煙のように出ていく信太郎。しかしこれで終わりではないようで、アンバランスに大きくなった右腕を都市部の方に向けた。
「昇士!千夏!檻を破りなさい!」
2人が檻に攻撃を始めると同時に、信太郎はエナジーを右腕に集中。強力な一撃を準備し始めた。
「少し暴れてスッキリしたワ。もう復讐とかどうでもいイ」
「だったらなんで人を殺そうとしているんだ!」
「なんでっテ…怪人になったからかナ。それが俺のやらないといけないことな気がしテ…今から死ぬ人たちには申し訳ないと思うヨ。本当ニ」
遂に怒りではなく本能的に人を殺す。信太郎は心すら怪人になってしまったのか。
開いた右手にエナジーが集まる。その間に信太郎は身体を少し動かして、都市部に攻撃が命中するよう調整した。
「この檻!壊せねえぞ!」
「いい加減にしなよこのメンヘラ!もう八つ当たりってレベルじゃないよ!」
「ドッカァァアアアアアン!」
口からの擬音と重なってエナジーレーザーが照射された。
都市部には沢山の人がいる。それがこれから一瞬の内に燃やされることになると知っても、助かる術はどこにもない。
「ハハハハハハ!」
信太郎は笑っていた。それも宝かに、勝利を誇るように。人を殺すことがそんなに楽しいのだろうか。那岐たちにはその心が理解出来ない。きっと理解しなくていいことだろう。
「…ア?」
しかし、ビームは止められた。街の近くまで行くこともなく、発射地点から離れていないところで。
「信太郎君…私が君を助ける」
メルバナイトシャイン。愛澤真華の変身したメルバナイトが攻撃を受け止めた。
地球を侵略に来たはずのメルバド星人が今、同族を殺そうとしていた地球人から人々の平和を守ったのだ。
「助けル…一度を人を助けたくらいで正義のヒーローぶってんじゃねえゾ!」
「私は自分が正義だとは思ってないよ」
光のマントをはためかせるシャインは魔人に前進した。剣を持ち直したところを見るに、本気で攻撃するつもりだ。
「お前に俺を切れるわけ…」
「切れるよ。信太郎君を助けられるのならこの身体だって」
そこでなんと、魔人は戦わずに後退した。真華の瞳は仮面の中。しかし今の言葉と共にぶつけられた覚悟に怯えて負けを悟った。
右腕には既に2撃目のチャージを終えている。撃つのは足元。そこにいる仲間たちだ。
「なんでいつも上手く行かないのか…」
魔人の腕が発光するのを見てシャインが加速する。あれが発射されたら、少年たちは誰も助からない。
「お前たちのせいなんだな。いっつも注目されて、それで俺が余計に上手く行ってないって劣ってるみたいに感じるんだ」
「間に合わない!」
「死ネ!」
エナジーが発射される直前、魔人のそばを何かが通り過ぎた。そして魔人の攻撃は発射されることなく、大きな腕がバラバラになって足元に落ちていった。
「ウワアアア!アアアアア!俺の腕ガ!アアアアア!」
シャインではない。彼女と魔人の距離はまだ離れている。発射に間に合うわけがなかった。
「誰だお前はアアアアア!」
魔人の怒号は青空へ向けられる。そこには純白な翼を広げる剣士の姿が。
セルナとは違う。白い翼のアクトナイトが信太郎を見つめていた。