第9話 美少女転入生
「初めましてみなさん。隣の県から越してきました愛澤真華です。急な転入となりましたがどうぞよろしく」
ある日突然、信太郎たちのクラスに転入生がやって来た。新しい生徒がやって来ると担任から言われたのもついさっきだった。
転入生の名前は愛澤真華。彼女を見て信太郎が最初に思ったことは「凄く美人だ」という驚きだった。
「それじゃ愛澤さんは信太郎の隣に座ってくれる?」
(しかも隣っていうね…)
「よろしくね愛澤さん」
「うん、よろしく」
表面には出さなかったが信太郎は大喜び。心の中でガッツポーズをとっていた。
だが休み時間、可愛い転入生の回りには男子が群がっていた。話しかけるタイミングを逃した信太郎は静かに次の授業の準備をしている。
教室を移動しようと席を立った信太郎を見ると、真華は不快な思いをさせないように男子たちとの会話を終わらせて彼を追った。
「あれ?愛澤さん美術取ってるの?」
「うん。歌はあんまり得意じゃないから」
彼らの学年では音楽か美術、どちらかを選択して受けることになっている。身内に美術の授業を取った者はおらず、これまで信太郎は一人で絵を描いていた。
しかしこの日から、孤独だった彼に一緒に絵を描く友だちが出来た。
「信太郎君、絵上手じゃん」
「愛澤さんも…抽象的だね」
これまで通り静かに描くことに変わりはない。それでも真華という少女がいるだけで、信太郎は自分に青春が訪れたように感じていた。
昼休み、信太郎は人のいない場所で弁当を食べようとしていた。
教室を出る際にチラッと真華の方に目をやると、相変わらず男子達に囲まれていた。
「ごめんね、一緒に食べたい人がいるんだ」
男子たちにニコッと微笑み真華は席を立ちあがり、信太郎に追いついた。
「ねえ信太郎君、一緒にお昼食べようよ」
「え?俺と一緒でよければ…別に…いいけど」
転入生の美少女と二人きりで弁当を食べる。こんな漫画のようなイベントがあっていいのだろうか?
もしかして脈ありか?彼女は俺に一目惚れしたんじゃないか?と歩いている間ずっと考えていた。
そんな彼は美少女と二人きりになるということ自体初めての体験だった。
いつものように信太郎は人がいない屋上に上がったが今日は真華も一緒だ。独りではない。
「わぁ~景色いいねここ」
「うん。人も来なくて静かだからいつもここで食べてるんだ」
二人は中庭にいる生徒たちを見下ろした。芝生やベンチのある中庭の方がいい環境だが、それよりも屋上は静かだった。
「コンビニ弁当なんだね」
「愛澤さんは…もしかして手作り?」
コクンと頷いた真華は黙って一礼して弁当を食べ始めた。とても行儀がよく箸使いが上手だった。
今日も太陽が照り付ける。二人は日陰へ逃げて雑談しながら弁当を食べた。
「ねえ、私ここに来たばかりで街のことよく分からないんだよね。放課後空いてる?よかったら案内して欲しんだけど」
「マジで?…うんいいよ」
それからも二人は会話を続けてあっという間にお昼の休み時間が過ぎて行った。信太郎がこんなにあっという間で楽しい昼休みを過ごせたのは、高校に入って初めてだ。
そして放課後、信太郎はしょっちゅう訪れる世須賀の市街地を案内していた。
「まあ何か欲しかったらそこの大きな店で買えるから…向こうは映画館で」
「へえ~…聞いてた話だと田舎ってイメージだったけど、意外と賑やかじゃん」
「ここに集中しちゃってるんだよね…俺の家がある場所なんてコンビニも遠い住宅街だし」
信太郎は気付かれないようにブレザーのトロワマテリアルに触れて、怪人が出現してないか確かめていた。
「今のところ邪悪なエナジーは感じられない…それにしてもどうした信太郎。心が躍っているぞ」
「ちょっと色々ね…また連絡する、バイバイ」
アクトナイトと連絡を取り合っている間にも真華は周りを見渡して、興味が惹かれるものを探していた。
信太郎はデート気分で真華に街の案内を続けていた。また別の場所に案内しようとすると、真華に電話が掛かって来た。
「ごめんちょっといい…もしもし?…え、もうそんな時間、ほんとだ…分かった…」
用事を忘れていたという真華。案内をしてくれた信太郎に申し訳なさそうに頭を下げると駅の方へと走っていった。
「そんな~…」
すると今度は信太郎に電話が掛かって来た。電話に出ると啓太の声がした。
「どうした啓太、怪人か?」
「うん。場所は功横台。今僕と千夏で対応してる!」
通話を終えると信太郎はエアボードに飛び乗り、ビルを越えて現場に飛んで行った。
「信太郎。先日、物体を吸収する怪人と戦った時のことを覚えているか?」
「あのドロドロしたやつか…それがどうかしたのか?」
その怪人はトンベ。周囲の物体を吸収し、取り込んだジュピテルの力までも使った強敵だ。
「奴との戦闘記録を振り返っていた時に気付いたことだ。千夏がトドメを刺した時、コアと一緒にマテリアルが破壊されていた」
「そんな!…その前も身体を止めてくるやつ!あいつからもマテリアルが出てたよな!」
「二体とも変わった能力だった…今回の怪人は無数の紐を操る変わった攻撃をしてくる。もしかしたら今回もマテリアルを備えているかもしれない。出来るなら回収を頼む」
信太郎は怪人の上空でエアボードを制止させると、セルナへと変身してそこから飛び降りた。
(死角からの奇襲だ…って!?)
ジュピテルたちと戦っているはずの怪人は、信太郎が落ちてくる頭上に向かって紐を勢いよく射出した。
回避出来ないと悟ったセルナは咄嗟に防御をする。束になった紐に殴られたセルナは、そのまま姿勢を崩して地上に墜落した。
「いってえええ…」
「大月君、大丈夫?」
ビヴィナスの手を借りてセルナは立ち上がる。毛玉のような姿の怪人は不気味に紐を揺ら付かせていた。
「これって将矢の力ならすぐ倒せそうじゃない?炎でぼわってさ」
「いやそれが連絡取れないんだよ…僕があの紐を止めるから、頼むよ信太郎」
「分かった!」
幸いなことに当たり一面雑草まみれの場所だ。ジュピテルはソードを地面に突き刺して、周りの雑草をゾワゾワと成長させてコントロールした。
周囲の植物は怪人の身体へと伸びていき、厄介な紐と結びついてその能力を封じた。
「これなら攻撃できる!」
セルナが無防備となった怪人の本体へと走り出した。怪人は紐を動かそうとするが、それよりもジュピテルの植物の方が力強く何も出来なかった。
「くらえ!セルナスラッシュ!」
セルナの剣が勢いよく振り下ろされた。怪人はシュワシュワと泡へと変化して消滅していった。
「今回は呆気なかったな…」
怪人がいた場所にはマテリアルが落ちていた。信太郎はデバイスモードでアクトナイトにマテリアルの映像を中継した。
「よし…今回は崩れそうにないな。頼む信太郎、公園までそれを」
怪人を一体撃破した。それだけで戦いはもう終わった。敵はもういないと三人は油断していた。
「大月君!上!」
信太郎が上を振り向こうとした時には既に何かが目の前に立っていた。
「なんだお前」
「それを回収させるわけにはいかない」
その戦士はメルバソードを持っていて、姿もメルバド星人のエルビスが変身したメルバナイトと似ていた。
「それは壊させてもらうから!」
振り上げられたメルバソードはセルナの握るマテリアルを破壊し、そのついでに左手も切り上げた。
「ああああああああああ!」
思わず悲鳴をあげた信太郎はその場に倒れ込んだ。
「…メルバナイトシャイン。シャインマテリアルでこの姿になったから、そう名乗ればいいのかな」
「千夏!啓太!そいつはヤバい!信太郎を連れて撤退するんだ!」
仲間を傷付けられた二人にアクトナイトの声は届いていない。ジュピテルたちは剣を持ち直してシャインに戦いを仕掛けた。
しかし二人の攻撃を、シャインは美しい身のこなしで全て回避する。その姿はまるで舞台で舞う踊り子のようだった。
ジュピテルの操る植物たちがシャインを捕まえようとするが、それらはシャインの刃によって全て切断された。
「やっぱり二対一は厳しいかな…」
口ではそう言うシャインだが二人の攻撃を完璧に避けている。それに反撃出来るはずなのに、防御以外では剣を振らなかった。
「…痛っ!」
偶然、ビヴィナスの振った剣がシャインに浅い傷を付けた。シャインは傷口を押さえて二、三歩後ろに引くが深手を貰ったわけではない。
戦いのセンスはあるが、積極性を感じられなかった。
「エルビス程上手くは戦えなかったな…」
そう一言呟くと、シャインの剣が眩しく光り出して二人は顔を伏せずにはいられなかった。光が止んで二人が顔をあげた時、そこにシャインの姿はなかった
「なんだったの……そうだ!大月君!」
信太郎はアクトナイト公園に運ばれて、アクトナイトによる治療が開始された。切断された信太郎の左手は今、ゆっくりと元の状態へと再生している。
その間アクトナイトは新たに現れたメルバナイトについて考察していた。
「以前のメルバナイトが三銃士の一人エルビスだった。だとするとあの女メルバナイトは三銃士の一人シーノだと考えるべきだ」」
「…その流れだともう一人いません?メルバナイト」
「三銃士最後の一人バッド…しかし何故だ?メルバソードと俺の知らないマテリアル…」
しばらくすると将矢と奏芽が汗を流して公園にやってきた。
「すまん…色々あって連絡取れなかった」
「本当にごめん…大月君の容態は?」
「問題ない。たった今左手が元通りなったところだ」
激痛で気を失っていた信太郎が目を覚ます。まずは自分の手があることを確認した。
「おぉ~治ってる…いやマジで痛かった」
「リ、リアクション軽くない?」
啓太は自分がもし腕を斬られたらと想像して身震いした。そんな彼の震えた手を、千夏は優しく握った。
「新しさが必要だな。新しい力…そして新しい仲間」
このままだとメルバナイトに勝てないと判断したアクトナイトはそう呟いた。
新しい仲間と聞いた五人は自分たちの知り合いを想像していた。学校の人たち、家族…
「巻き込むの?関係ない人たちを…」
「出来ないよ…冷静になってみれば私たちがやって来たことってかなり危ないし…」
それ以前にアクトソードは使い手を選ぶ。この剣を握れる人間がそう簡単に見つかるとは誰も思わなかった。
アクトナイトは宇宙船の中で武器の開発を始めると言ってお開きにした。公園から出た五人はこれからの戦いに不安を感じていた。
「…俺たち勝てるのかな」
「でもアクトナイトが新しい武器を造ってくれるって」
「だからって勝てるか分からないじゃん…」
「今日のもめっちゃ強かったし…」
「それでも俺たちがやらないといけないだろ」
将矢の言う通りだ。今この星でメルバド星人と戦えるのは、地球を守れるのは彼らしかいないのだ。
「まあ…そうなんだよね…」
これからも戦いは続く。もしかしたらこの後すぐに怪人が現れるかもしれないのだ。
それなのに今、四人の戦意がなくなり始めていた。
その中で一人、将矢だけは怪人と戦い街を守るという使命感を捨てずにいた。