第87話 魔人誕生
日が暮れた。金がある限りネカフェに泊まれるが、どう足掻いても自分に帰る場所はない。
今日は嫌になるぐらい寒かった。今年最後の1日は人を凍死させに来ていた。
信太郎は騒がしい夜の街を歩いていた。ずっと歩いているはずなのに、お腹は嫌に減らなかった。
「…!」
そして戦う力がないのに怪人の存在を感知する能力だけが残っていた。
ここから東。近い場所から怪人のエナジーを感じた。しばらくすると、逃げて来た人々が街の大通りに流れ出てきた。
「怪人が出たんだ!兵士みたいなのもこっちに向かって来てる!」
兵士たちというのはメルバドアル達のことだろう。それよりも巻き込まれる前に避難しなければ。
アルの姿を見て危機感を覚えた人々が一斉に動き始めた。
「うわあああ!」
悲鳴が聞こえる。きっとこの向こうでは誰かが襲われているんだ。その思考がその場に留まらせる原因だった。
全てを失った今、もうどうなってもいい。だけどそれは自分に限った話だ。
襲われている誰かには待っている人ややるべきことがきっとある。自分と違って。
何かと何かを比べるという行為。天秤にかけるという悪い癖はここに来ても変わらない。自分と誰かを天秤にかけて、傷付くべきは誰かと信太郎は自分に問い掛ける。
そして行こうと決心した。傷付くべきは自分だと、自暴自棄の彼に正義感などはない。信太郎はアル目掛けて走り出した。
刃の如き手刀によるチョップをタックルで阻止した。アルに襲われていた人たちを立ち上がらせ、避難を促す信太郎。自分たちに攻撃したということにより、アル達は大衆を無視して信太郎に集中した。
「やややっぱり無理だっ!」
多勢に無勢。何より力を持たない彼に勝ち目はない。せめて自分に集中してる今だからこそと、怪人たちが来た道を走って人々から遠ざかった。
「みんなは何をしてるんだ!年末だからって気が抜けてんじゃないのか!」
戦士たちはまだ来ない。体力もないのでいつまで逃げられるかと不安になっていたところ、それ以上の危機に遭遇した。
「怪人…!」
アル達が発生した原因の怪人が正面に立っていた。怪人は何をするわけでもなく、まるで信太郎のことを待っているようだった。
2人の距離が近付くとアル達は足を止めた。
見覚えのある怪人。イヴの日に見た真華の姿だった。
「お、俺を殺そうったってな!」
「待っテ!話を…話を聞いて!」
怪人から人の姿へ。必死に何かを伝えようとする真華だが、それに耳を傾けない信太郎。この場からどう助かろうかと、口を動かして考えていた。
「騙されないぞ!もうこれ以上…踊らされてたまるか!」
「私は君たちの仲間!もうメノル達の仲間はやめたの!だからお願い!話を聞いて!」
本当だ。次の瞬間、周囲のアル達が一瞬の内に、蒸発するように全滅した。
「君たちのって何だよ!俺は1人だ!もう何でもない俺に仲間なんかいるかよぉぉおおおおお!」
「だったら!………私の命をあげる。それでみんなの元に帰って」
召喚されたメルバソードが持ち主の首元に添えられる。手の震えや青ざめた表情はなく、迷いがない。
「無駄だよ。きっと君の首1つじゃ足りない。いや、どうやっても俺はもう戻れない」
「信太郎君のおかげだよ。この星の生活を知ったから、侵略とか征服とか、そういう酷いことを嫌いになれたんだ。人を…君を好きになれたんだよ!」
「好き…?もうそういうのはウンザリなんだよ!どうせ俺のことなんて…俺のことなんてなぁぁあああ!」
地団駄を踏む。それだけで嵐のように荒れ狂う怒りが伝わってくる。だが真華は揺るぐことなく話を続ける。
「君のことを思ってる人はいるじゃないか!アクトナイトだって、信太郎君が悪い人になって欲しくなかったから力を取り上げたんだ!友だちと喧嘩したのもお互い信頼してたこととかがあって…その…思いあってるからこそぶつかったりしたんだ!私だって君が好きだからこうしてるんだよ!なんで分かんないんだよ!」
「俺なぁ!…俺は………」
薄っぺらい不幸を長々と語れる程の気力はもうなかった。真華からぶつけられた言葉はちゃんと心に響いていた。
気持ちの整理が付かず震えている信太郎の手を優しく取ると、今度は優しく言葉を伝えた。
「勘違いしてたよ。絶望してた君は放っておいて欲しかったり慰めてもらいたかったんじゃなくて、誰かに助けて欲しかったんだよね」
「そうだったの…?俺が?」
「うん。君は1人じゃない。友だちがいて私もいるんだよ。助けを求める気持ちが伝わればきっとみんな答えてくれる」
遠くの方からエナジーがこちらに向かって進んできているのを感じる。覚えのある、仲間たちのものだ。
「誰かいるぞ!ってあの少年は…!大月信太郎だ!」
だがそれよりも先に、カメラやマイク、ボイスレコーダーなどを持った人々が大勢で押し寄せて来た。現地の取材に来た記者たちである。現地に着いた頃には騒ぎが収まっていたため、彼らは最初に怪人が現れたというこの場所にネタを求めて来たようだ。
「行こう愛澤さん」
「そうだね」
これまでの経験から、取材を受ければ間違いなくなく嫌な思いをすると信太郎は分かっていた。
「家族との関係はどうなったんでしょうか?」「不登校や深夜外出と、あまりいい噂を耳にしないのですが…」
逃げると分かった記者たちは一斉に質問を投げ始めた。相手は子どもだ。図星を突いてしまえば激情して、それだけでも記事に出来る。
「…大丈夫、行こう愛澤さん」
だが彼らが想像していたよりも我慢強かった。強ばっている身体を見るに怒りを抑えるのに必死だが、それでも何も言い返して来なかったのは意外だ。
「戦いの際に発生した被害の責任は誰が取るべきかと宇宙人たちと審議の方が行われていますがそれについてどう思いますか?」「その隣の子は恋人ですか?まさか怪人との戦いに一般人を同行させたんですか!」
反応しなくていい。何を言われても後で物に当たったりすればストレスは発散できる。落ち着け…
なんとか自分に言い聞かせ耐えていた信太郎。だがついに次の質問でカッとなり言葉を発してしまった。
「知ってますよ俺たち!君、クリスマス・イヴの日に怪人が暴れていた現場から泣いて逃げ出したよね!証拠はネットに出回ってますよ!あれってどういうことですか説明してくださいよ!戦う力があるのに逃げるって無責任じゃないですか!」
「…っ!」
「ダメだよ何言われても言い返しちゃ!」
「俺はもうアクトナイトじゃない!力を失ったただの一般人だ!」
ついに大きな反応を見せた。ここから責め立てればもっとネタが絞れる。記者の声が合わさり、とてつもない騒音となった。
「どうして力を失うようなことになったんですか!訳を聞かせてください!」「他のアクトナイト達は一体誰なんですか!」「そもそも剣を持っているなんて銃刀法違反じゃないですか!そこんところ!詳しく説明お願いします!」
「それに聞いた話によると非嫡出子らしいですね君!産みの母親とその浮気相手との間に出来た子ども!その母親はまた別の男と再婚!お父さんは君の元担任と再婚!中々複雑な事情をお持ちのようですね!」
「それがどうした!」
「どうしたもこうしたもありませんよ!そんな家庭環境で育った子どもがまともな人間してるわけがない!だから人間関係が上手くいかず家出なんてするんだ!正直言うけどヒーロー向いてませんよ君!」
若い男性記者の論破が決まった途端、黙って俯いた。きっとこれから泣くのだろう。流れる涙にフラッシュの光が反射してきっといい絵になるに違いない。
だがやり過ぎた。最後の言葉に信太郎は全てを否定された気になり、これ以上やられるだけの人間でいることは出来なかった。
「ふふ…っハアッハッハッハァ!」
「ここまでやったんだから約束しろよ!明日から一週間いや一年間!新聞の一面は俺だ!ニュース番組も30分ごとに俺の話題で尺を稼げよ!」
「お望みのアクトナイト!それも新しくて最凶のヒーローの誕生だぁぁああああ!ぬうん!はあああああ!」
突如、信太郎の影から生えるように1本の剣が現れた。漆黒の剣はメルバソードとも違い、そばに立つ真華はかつてない程の闇を感じていた。そして剣の放った闇の力に殴り飛ばされた彼女は頭を打って気を失った。
拍手のようにシャッター音が鳴り止まず、眩しくらいのフラッシュを浴びる信太郎。彼の自己顕示欲は未だかつてない程に満たされていた。
そして胸に手を刺すように入れて、中から小さな物体を取り上げた。真っ暗な真っ赤な血が付着したマテリアルだった。
「アクトベイト!」
掛け声と共に信太郎が身体から溢れた闇に飲み込まれた。イービルソードとダークネスマテリアルが結び付き、これまでとは桁違いの力を持つ戦士が誕生しようとしているのだ。
影から造られた鎧が張り付くように、信太郎の身体に装着されていく。危機感という物がないのか、記者たちはその場から一歩も下がらず撮影を続けていた。
そして赤い目を持つ漆黒の戦士が今ここに。
「最凶の戦士!イーヴィルアクトナイトダークネス!」
目の前の者を本当にアクトナイトと呼んでいいのか。禍々しく怪人以上に恐ろしく思える姿は、戦士でなければ怪人でもない。
それは信太郎という悪魔から出来上がった魔人であった。