第86話 今年最後の出撃
日が沈んだ。次々と灯りが点き始める住宅のテレビでは、今も年末特番が垂れ流してあるだろう。
「昇士の両親って…もう亡くなってたんだ」
「うん。俺が産まれてすぐだったかな。消防士の父さんが殉職して、次に警察の母さんが殉職。おかげで親戚からは呪いの子どもだって言われて…散々だったよ」
年末は家族で過ごすイメージが強い。だが現状家族のいない那岐は、昇士の家に来て年を越そうとしていた。
「まさかこんな可愛い娘を連れてくるなんてねぇ」
「これからもよろしくねえ。昇士も、この街も」
昇士は産まれてすぐに両親を亡くしている。そんな彼を引き取ったのは母方の祖父母だった。父方の方は産まれる前に亡くなっていたが、生きていたら間違いなくなく引き取ってくれた人柄だと聞いている。
「それにしても生で見ても可愛いねえ那岐ちゃんは。あたしの若い頃みたいだよ」
そういえば自分たちは有名人だったと2人は思い出す。危険なことをやっているのに、特に何も言われないのはこちらとしても気楽でいい。
「ところで…本当に初詣行くの?もうコタツから身体出せないんだけど」
彼の弱音を聞いた途端、那岐がコタツのスイッチをオフにした。
「行くの!」
「朝になったらで良くない?てかスイッチ点けて」
そう言われるとムカッときて、プラグを抜いてスイッチを点けた。
「プラグ挿して。電源切らないでね」
プラグを挿し直して暖かくなるかと思った矢先、高速の刃がケーブルを切断した。
光の刃はミカンを焼き切り、少し動かせば昇士の指に届きそうだった。
「ごめんなさい俺が悪かったです。初詣行きたいからその凶器をしまってください」
昇士は嫌々服を着替えて外に出た。常識外れの力を持っている彼も生物。寒いのは苦手だった。
2人ともクリスマスの日に交換したマフラーを巻いて、寒さ対策はバッチリのつもりだ。
2人は市内の大きな神社を目指して出発した。
「それにしてもあの刀どう?使いやすい?」
「う~ん、まあまあね」
日付を遡り25日。シャオから少年少女たちにクリスマスプレゼントが送られた。
素手で戦う昇士には恒星付近に生息する宇宙生物シュバルサークロコダイルの革で作られた穴あきグローブが。
那岐には折れた波絶を改造して造られた光の刃を持つ光軍が送られたのである。
クリスマス・イヴから今日まで怪人は出現していない。向こうにも年末年始は休業するのかと2人は冗談を言いあった。
いっそのこと地球を諦めてどこかへ行ってくれれば。しかしメルバドは戦う生物なので無理な話である。
神社から敷地外まで長い行列が出来ていた。そしてその最後尾には…
(陽川さんだ)
芽愛が立っていた。誰かと一緒という様子でもなく、イヤホンを耳に音楽を聴いていた。
(…う~ん)
自分が原因ではあるが那岐と芽愛を接触させるのは良くない気がする。少し待って間に人が増えてから並ぼうかと悩んでいると、彼女に気が付いた那岐が駆け寄って肩を叩いた。
「あっ、灯刀さん…それと朝日君も」
「なに聴いてるの?」
芽愛は右耳のイヤホンを那岐の耳へ。それから2人で仲良く音楽を聴き始めた。
「…意外と仲良いのね…そう」
空気が重くなったりと修羅場を想像していた昇士の心配は杞憂に終わった。それどころか知らない内に仲が深まっていた2人を見て少し寂しさを覚えていた。
年越しまであと1時間。未成年たちの深夜外出も今日だけは見逃されていた。
「おお~バイクがうるせ」
ここぞとばかりに走り回る珍走団。かなり耳障りだったのか、那岐と芽愛が同じくらい怖い顔をしていた。
「あ、あはは。そろそろだね。なにお願いする?」
「バイクの運用を停止する法律発案」
「一定値以上の音を出したら爆発するバイクの発売」
身近な出来事に意識し過ぎだ。後者はもはやただの爆弾である。
「もっと…もっといい感じのお願いしようよ。ほら…なんか…ない?」
「平和を勝ち取る。そうに決まってるでしょ」
「みんなで一緒にいられたら…いいな」
イメージ通りの素敵な願い事だった。那岐のは願いというよりは抱負な気がするが。
「ねえ見てよこれ…」
「やばっ怪人じゃん…」
前の方にいる男女がスマホを見て発した怪人というワード。その単語を誰1人聞き逃すことはなかった。
また平穏が脅かされている。助けを求める人々の視線は昇士たちに集まっていた。
こんなところで何をしてる?街を守るのが君たちの仕事であり義務であり使命だろ。中にはそんな風に鋭い目で見てくる人も。
「い、行こっか!」
飛び去る後ろ姿。それを見て応援する者もいれば、1人増えたという指摘もあった。
現場は隣街。年末年始ぐらい休ませて欲しいと渋々向かう戦士たちを待つ怪人は一体…