第82話 雪の降るクリスマス・イブに君と
12月24日の朝6時。
ホテルの一室でピピピピと、アラームが鳴った。
「ん…もう朝か」
目を覚ました信太郎はシャワーを浴びてから、昨日買った衣類を紙袋から取り出した。
「ん~…どれが良いかな?てかデートに相応しい服を買えたのか?」
緊張しているのか独り言が多い。
真華と2人で出掛けた事は何度かあったが、デートを意識してとなると話は別だ。緊張が止まらなかった。
まだチェックアウトまでには時間がある。
着替えを済ませた信太郎はルームサービスで頼んだ朝食を食べなから、テレビでニュースを見ていた。
「マジで?今日の夜雪降るの?ホワイトクリスマス・イブじゃん!」
雪が降る夜にクリスマスデート。最高のシチュエーションに胸が昂る。
今夜きっと、2人の間でなにか起きる気がした。
「次のニュースです。昨晩出現した怪人は…」
午前9時55分。信太郎は世須賀中央ショッピングモール前で真華を待っていた。
近くの駅に電車が停まる度に、流れ出てくる人々の中から彼女を探していた。
(また来た…次こそ降りて来るかな…)
駅から溢れる人混みの中を注視する。
目が合った彼女はニコッと笑顔で手を振ってきた。
「おはよう信太郎。良い服買ったじゃん。格好良いよ」
「おはよう…そっちも可愛い格好だね」
真華は信太郎の手を取ると、ショッピングモールの方に歩き出した。
(手、繋ぐの!?)
「ねえ、服見たいんだけどいい?」
「う、うん大丈夫だよ。あはは~」
真華と一緒に服屋へ入り、彼女が選ぶ姿を横から見ていた。
「ねえこれ、似合うかな?」
「うん。似合うと思うよ」
「…さっきも似合うって言ってたけど、もしかして適当に言ったりしてないよね」
信太郎にファッションセンスがあるわけではないが、彼女に服が似合うかどうかはちゃんと考えている。
選んだ者が全て似合ってしまいそうな君が悪いんだと、微笑んで答えた。
真華は自分の服を選んだ後、今度は信太郎の服を選び始めた。
「いやいいよ俺は別に。悪いって」
「ダメだよ、ほとんど服ないんだから。ほらこれとかどう?似合いそうだから試着室にゴー!」
「こ、これぇ…派手過ぎない?」
それから他の店にも引っ張られ、信太郎は1時間近く着せ替え人形にさせられるのだった。
そのあとは昼食へ。2人ともあまりお腹が減っていなかったので、喫茶店に入って軽い物を注文した。
「はしゃぎすぎたね…凄い疲れちゃった」
疲れて眠そうにする真華だが、今日が楽しみで昨晩よく眠れなかったのが原因でもある。
「午後はどうしようか…」
「私、ゲームセンター行ってみたい!プリクラ撮ってみたいな!」
パターン過ぎるかもと避けていたゲームセンターを真華から提案され、信太郎は驚いていた。
真華が望むのなら別に行っても構わないだろう。
2人は店を出るとエスカレーターで上の階にあるゲームセンターへと移動した。
「プリクラなんて初めてだ」
個室に入った信太郎は金を投入し、アナウンスに従って操作した。
それからカウントダウンが始まり、信太郎は不器用な笑顔を作った。
「もっと寄って、ニッコリ!」
肩を合わせてきた真華の笑顔を見ると、信太郎も今度は良い笑顔が出来た。
「わー!私が選んでいい?」
「任せるよ。俺、こういうのよく分かんないからさ」
真華がフレームを選びスタンプを押して、どんどん自分たちが映る画面が派手になっていく。
人物よりも加工が主役になった画面の中で、2人は笑いながらピースサインをしていた。
ショッピングモールの外では既にイベントが始まっていた。
最近話題のアーティストはいない。これから売れるかどうか、始まったばかり音楽家たちが出演している。
芸能的な知識がほとんどない信太郎は、これなら難しい会話はないと安心していた。
「良い歌だね…」
「うん」
最初は緊張していた彼も、今は手を繋いでクリスマス・イヴの空気を楽しんでいた。
「あっ雪だ…」
更に気温が下がった2人はそれ以上その場にはいられず、建物の中へ戻っていった。
「なんか怪人が出た日を思い出すなー。覚えてる?信太郎君に水着を選んで貰った人のこと」
「あぁ…覚えてるよ」
信太郎が友人たちと海に行く前の日の出来事である。
凍らせる能力を持つ怪人アイスンが出現した。
真華と芽愛の水着選びに付き合っていた信太郎は、その怪人と遭遇してしまい真っ先に動く事になった。
(思えばあの頃は良かったよな…啓太は生きてたし、みんなとも関係が拗れてなかった…)
その日に買った水着を着ていた海には怪獣が現れ、大勢の命が奪われた。そこから関係が狂い始めたということも、彼は忘れていない。
「信太郎君が今日の今まで生きてくれてて。だからこうしてデートも出来てるんだよ」
繋がる手の力が強くなる。真華の想いが強まっているのが分かる。
こんな風に自分を認めてくれる人がいるのかと、涙が溢れそうだった。
「ねえ…ちゃんと話さないといけない事があるんだ…場所を変えよう」
移動する途中、暖房が効きすぎている様に感じた。
これから何を言われるのか。いつにもなく真剣な表情をしている真華を見て、信太郎も緊張せずにはいられなかった。
再び外へ。今なら凍り付くような寒さも気にならない。
それから真華が足を止めたのは、大きなクリスマスツリーの目の前だった。根元にはラッピングされた箱の飾りが置かれている。
「イベントとかは別にどうでも良かったんだ。デートの口実にしただけ」
「うん。それはなんとなく気付いてた」
互いの瞳を見詰め合ったまま動かない。周囲の事など気にしないまま2人はジーッとしていた。
「あの…信太郎君。私ね…」
「うん…」
「愛澤真華の本当の名前はシーノ・ウォウ。メルバド星人だよ」