第81話 真華との生活
全てを失った。
居場所、仲間、地位、そして絶対的な力。
力を奪われて3日が経過した信太郎は心身ボロボロの情けない姿になった今でもしぶとく生きている。
ヴィジョンにやられてから目を覚ました時には延々と泣いていたが、今はもう涙が枯れてしまっていた。
街行く人々が憎くて堪らない。別に嫌な仕打ちを受けたわけではなく、幸せそうなのがとても許せなかった。
どうして街の為に戦っていた自分が幸せになれなかったのか理解出来ない信太郎。
しかし、幸せになるために戦っているだけでは決して幸せにはなれないのだと理解しなければ、一生他人を憎み続ける事になるだろう。
「信太郎君?」
暗闇を彷徨っていた信太郎を見つけたのは、他でもなく愛澤真華であった。
「愛澤…さん」
「酷い姿だね。行く宛はあるの?ウチ来る?」
こうして久しぶりに真華の自宅へ来た。
紙で作られたコンビニのジオラマが埃を被って飾ってあった。
「俺はもう…変身出来ない…剣も石も…全部なくなった」
「それで良かったんじゃないかな?あんな大変な事、やらなくて良いと思うよ?」
「俺の気持ちが分からないからそんな事言えるんだ!」
「分かるよ。全部投げ出したくなるくらいつらい気持ちだって」
イズムを殺してしまった時も、電話で愚痴をぶつけた時も優しくしてくれた。
彼女だけは俺の味方だと、信太郎は心の底ではニヤリと微笑んで甘えていた。
もう居場所はここしか残っていなかった。
「ねえ愛澤さん。前に電話で言ってた事覚えてる?嫌になったらこの家に来ていいって」
「忘れてないよ。言わなくても分かる…大変だったよね。楽になるまでずっとここにいなよ。もう頑張らなくて良いんだからさ」
安心した信太郎は溜まっていた疲れに潰されてバタリと倒れて眠ってしまった。
真華は布団を2枚、横に並べて信太郎と一緒に眠りに付いた。
そして次の日、目を覚ました時には真華を抱き枕代わりに抱いていた。
「うわあああ!ごめん愛澤さん!」
「大丈夫だよ。ちょっと暑かったけど…」
真華は布団を畳むとスローペースで朝食を用意した。
遅刻確定の時刻だが、この様子だと彼女も学校に行く気はないらしい。
「ホットケーキでも食べよっか?それから一緒に出掛けようよ」
「うん!」
幼稚退行に近い状態になっている。彼の人生の中で一番情けない姿だった。
朝食を終えると、2人は目的地も決めずにブラブラと散歩へ。
信太郎は一文無しなので昼食代は真華が払った。それだけでなく、彼が欲しそうにしていた物を次々と購入していった。
帰って来る頃には荷物が多すぎるあまり腕がパンパンになっていた。
「ふ~…沢山買ったね!」
「どうしてこんなに良くしてくれるの?」
信太郎が疑問に思っていた事を尋ねると、真華も不思議そうにしている。
自分でもどうしてここまでやったのか、理解してないようだ。
「…信太郎君が今まで頑張って来たからかな」
「そっか!そうだよね!」
信太郎も考える事を放棄したので、不思議に思う事は何一つなかった。
次の日は家の中でのんびり過ごした。暇になったら昨日買ってきたゲームを2人で遊んだりした。
「よく分かんないから2バージョンとも買っ来ちゃった。ハードも2つあるから、好きな方を進めようよ」
それから日が暮れるまで遊び続け…
無理が祟って次の日、2人とも体調を崩した。
世間はクリスマスムードだ。学校のやつらはその日の予定を立てたりしているだろうと、信太郎は1人で不快感を思い出していた。
「はぁ…」
「ねえ…信太郎君?」
真華が世須賀市の繁華街の画像を持って来た。
2人が数日前に出掛けた時に大きなクリスマスツリーを見た世須賀中央のショッピングモール近くである。
どうやらそこで、24日と25日にミュージシャンのライブなど様々なイベントが行われるので、それを見に行きたいらしい。
正直、ノリ気ではない。イチャついてるカップルを見る度に青筋を立てている信太郎がそんな場所に行くなど、自殺に等しいことだ。
「嫌だ。行きたくない。デート中のバカップルだらけだろうから」
「だったら私とデートしようよ」
「デート!?」
デートという単語に驚く信太郎と、それに戸惑う真華。
(デート以上の事やってると思うけど…)
それこそ、今の状態は何なんだと真華は問いたくなった。
「うわあ…」
そして23日。信太郎は必要最低限の荷物と大金を渡されて朝早くに家を追い出された。
「24日の朝10時!世須賀中央のモール前に集合体だから!それじゃあね!」
つまり真華は、渡した大金で明日のデートの準備をしろと言っているのだ。
信太郎はどういう服が似合うか、明日はどんな風にデートするのかを練りながら買い物に出発した。