第80話 「寒くない?温かい物食べに行こうよ!」
ヴィジョンを倒した事で世須賀市の幻は全て消えた。
その少し前から、芽愛は幻をきっかけに発生したパニックの鎮圧に当たっていた。
だが当然、彼女もヴィジョンの攻撃を受けて幻を見ていた人間の1人だったのだが…
(朝日君が出て来たのは分かるよ…うん。だってそりゃ、今だって好きだもん…大好き…)
芽愛は片想いの相手に幻で出会った様だが…
(で、でもどうして灯刀さんも一緒にいたの?いや分かるよ。2人は付き合ってるし一緒にいるのは当然だけど…私の中でだよ?灯刀さんがいるのは…変だよね?)
望んだ事が幻になるのなら、昇士は1人で自分の元に現れるべきだ。そう芽愛は思っているらしい。
しかし実際、彼女の元には那岐も現れた。この理由が上手く言語化出来ず、モヤモヤしていた。
「あ、芽愛!」
「ひひひひひ、灯刀さん!?」
そんな時にその人本人と出会ってしまった芽愛は、動揺して名前をちゃんと呼べなかった。
「…?どうしたの?」
「いや、何でもないよ何でも!どうしたのこんなところで?買い物?」
「いや、さっきまで一緒に…ってそっか。あれは幻だったのね」
どうやら彼女もヴィジョンの攻撃を喰らっていたようだ。
「…」
「何よ?ジーッと見てきて…それよりあんたどうして!私のところに出てきたのよ!」
「え?」
「え?じゃないわよ急に出て来たと思ったら抱き付いて来て!何なのよ!」
芽愛の元に彼女の幻が現れたように、灯刀の幻には芽愛が現れたらしい。
これは…よく分からなくなってきた。芽愛は悩みに悩んだ末…
「寒くない?温かい物食べに行こうよ!」
悩むのをやめた。
グツグツグツグツ…2人の目の前では輪切りの大根、二等辺三角形の蒟蒻、餅巾着などが茹でられている。
2人は今時珍しい路上のおでん屋にいた。それも軽トラックではなくリアカーと、かなりレトロなタイプだ。
当然、こんな渋い場所を選んだのは那岐ではなく芽愛だ。
「幻…じゃないわよね?」
「ヘイラッシャイ」
店主は地球の人間に擬態した宇宙人だった。芽愛は気付いてないようだが、那岐は気付かないフリをしている。
「店主さん!餅巾着と大根と卵と…やっぱそれだけで!」
「…灯刀さん、おでんって知ってる…よね?」
「えぇ。前にコンビニで昇士が買ってくれたわ」
那岐の表情が少し緩くなった。
(くぅ~!…そうだよね~、いや悪気はないだろうけど…羨ましい…)
自然に出た昇士との思い出話を聞かされ、芽愛は軽く妬いていた。
芽愛は餅巾着を食べながら、那岐が選んだ具に注目する。
がんもどき、糸蒟蒻、ちくわぶ…どれも昇士と一緒に食べた物だと思うと…
…ますます羨ましかった。
「ねえ、朝日君と今どんな感じなの?」
「どんな感じって言われても…ここら辺にデートに来たりとか…?」
「そっか………」
芽愛は適当な具を選んでから話を続けようとした。
「その…昇士の事、好きだったのよね?」
だがまさかのカウンターを受けた。寒さのあまりに口が凍ってしまったかのように動かなくなった。
「…」
「えと…ごめんね?」
「もうやだあああああ!」
「ちょっと早まらないでよ!」
近くの橋から身投げしようとする芽愛を、那岐が必死に止めた。
「ごめん!本当に!」
「ごめんって何が!?」
「…その…ごめん。なんでごめんって言ったのかよく分かんない…でもごめん」
「あああああ!死んでやる!」
一応、暴走した闇も安定して情緒が不安定になることはもうないはずなのだが…
「ちょっと暴れないでよ!げっ!?」
「あっ」
そして足を滑らした芽愛は那岐と共に橋の下へ。
下は川なので怪我はしないが今は冬。絶対に寒い。二人が覚悟を決めたその時だった。
「って2人で何やってんの!?」
そこに昇士が通り掛かった。彼は飛行して水面すれすれで2人をキャッチすると、近くに降ろした。
「あ~助かったー…ありがとう朝日君」
「また速くなったわね。流石よ」
「全くもう………信太郎から剣とマテリアルを回収したって…一度公園に集まって欲しいって言われて、2人を探してたんだよ」
話が切り替わった途端、一気に空気が変わった。
芽愛たちは再び昇士に抱き上げられ、記念公園に連れて行かれることになった。