第8話 王子直属の銃士
夏が迫り、誰もが暑くなってきたと汗を拭う今日この頃。
信太郎たちは放課後になるとアクトナイト記念公園の地下にあるシャオの宇宙船に来るという習慣が出来ていた。
「お邪魔しま~あーすずし~」
「またゲーム機持ってきたのか!?…重量オーバーで発進出来なくなりそうだな」
家でもなければ公共の場でもない。何にも縛られないこの空間は、少年たちの秘密基地と呼べる場所だった。
「それ読み終わった?」
「うん。読む?」
クッションに座り向き合っている啓太と千夏は漫画を読んでいる。過去に一度読んだきりの物を家から持って来て振り返っていた。
「おいふざけんな!こっち初心者なんだぞ丁重に扱え!」
「あああああ!よっしゃあああ!」
「あははははっ!」
残りの三人は大声を出して、将矢が持って来た古いゲーム機で遊んでいる。ゲーム慣れしていない信太郎は二人に狙い撃ちにされていた。
部屋の扉が少し開いていた。その隙間から彼らの本来あるべき姿を、シャオが静かに覗いていた。
「みんな…楽しそうだな」
それからそっと菓子の詰め合わせを部屋に置いて、その向かい側にある自分の部屋へと入っていった。
シャオはカナト人という宇宙を放浪する種族ということもあって、家として扱っているこの宇宙船にも必要な物以外は置いていない。
彼の部屋はスッキリとしており、持ち込まれた物で溢れかえった少年たちの娯楽室とは真逆の状態だった。
「…メルバド星人は一体何を考えているんだ…一度自分たちを倒したアクトナイトが、それも五人もいるのに攻めてくるなんて…」
シャオは特殊な回線から銀河各地の情報が集まるニュースサイトへとアクセスした。
ここには地球製の物からではアクセスが出来ない。宇宙進出した種族にのみ使えるサイトだ。
「…野蛮なメルバド星人は敵意剥き出し。他の惑星との同盟を抜ける…」
他の惑星に侵攻する彼らの味方をするわけではないが、こういう悪に仕立てあげるような記事の見出しにはシャオもイラッとした。
「………いつか行ってみないとな」
メルバド星に行って何が起こってるか調べなければならないと思った時、頭の中に浮かんだのは信太郎たちだった。
彼らは今、アクトナイトとして戦っているがまだ子どもだ。そんな彼らを地球から連れ出してもいいのだろうかと。
それからしばらく考え込んでいたが、それを邪魔するようにメルバド星人の邪悪なエナジーが現われた。
「みんな!敵が来たぞ!それも今までにない強大なエナジーだ!」
それを聞くと各々の作業をすぐに中断して、五人は怪人が現れた現場へと急行した。
「ごラー!逃げねえと死んじまうゼ!殺してやるゼ~!」
そこで暴れているのは漆黒の剣を持ったメルバド星人だった。今回は改造を受けていない、純粋なメルバド星人だ。
「そこの男!今すぐ凶器を降ろして投降しろ!」
「ア?…サイレン回して制服着テ…あぁウチの星の軍隊みたいなもんカ。こっちは地球侵略で来てるんだからヨ!その構えた銃で撃って来いってんダ!」
メルバド星人が剣を振ると周囲の自動車が次々と大爆発を起こす。非常識な光景を前に、警官は恐れをなして逃げていった。
「強い敵を前に撤退!懸命な判断だァ!」
現場に到着した信太郎たちは敵を見極めることに。トロワマテリアルのデバイスモードで敵を撮影して、アクトナイトに分析を任せた。
「こいつは…改造を受けてないメルバド星人だ。しかもニュースで見たことがある…王子直属の三銃士の一人、エルビスだ!それにあの剣は…」
送られてくる映像に驚いているアクトナイトが何よりも注目したのは、エルビスの持っている剣だった。
「おい出てこいヨ!エナジー感じてるんだゼ、正義のエナジーってやツ」
五人のエナジーを感じたエルビスは声を荒げた。
「こうなったら…俺と信太郎、それと千夏で敵を探る」
「じゃあ私たちは代打でスタンバっとく」
三人はビル陰で変身するとエルビスの前へと姿を見せた。
「おいおいマジカ!本当にアクトナイトがいやがるじゃねえカ!それも三人!」
「先手必勝!まずは俺からだ!」
フレイスは炎を纏わせた剣を握りしめてエルビスに攻撃を仕掛けた。
相手は普段の怪人と違って純粋なメルバド星人だ。フレイスの炎による攻撃が掠っただけでも大打撃となる。
「そういう直線的な攻撃!俺も好きだゼ!」
エルビスは逆手持ちしていた黒い剣で力の込められた攻撃を受け止めた。
「その剣は…アクトソード!?」
「違ウ!これはメルバソードダ!」
エルビスは押してくるフレイスの勢いを利用して後ろへと投げ飛ばした。
メルバソードを見せつけるように、エルビスは剣をブンブンと振り回している。
それからエルビスの剣先がセルナとビヴィナスに向けられた。
「どっちから斬ってやろうカ…」
「させるかよ!」
気配を殺していたフレイスが背後から斬りかかるが、エルビスはそれを気にせずに走り出した。
「頼む信太郎!」
狙われたのはビヴィナスだった。剣を通して啓太から守るように頼まれたセルナは素早く彼女の前へ。
そして剣底を叩き、マテリアルに秘められた神秘の力を発揮した。
「ドームバリア!」
半球状のバリアに攻撃を邪魔されたエルビス。頂点へ飛び乗ると、バリアを破壊しようと何度も剣で殴り続けた。
「オラ!オラ!オラ!」
ドームによって守られているビヴィナスが周囲の物体を宙に浮かせて自分たちの上に集中させた。その光景はまるで、雨が降り出す直前の様だった。
「おいおいマジかヨ…」
「アイアンシャワー!」
何が起こるか察したエルビスに逃げられる前に、ビヴィナスは留まらせた雨粒を凄い速さで地面に降らせた。
その威力はスコールとは比べ物にならず、打ち付けられた物体によって道路が砕けていた。
「うおおおお保ってくれええ!」
セルナは祈りながら重たい雨が止むのを待った。
気が付けばエルビスは降って来た瓦礫に埋もれていた。三人はエルビスを取り囲み、警戒しながら敵の動きを待った。
ドカン!と大きな音が瓦礫の中心から。そこから剣を持ったエルビスの腕が生えていた。
「あー畜生!かなり効いたガ…痛かったゼ」
瓦礫の海から這い上がり服をはたくと、エルビスはセルナを睨み付けた。
「王子が言ってたナ。一番警戒しないといけないのがセルナっテ。まあ全部倒すからどうでもいイ!」
エルビスが勢いよく両腕を掲げた。右手にはメルバソード。そして左手には銀色のマテリアルが握られていた。
「おいアクトナイト!あいつがどうしてマテリアルを!?」
「分からない。あんなマテリアル、あの人は使ってなかった!」
エルビスはポーズを決めるとマテリアルをメルバソードにセットした。
「未来を決める科学の力!メルバナイトサイエン!」
エルビスの姿が敵であるアクトナイトと近いものへ。メルバナイトサイエンと名付けられた戦士に変身した。
「…と言ってもサイエンの力は頭がいい奴向けだからナ。これは実質手加減ダ」
「馬鹿にしやがって!信太郎!」
フレイスとセルナの分身三人が同時サイエンに接近した。だがサイエンは構えることもせずに瓦礫の上で突っ立っていた。
「逃がさない!」
さらに瓦礫の中から現れたもう一人のセルナがサイエンの足を掴んだ。それでもサイエンは逃げる素振りを見せなかった。
「確か同じ極同士だと物体は反発するかラ…こうダ!」
突然、瓦礫に交じっていた金属が四人に向かって飛ばされた。セルナの分身は攻撃を受けると消滅し、フレイスもまた強力な攻撃を受けてを吹き飛ばされた。
「おぉ~…学校の授業も役に立つもんだナ」
「後ろからなら!」
セルナの技によって気配が消えていたビヴィナスがサイエンの背後に現れた。既にビヴィナススラッシュの用意が出来ており、一振りでも受ければサイエンは消滅する。
「こりゃヤバ」
セリフを言い終わる前にビヴィナスの必殺技を受けたサイエンは、その肉体を原子まで分解されてその場から消滅した。
「そして再構築しましたとサ…死ぬかと思ったゼ」
「そんな!どうして!?」
「ビヴィナススラッシュは触れた対象を原子に変えて消失する必殺技だぞ!?」
「分解される前に再構築する式を考えてたら何とかなっタ…奇跡ってやつだナ」
嫌な奇跡だった。
ビヴィナスを蹴り飛ばしたサイエンはメルバソードからサイエンマテリアルを取り外し、別のマテリアルをセットした。
「マテリアル!まだあるのか!?」
「夢幻を創る魔法の力!メルバナイトマジク!」
姿を変えた直後に分身したマジク。それに対抗してセルナも分身して戦いを挑んだ。
「分身対決ダ!」
セルナとマジクの分身はどれも互角で、次々と相討ちで消滅していった。
だがセルナの分身が1体、敵を切り伏せてマジク本体へと接近した。
「おっと危なイ」
あともう一歩のところで分身の攻撃は届いた。だが風がない中で突然の突風が、分身を空の彼方へ吹き飛ばしてしまった。
そして足元からの奇襲を避けたマジクは魔法の力でセルナをその場に固定した。
「身体が動かない!」
挟み撃ち攻撃を仕掛けるフレイスとビヴィナス。マジクはまずフレイスの攻撃を避けた。
次に背中を押してフレイスとビヴィナスを衝突させた後、剣の炎を魔法で暴走させて二人を丸焼けにした。
「そんな!一撃で!?」
「よぉシ。これじゃあバトンタッチだロ。残りのやつもかかって来いヨ!」
死角から攻撃を仕掛け先手を打ったアーキュリーとジュピテル。
しかし魔法を使うマジクになす術もなく、呆気なく倒された。
「残りハ…セルナ」
「エルビス。そこまでにしよウ」
頭上から声が聞こえた。固定が解除されたセルナが上を見上げると、そこにはメルバド星人の宇宙船が浮いていた。
今聞こえた声は、以前信太郎の出会った王子メノルのものだった。
「えェ~?まあいいヤ…とりあえず初陣は大勝利ってことデ」
宇宙船からの光を浴びたエルビスはそのまま吸い込まれていった。仲間を回収した宇宙船は、忽然と姿を消した。
「大丈夫か!?」
「信太郎!みんなを急いで公園まで連れて来るんだ!」
セルナはボードモードのトロワマテリアルを二つ用意した。倒れた四人を頑張って乗せると、すぐにその場を出発した。
公園に着くとすぐにアクトナイトによるエナジー治療が開始された。
「将矢と金石は時間が掛かりそうだな…」
アクトナイトの治療を受けて、軽傷の奏芽と啓太はすぐに起き上がったが二人が中々目を覚まさなかった。
「ねえ将矢!しっかりしてよ!ねえ!」
「千夏!千夏ってば!」
「黙っててくれ!手元が狂う…!」
アクトナイトは怒鳴り声をあげると治療に戻った。信太郎は適当な飲み物を買って来て二人に差し出した。
「メルバソード…一体あれは何だ?以前の戦いであんな物があったなんて…」
「前に話しただろ?俺、一度あいつらの宇宙船に捕まったんだ。その時に剣と石をコピーされたのかも」
「それはない。お前たちのアクトソードはアクトナイトのエナジーで造られた物だ。コピーにしてはパワーが同じ過ぎる。それに8つあったマテリアルの内にあんなのはなかった…」
「マテリアルが8つ…じゃあアクトソードって何本あるの?」
「俺がアクトナイトから託されたのが7本………それと、アクトナイトが使ってた物が1本。お前たちが使っているソードの元となった代物だ。今はどこにあるかは分からんが」
「大月君!…あのさ、二人がこんなにボロボロなのに…心配とかしないの!?」
公園に来てから敵のことばかり考えていた信太郎は、奏芽に怒鳴られて初めて二人の心配をした。
「落ち着いて水野…信太郎もチームワークを大切に」
「ごめん…」
傷は治ったが二人は目を覚ますまで時間が掛かった。三人はその間、ずっとそばで見守っていた。
二人が起き上がった頃には既に月が昇っていた。綺麗な月を眺めていた信太郎は、セルナの色と似ているなと考えていた。
「俺は…燃やされたんだった…」
「ごめん…何も出来なかった」
「二人とも目覚めてくれて良かった。身体は治せたが心は自分たちで癒すしかない。今日はもう帰ってゆっくり休むといい。敵についての分析は俺に任せてくれ」
完全敗北。誰もがそう考えた。四人が倒され残りの一人が見逃された。
何も出来ずただ見ているだけ。それで無事だった一人が、一番悔しい思いをしていた。
敵が何故帰ってくれたのは分からないが、深く考えることはしなかった。
それでも見逃された信太郎だけは敵の事をずっと考え続けていた。