第79話 幻界(げんかい)突破
世須賀市全体にヴィジョンの幻が現れるようになったことで街は大混乱だ。
「誰か助けてー!」
「これって怪人の仕業だろ?アクトナイトは何やってるんだ!」
幻はヴィジョンが創った物である。しかしその幻の材料となるアイデア、つまり望みを与えたのは彼ら街の人間である。
ヴィジョンは頭部から生える触手で人々の心情を探り、彼らが望んだ非日常を幻にして送り出しているだけなのだ。
信太郎が背を向けて攻撃を受けるのを見ていた戦士たちは、ヴィジョンの創る幻を警戒して迂闊に仕掛けられずに潜んでいた。
「幻だけどダメージあるってズルくない?」
「シャオ、俺たちがカバーするからその間に信太郎の治療を」
「待ってよ。助けるの?大月君を?…変だよ将矢。普通あそこまでされても友達意識って、ちょっと病的だよ」
将矢が気に掛けている信太郎に嫉妬している訳ではない。何となく彼の調子がいつもと違う気がしたので、奏芽は純粋に心配していた。
「まあけどあんな出血で放置してたら死んじまう。このまま放っておくわけにも行かないだろ」
シャオの方は準備万端だ。両手にエナジーを集中させて、すぐにでも治療を開始出来るようにしている。
「だったら二人は怪人に攻撃を。俺が全部防ぐから」
「ちょっと将矢!」
将矢は物陰から出て、生身の状態でヴィジョンへ突撃した。厄介な能力も、単純だが目を閉じるという方法で対策済みだ。
「ここだ!」
最後に見た光景を頼りに敵の前まで移動して攻撃した。だが、見事に空振り。当然ながら敵は逃げていた。
「どこだ!」
やたらめったらに剣を振り回すが、その間にも怪人はどんどん離れていく。
そう、アーキュリーとビヴィナスが隠れて準備している路地の方へ。
ビシャン!とヴィジョンが水の立つ音を響かせた瞬間、2人とも目を閉じた状態で攻撃した。
「せーの!」
「よいしょ!」
しかし互いに酷いタイミングで剣を振ってしまったものなので、ヴィジョンの頭上で刃がぶつかりという事故が起きた。
「え?硬くない?」
「なんか…強いんだけど!」
2人が鍔迫り合いをしている間にヴィジョンは逃げ出した。
「おい!仲間同士で戦ってどうする!」
「え!ごめん!」
「やっちゃった!ごめんね!」
2人は思わず目を開いた。そして将矢もそんな2人を見るために目を開けていた。
「ポーン…ポーン…カンカンカンカンカンカン」
目を再び閉じた時には既に遅かった。ヴィジョンの光は彼らの目から脳へと伝わり、不気味な音は耳から侵入していった。
「千夏…千夏?」
「啓太…啓太!」
雪が積もった夜道、ザクザクという足音を楽しみながら、千夏は啓大の隣を歩いていた。
「面白いよね」
「なにが?」
「僕、昔はリア充爆発しろって叫び散らかしてたのに…今はこうして千夏と歩いてる」
手を繋ぐ2人を邪魔する物は何もない。ここには怪人も現れない。
「もう迂闊に発言できないね。爆発しろって」
「ふふ、そうだね」
そうだった。自分は彼とこうして歩きたかった。
千夏の願いは幻の中で叶い、2人は好きなことを話して歩き続けた。
「この公園も狭くなったもんだな…」
いつからか人が集まる場所となっていたアクトナイト記念公園。
今日そこには、彼を含めたアクトナイトの4人、那岐と昇士、それに芽愛。そして、あの二地剛と佐土原美保の姿もあった。
「…なんで駅集合にしなかったの?」
「いや、なんつーか…なんでだろうな」
銅像のある公園だが、そこにシャオはいない。
戦いは終わっていない。いや、そもそも戦いなど起きていなかったのだ。
信太郎の姿はそこにはない。
「あれ!信太郎集合場所間違えたって。駅にいるってさ」
「やっぱり駅集合の方が良かったじゃん!」
「うるせー俺は悪くねー!」
この日のために皆がバイトを頑張った。
今日は旅行の初日。ここから彼らの想い出作りが始まる。
「待たせるのもかわいそうだし出発しよっか」
「だな。それじゃあ、行くか」
「ちょっと2人とも!しっかりしてよ!ねえ!?」
ヴィジョンの幻に囚われた千夏たちは倒れたまま動かない。
1人残ったアーキュリーは、怪人を倒そうと必死に戦っていた。
(かなり時間が経ったのに那岐たちが来ない…)
おそらく那岐たちも幻にやられている。もう自分だけしか戦える人間がいないと、奏芽はプレッシャーを背負った。
「はぁ!」
剣を振るが、怪人に上手く命中させられずに焦り始めていた。
「やっぱり私だけじゃ無理だよ!将矢!千夏!起きてよ!」
何故か幻に翻弄されることなく、奏芽は怪人と戦っている。
怪人だけでなく孤独とも戦っていた。今までは誰かと一緒に心を繋げて戦っていたので、そんな物を感じなかった。
「ポーン!ポーン!」
先ほどよりも高い音が、怪人の焦りを表しているようだった。
「…え!?」
突然、ア-キュリーが地面に倒れた。違和感のある脚を触ろうと手を伸ばしたが、そこには何もない。
彼女の下半身がなくなっていた。
(幻!?)
「ポーン!ポーン!」
この腹が消え、腕が消え、どんどん身体が消えていく。
このまま全てが消されたらどうなるのか。それを考えると奏芽は悲鳴をあげた。
「嫌だ!将矢!助けて!」
「ポーン!ポーン!」
2年前、中学二年の頃だ。
奏芽はほぼ毎日いじめを受けていた。最初は泣いたりしていたが、慣れてくるとリアクションをしなくなっていた。
いじめっ子たちはそれが奏芽の強さだと勘違いして気に入らず、いじめを続けた。
そんなある日、1人の不良少年が現れた。
(知らない人が来た…)
その少年は5人を相手に圧倒し、彼らを骨折させた。
「あ~よえええええ!」
この時、奏芽と将矢が初めて出会った。
会話はなく、去っていく少年に礼すら言えず、奏芽は後悔していた。
後日、その少年が呼び出されて複数の教員たちに囲まれた。
奏芽をいじめていた生徒たちは口を揃えて、突然将矢に襲われたと述べたという。
嘘ではない。しかし被害者気取りの彼らの方がよっぽど酷い事をしている。いじめの主犯格だと教員たちも気付いているのに。
このままだと将矢は退学。いや少年院送りなんてこともあるかもしれない。
そしてその時、奏芽は初めて動きを見せた。
これまで受けてきたいじめの記録。そして将矢を排除してこの一件を静かに済ませようとする学校側の態度。
それらを全てネットへと上げてから、奏芽はこれまで一切面識のなかった他の被害者たちを集めて、堂々と職員室へカチコミに。
被害者面したクズ達のいじめと、教員の不適切な姿勢を告発した。
結果、将矢は停学という形に収まり、奏芽へのいじめもなくなった。
彼女は教員たちから嫌われるようにはなったが、後悔はなかった。
「なんで助けるような真似した?」
停学の期間を終えて登校した朝、将矢は奏芽と教室で二人きりになった。
まだその時は助けて貰った事に礼を言える人間ではなかったが、疑問だけは忘れていなかった。
「そっちこそ、どうして私を助けてくれたの?」
「勘違いすんな。俺はああいうセコい事するやつを見るとイラッとするだけだ」
「あー分かるその気持ち…」
「ふん…」
それからだ。奏芽はいつも1人でいる彼を気に掛ける様になった。
授業で一緒にペアを組んだり、休み時間中に話をしたり、無自覚でアプローチしていた。
「ねえ、昨日のテレビ観た?心霊現象のやつ」
「あぁあれ?あれマジで怖かったよな…中々寝れなかったわ」
「あれ、意外。いつもならツーンってするのに…本当に怖かったんだね」
初めて盛り上がったのはテレビ番組の話だ。
心霊現象を取り上げた胡散臭い番組だったが、将矢にはかなり効いていた。
「…うっせ」
「お風呂入ってる時怖くない?寝る時電気消してる?夜中トイレ行けてる?」
「あーうるさいうるさい!」
話してみると意外と明るい少年だ。
この学校にいないだけで、他の中学にいる友だちとは良く遊んでいるらしい。
「知ってる?この学校…出るらしいよ」
「んなわけ…」
「夜中に音楽室でピアノが…わぁって!」
「ワァァァァァァ!?何だよお前脅かすんじゃねえ!ピアノがわぁって何だよ!」
ちょうどこの頃だ。いじめっ子たちを黙らせたことで将矢への印象が変わり、クラスメイト達が積極的に話し掛ける様になった。
「ってか火って清水と仲良いよね?付き合ってるの?」
「まさか…似た者同士だからだろ」
「だよね」
まだ互いに意識はしてない。関係は築き始められたばかりだ。
(やっべ~来週試験だ…)
クラスに馴染んでから月日が経ち、定期試験が近付いた頃。
将矢は焦りながらもやる気は起こらず、勉強に手が付けられずにいた。
「火野、一緒に勉強しようよ」
余裕のある奏芽は彼の成績を上げてやろうと勉強会を開いた。
「なあ、これどういうこと?なんでisが蜂になるの?」
「beeじゃなくてbeだから。とりあえずtoの後は動詞は原形って覚えといて」
「その原形を覚えられてねえんだよ」
「じゃあはいこれ単語帳。暇な時に見て」
「ねえ、この式って…」
「はあ!?さっきも言ったよね!何で覚えられないの?」
「す、すいません…」
初めての勉強会。将矢を泣かしながらも試験勉強に打ち込ませた。
そのおかげで、全科目80点以上という今までにない成績を叩き出し、将矢は両親からは頭でも打ったのかと心配される程だった。
「やったぜ見ろよこれ!先生も俺みたいな馬鹿に高得点獲られたって悔しがってたし!」
「やったね!」
そんな奏芽の机には、彼女がいじめられていた原因の1つである満点ばかりのテストが散らばっていた。
「すっげー…すげーんだな」
「…そう」
「少し前まではロクに勉強してなかったし、点数良いくらいでなんで褒められるんだよって思ったけど…凄い努力してたんだな」
将矢は努力した。だが奏芽はそれよりも前から彼よりも努力して点数を取り、いじめを受けても頑張ってその姿勢をねじ曲げなかった。
そのことをよく理解した将矢は、本気で奏芽の事をリスペクトする様になった。
「カッケー…優等生だったんだな、お前」
「っ!…そうだよ~、やっと理解してくれたみたいだね」
素直に褒められた奏芽はこの時初めて、謙遜などしたりせず、少し恥ずかしがりながらも胸を張り誇った。
「うわーほんとだーすげー」
「また満点かよ~」
将矢と仲の良かった生徒たちも彼に影響を受けたのか、それとも奏芽の堂々とした態度を見て考え方を改めたのか、彼女を素直に認める様になった。
ここから2人の青春がスタートした。一般的な中学生の楽しい生活を送る事が出来た。
そしてまた時間は流れて卒業式を前にしたある日、将矢から奏芽に愛の告白をした。
「好きだ水野。いつも不器用だけど頑張ってるお前が好きなんだ。だから俺はお前の希望になりたい。俺と付き合ってくれ」
「言ってる事がよく分かんなかった。けどそれくらい、私の事を想ってくれてるってことだよね」
消された奏芽は何の幻も見ていなかった。今まで見ていたのは今の自分を育ててくれた過去だ。
「それだけで充分だよ。将矢と一緒で、皆と一緒でそれだけでいいんだ…だから戻って来てよ」
奏芽は幻を抜け全身を取り戻した。怪人は我を取り戻した彼女に動揺して攻撃しなかった。
将矢たちは言うまでもなく、まだ幻の中に囚われている。
「自分の中で自分の思い描いた友だちと出会って…そんなの1人ぼっちなのと変わりないじゃん!時に喧嘩して、下手したらもう二度と会えなくなって!だけどそれが誰かと一緒にいるってことなんだよ!お願いだよ!戻って来て!」
強い情動が奏芽の心から新たなマテリアルを発現した。
繋がりの力を宿したリンクマテリアルだ。
それから奏芽の闘志に応えるように、落ちていたアクトブレイドが飛んで来た。
「…アクトベイト!」
リンクマテリアルをセットした瞬間、奏芽は2人の見ていた幻へと飛ばされた。
「あれ?信太郎がいない…」
信太郎がいるはずの駅には誰もいない。さっきまで一緒にいた他の仲間も。
ここにいるの将矢ただ1人だ。
「将矢!これは怪人が見せた幻だよ!このままじゃ皆幻に閉じ込められちゃう!」
「奏芽…ったく!また助けられたな!サンキュー!」
「啓太…」
「そうだったね。僕ってば死んでたんだ…今はここにいちゃダメなんだ…」
「私、啓太と一緒にいられるならこのままでもいい!」
「ダメだよ千夏。ここは君の心を元に怪人が創った幻。この街も…僕も…幻だ。それにここには君の大切な友達がいないじゃないか!」
千夏は言われてからやっと気が付いた。ここには奏芽たちがいない。
こんな場所にいるのは、いくら啓太と一緒でも寂し過ぎる。
「千夏!啓太は…啓太はもう!」
すぐそこまで奏芽が迎えに来ている。幻の世界も崩壊を開始し、時間はもうない。
「大丈夫!分かってるよ!…それじゃあ、私行くね。会えて良かったよ。私の中に啓太はちゃんと生きてるって分かったから」
怪人に創られた啓太だったが、最後には千夏の背中を押して消えていった。
「ポーン!?ポーン!?ポーン!?」
ヴィジョンには理解出来なかった。どうして自分の見せた幻から、3人も抜け出せる人間が現れたのかを。
「3人のエナジーを1つに…!」
2人の力がリンクアーキュリーへと集まっていく。
「ハイパワーリンク!アタァァァァァァック!」
アーキュリーはヴィジョンの正面まで駆けて行き、力の集まったアクトソードを振り上げた。
3人の力が集まった攻撃に怪人の肉体は耐えられず、世須賀市を騒がせていた幻たちと共に消滅していった。
「ふう…終わった」
「これで街で起こってる異常現象も収まったんだよね」
「ありがとう奏芽。俺、すっかり忘れてたよ。初めて会った時から救われてたんだって…やっぱりやっぱり、お前はすげえや」
初めて試験の結果を見せた時のように、奏芽は誇らしげな表情をした。
千夏は自分の胸に手を当てて、啓太の事を思い出していた。
幻の中で死んだはずの啓太に出会った。でも彼は確かに生きていて、大切な事に気付かせてくれた。
まだ大切な人はこの現実世界にいるということを。
「そういう優しい所、本当に大好きだなぁ…」
厄介な能力を使う怪人ヴィジョン。
少年たちは幻に惑わされたが、それを乗り越え成長し、悪に打ち勝ったのであった。
「アクトソードとセルナマテリアルは確かに返して貰ったからな」
「信太郎…お前は何に振り回されてるんだ?ヴィジョンの幻が現れる以前からずっとずっと…」
「どうして俺たちに相談してくれなかったんだ…お前の中じゃ俺たちってそんなに信用なかったのか?」
「じゃあな信太郎。ここまで助かった。お疲れ様」