第75話 奇襲作戦
「おい。掃除終わったぞ」
「どれどれ…いや散らかってるじゃねえか!?てか資料捨てんな!」
「アクトナイトさ~ん、お昼ご飯出来ましたよ」
「お~…主食にインスタント米、主菜にツナ缶副菜にカット野菜二袋、汁物に自販機のコーンスープ…ナメてんのかお前?」
居場所を失った剛と信太郎に殺される可能性がある美保の二人は、現在シャオの宇宙船に寝泊まりしていた。
記念公園には特殊な結界が張られており、今の信太郎はここに辿り着けないようにされている。ここは唯一の安全地帯なのだ。
家賃代わりに宇宙船で家事をやらされている二人はシャオを怒鳴らせてばかりだった。
「なんだ。美保の料理に文句があるのか」
「あるわ!大体料理っていうか買った物並べただけじゃねえか!副菜多すぎるだろ!なのにドレッシングねえのかよ!」
「嫌なら食べなくていいっすよ。先輩と食べるんで」
追い出してやろうかと思ったが、それで信太郎に襲われるのも可哀想なのでいつも怒鳴るだけで済ませている。自分で全てやってた頃の方が良かったなと思うシャオであった。
テレビやネットでは昇士と那岐の話題で持ち切りだ。明後日にはニュース番組へのリアルタイムの出演も決まっている。
だが信太郎に関する情報は極僅かだ。どんな風に戦っているのかも分からないので、シャオは対策に手間取っていた。
(昇士、那岐、奏芽の三人…勝てないことはないが…)
3対1。それも信太郎よりも高い戦闘能力を持つ戦士が2人いる。だが、信太郎も厄介なマテリアルを手にしてしまったことで、迂闊に手出しは出来ない。
「…奇襲するしかないよな」
一応アクトナイトはヒーローである。そんなヒーローが奇襲を仕掛けるというのは少々相応しくない戦術ではあるが、3人が無事に勝つにはこれしかない。
「信太郎を殺す!?」
「殺すつもりでやれってことだ」
昇士は戸惑っているが那岐は特にリアクションを見せなかった。
「一撃でダウンさせればいいんでしょ?簡単よ」
「そりゃ那岐はそういうの得意なんだろうけど…」
那岐は宇宙警察の両親に鍛えられて様々な戦い方を身に付けている。しかし昇士は真っ向勝負のやり方しか那岐から教わっていないので不安があった。
「お前はあいつの気を引けばいい。後は俺と那岐でやる」
そう言って話に割り込んで来た剛は銃を持っていた。シャオの宇宙船に備え付けられていた護身用の代物だ。
「…変身出来ないのに戦えるんですか?」
昇士は皮肉を込めて尋ねる。利害の一致で協力関係にあるのだが、彼と美保が那岐にしたことを昇士は忘れていない。
「戦うのと奇襲は別だ。お前たちがちゃんとやれば俺も相応の結果を出す」
「そもそも那岐がいれば充分だと思うけどな…せいぜい足引っ張らないように気をつけてくださいね」
「言わせておけば調子乗りますね~?なんなの?」
彼氏が散々に言われているので美保も少し苛立っていた。
「…そうだアクトナイトさん。私に剣と石くださいよ。変身して戦うんで」
「駄目だ。信用出来んやつにあれは使わせない」
そう言ってシャオは拒否したが、既に船内に隠してある剣とマテリアルを剛は見つけて回収していた。
「あっ!なんでそれを!」
「戦ってもいいが無茶はするな美保。気を引いてくれればそれでいい」
「あはっ!先輩ありがとう!…あ~心配しないで。ちゃんと終わったら返しますから」
こうして、信太郎から武器を取り返す作戦が決まった。まず力を持つ昇士、美保、奏芽の三人が信太郎と戦う。それで勝てるのならそれでいいが、おそらく相手の能力で苦戦を強いられるだろう。
なるべく削った後、待機している那岐と剛が一撃目で剣を狙い変身を解除。二撃目に強い衝撃を与えて信太郎を気絶させるという作戦だ。
変身出来ない他のメンバーは周囲の安全を確保しながらいざという時に備えておくことになった。
自分を倒す作戦が企てられていることを知らず、信太郎は活躍の場を求めて街を跳び回っていた。
「なにか起こってないかな~」
そんなことを呟いていると怪人を発見した。炎を起こし、周囲の物を燃やしていた。
「炎か…アーキュリーの能力、あったら便利だな」
信太郎はそんなことを思いながらデストロイに変身した。怪人は突然消え始める炎に困惑し、空を見上げるとすぐそこにアクトナイトが迫っていた。
周りにはギャラリーがいる。すぐに終わるのは面白くないと、アクトナイトは急所を外した。
「チッ!外したか!」
聞こえるように声を出し、次に消火活動にあたる。デストロイは燃える建物を派手に倒壊させて、消火を完了させた。
「グオオオ!」
炎の怪人が襲い掛かった。倒そうと思えばすぐにでも倒せる相手だが、カメラが向けられている信太郎はもう少し遊ぶことにした。
「はっ!はああ!」
炎のパンチが迫ってくる。デストロイは最低限の動作でそれを回避し、反撃に転じる。
直撃を受けなかった怪人だが、デストロイの能力により炎が消えていく。そして細々とした怪人の肉体が露になり、もう充分だろうと、デストロイは怪人の胸を貫きそのまま剣を振り上げた。
「とどめだ!」
怪人が爆発を起こすと同時に、デストロイはそれをバックにポーズを決めた。するとパシャパシャとカメラのシャッター音が拍手のように鳴り始めた。
「く~っ!きまっっったー!」
人のいない場所で今回の出来に喜んだ。パフォーマンスがいつもよりも上手く出来た信太郎は機嫌が良かった。
それだから、那岐が背後から迫っていることに気が付けなかった。
「っ!」
短刀を信太郎へ伸ばす。殺してはいけないので、刃先は彼の腰へと向かっている。
「!」
そして刃が信太郎に突き刺さった。手応えからしてセルナの分身などではなく、本物だ。
「いてえええ!」
「うおおお!」
那岐は身体を大きく動かし、脳天目掛けてかかとを落とす。だが流石の信太郎もそれは受けてはならないと、身体を反らして肩で受けた。
「ごめん!あと任せた!」
身の危険を感じた那岐が勢い良く後ろへとジャンプした。もしも今動かなかったら、生身の那岐は信太郎の抜いた凶刃にやられていただろう。
「いい機会だ!お前ら全員ぶっ殺してやる!」
「そうか…なら手加減の必要はないな!」
力を引き出した昇士と信太郎が激突する。アクトソードに昇士の手刀は負けることなく、見事に鍔迫り合いへ持ち込んでいた。
「信太郎!どうしてみんなを襲った!」
「俺が街のヒーローになるためだ!お前も他も全員邪魔だ!俺の障害なんだよ!」
「お前はヒーローだったろ!街のために戦ってたろ!」
「いいや違うね!街のヒーローはお前たちだ!テレビに映ってファンが出来て…どうして俺はそうならなかった
ああああ!」
「知るか!」
信太郎が正面へ崩れる。力を抜いて背面へ回った昇士は、そのまま信太郎を地面に蹴り倒した。
「ヒーローじゃないって言うなら持ってるアクトナイトの力を全て返せ!大人しく一般人やってろ!」
那岐を傷付けようとした信太郎に怒りをぶつける昇士は気絶させるという目的を忘れて、頭を踏んでいた。
「昇士!作戦を忘れないで!」
「まだだよ那岐!いい機会だ。こいつが二度と悪さしないようにここできっちり…」
突入、昇士の足がバラバラになって砕け始める。よく見ると信太郎の剣のマテリアルがいつの間にか変えられていた。
「足が邪魔なんだよ…変身も出来ない暴力野郎が」
「…ふんっ!」
だがそんなことお構い無しに昇士は血の漏れる左脚を信太郎に押し付ける。だがデストロイの能力が更に彼の身体を削っていった。
流石に危険を感じ、昇士は空へ浮いてデストロイの射程圏の外へ出た。
「厄介な能力だな…どうしよう那岐?」
「あんた下がってて!出血多量で死ぬから!」
デストロイの能力に弱点はない。信太郎が望む限り、迫る障害は全て破壊されている。
信太郎を止めるには信太郎の心をどうにか変えて、能力の使用を止めさせるしかない。だが今の彼に和解など出来るわけないだろう。
街を走る津波のように、アーキュリーの操る水が押し寄せた。
だが破壊の能力は水すら壊していく。デストロイは何にも邪魔されることなく、その場に立ち続けていた。
「もう満足したか?…そうだ、出て来いよ清水!お前のマテリアル貰ったらもう帰るからさ!ねえ!」
攻撃を無力化し、勝利を確信した信太郎が変身を解いた。表情、声色、その全てから油断が漏れ出ていた。
だから彼は致命傷を負うことになった。背後から音を立てずに放たれた弾丸が、彼の首に風穴を開けた
「…!」
何が起こったのか理解出来ない信太郎はそのまま倒れていく。問題ない。セルナの力ならばここからでも立て直せると思った矢先に、小柄な美保がジャンプして胸に飛び乗って来た。
「死んじゃえ~!」
流石に二撃目は予想できず、まさか美保が参戦してくるとは思ってもいなかった。
遂に信太郎は意識を失った。ガクッと力が抜けて動かなくなったのを確認すると、傷を治しにシャオが現れた。
「終わったか…悪いな信太郎」
治療の間に、信太郎が奪ったマテリアル、武器がそれぞれの元へ戻っていった。
「どけアクトナイト。そいつは危険だ。今ここで俺が殺す」
「やめましょうよ先輩。今はドンパチやる雰囲気じゃないですし、それに全員相手に回すことになっちゃいますから。それにそれに、船から追い出されちゃいますよ」
美保の忠告を聞き入れ、剛は武器を持つ腕を下ろした。
「返せえええ!俺の剣!マテリアルもだ!」
予想外の事態が起こった。身体が完治した直後に信太郎が起き上がり、そして大声で叫んだ。
「どうなってんだよこいつ!」
傷が治ったとしても目が覚めるまでには時間が必要なはず。それなのに力への執念だけで覚醒した信太郎に、シャオは驚く他なかった。
気迫に怯んだシャオは回収したトロワマテリアルを奪われた。中には信太郎の剣。それと二つのマテリアルがまだ残っていた。
「いい加減にしろ!自分でやってることが異常だってわかんねえのか!」
「ここは立て直すか…それにしてもアクトナイト達と手を組んだみたいだけど、プライドはないのかよ…えっと…アクトガーディアンのやつ!」
「二地剛。お前を殺す男の名前だ。忘れるな」
言葉と一緒にアクトライフルの弾丸が放たれた。しかし、全方位にデストロイの力を張り詰められる信太郎にはどんな攻撃も無力だった。
弾は彼に届かず粉々に。無敵状態の信太郎だが、深追いは狙わなかった。
「1対6…回復役を入れて7か。ここで迂闊に手を出す程俺はバカじゃないからな…夜道には気をつけろ。俺はいつでもお前たちを殺しに行くからな…」
霧が晴れるように信太郎の姿が消えた。とりあえず目的を果たし、緊張していた少年たちはその場に座り込んだ。
「…ふぅ、なんとか取り戻せたな」
「怖かった…死ぬんじゃないかって思った」
足の治った昇士が那岐に駆け寄った。平然を装う彼女は、怪人とは違う恐ろしさを見せた信太郎に少しばかり怯えていた。
「那岐、大丈夫?」
「うん…人間、堕ちるとこまで堕ちるとあんなになるのね…おっかない」
逆上した犯罪者が人を襲うのとは違う。信太郎は根が腐っている悪人と同等のレベルまで堕ちた。那岐が信太郎から感じたのは、本能のままに破壊をする怪人にはない悪だ。
「昇士。帰るから送って」
「うん」
だが帰ると言った那岐は一歩も動かなかった。
「大丈夫?もしかしてどこか怪我したの?アクトナイトに頼んで」
「だから送ってってば」
那岐の言う送るとは一緒に帰るという意味ではなく、文字通り昇士に連れて帰ってもらうということだった。
「あぁなるほど」
ヒョイっと那岐をお姫様抱っこで持ち上げると、昇士は家へ向かって走り出して行った。
「うわー大胆…将矢もやってよ」
「無理。いや変身してたらいけるかも」
「んなくだらねえことに力使うんじゃねえよ」
少年たちで会話に少し気が軽くなったシャオではあったが、やはり信太郎のことを考えずにはいられなかった。